始まり-2

「逃げただと?」

 冷酷な声が神殿に響いた。

 白銀のローブを纏いし、白髪の青年の声である。フードのせいで顔はよくわからないが、とてつもない威圧感を持った青年である。

 その声をまじかで聞いていた10人もの人間は、吐き気を催すほどの恐怖を抱いた。

 ただ一人、威圧に負けなかった女が口を開く。

「はい、が脱走。そして地上に落ちたそうです」

「……なるほど。あの女の娘だ。何をしでかすかわからん。して行方は?」

 淡々と言葉を紡ぐ。少し見えた青年の目には、氷のような暗い焔がともっていた。

 身体が身震いを起こした。

 女は一瞬気絶しそうになるが、ギリギリで我に返り、話を続ける。

「はい。地上の日本に落ちたそうです。追跡を送っておきましたが」

「よろしい。早めに殺しておいて損はありません」

 青年は、不敵な笑みを浮かべる。

「他に何か報告は?」

 青年が聞くと、女は少し苦しそうな表情で言葉を紡ぎ始めた。

「た、が逃げ出したそうです」

 青年は絶句した。

 初めて青年の顔に汗が浮かんだ。静けさが神殿すべてを包み込んでいって、次の瞬間圧倒的な殺気が女に向けられた。

「今、今何と言った?あやつが……。 が逃げ出しただと?あやつにかけた鎖には、あと700年ほどの時間があったはずだが?」

「そ、それが、9つの【シェルスチェーン】でつながれていたのですが、それを1つ砕いて効果を薄めたようです」

 【罪の鎖】とは、その者が犯した大罪の重さにつき数が増え、転生するまでの時間が長くなっていく、そんな代物である。

 その大罪人は九つもの【罪の鎖】につながれていた。その事実は、この青年でさえも身震いさせるようなことなのであった。

 本来ならば、一人のには、罪を犯した者に1つだけしかゆかないはずなのだ。

 しかし、その者には、普通の人間には有り得ないことが起こったのだ。

 その者が犯した罪の名は――――――、

***************

 久しぶりに夢を見た。

 小さい頃、お母さんと森の中で暮らしていた時の夢だった。

 その時の私はまだまだ小さくて、幸せのすばらしさをあまり理解していなかった。

 ―――お母さーん!

 私が大きな声で呼ぶと、お母さんは笑ってこちらを振り向いた。

「あらあら、こんなに汚れて。危ないから森にはあまり近づかないようにね」

 そう言って、母は私の顔をハンカチで拭ってくれた。白いハンカチが土の色へと変わっていた。

 ―――ごめんなさい。新しいハンカチだったのに……。

 そう私がいったのがそんなにおかしかったのか、母はきょとんとした顔でこちらを見て吹き出した。

「アハハハハ!子供は、そんなこと考えず、いっぱい遊んでらっしゃい。子供の時間は、とても大切なのよ!」

 そう言って笑って、私の頭をなでてくれた。

 ―――うん!だけど、大きくなったら、お母さんをがんばってやしなっていくよ!

 まだ、養うの意味も知らなかったが、その時私は確かに言った。

「……うん。ちゃんと養ってもらえるようにお母さんも頑張るね」

 そうして、二人で笑った。

 ―――お母さん。また行ってくるねー。

 そう言って私は、植物採集に向かう。その後ろでは母が手を振っていて……。

 そんな昔の夢を見て、私は目に涙がたまっていくのを感じた。

***************

 目を開けると、そこは森の中だった。自分よりはるかに背の高い木々が生い茂っている。

(ここはどこ?)

 少女は、今の自分の状況を理解しようとしたが頭が混乱していて、あまり頭がさえていなかった。

 周りを見渡していると不意に目の前から少年が現れる。

 連十である。

 連十は、少女に気づくと急いで駆け寄った。

「よかった~。目が覚めたんだな。調子はどうだ?」

 そう言って、少年は、少女の目の前まで来る。

「……あなたが助けてくれたんですか?」

「うん。まぁ、一応ね」

 そう言って連十は、笑いながら、近くにあったリュックからペットボトルを取り出し、少女に差し出す。

「これ、水。喉乾いてるでしょ?」

 確かに喉はカラカラだ。

 少女は、少年から素直にペットボトルを受け取り、口に押し付ける。

 よほど喉が渇いていたのか、ごくごくと喉を水が流れていった。

「ありがとうございます」

 少女は、飲み終えると、ペットボトルを返す。

 そこで少女は、今の状況について説明を聞こうと口を開く。

「私は、どれくらい寝ていたのですか?それとここは一体?」

 少女の質問に、連十は、正直に答えた。

「ここは、日本という、島国で、そのちゅしん当たりかな。それと俺の知っている限りでは君は、7時間は寝ていたよ」

 現在の時刻は午後7時ごろで、もう日は沈みかかっていた。

「そうですか……」

 少しの沈黙。沈黙は苦手な連十は、言葉を発した。

「そ、そういえば、自己紹介がまだだったね。俺の名前は、九神くがみ 連十れんと。君の名前は?」

 連十が聞くと、少女は、驚いたように目を見開いた。しかし、すぐにうれしそうに笑って、伝えた。

「私の、私の名前は……」

 少しためらうが、口から言葉は出て行った。

「私の名前は、スペリア・ミオ・ウィリアです。よろしくお願いします」

 

 

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