第82話 夕暮れの死闘その1

チッ。

どうにも胸くそ悪い仕事に関わっちまったな。

そんな風にチェレビーは思ってる。


腕に盾を着けた男の名はチェレビー。

冒険者達のリーダー。

冒険者と言ってもピンキリだ。

国をも越えて勇者として知られる英雄もいれば、チンピラのような者もいる。

盾を持つ男はキリの方。

チンピラに限りなく近い方だ。


自分達だって弱い冒険者を脅して金を奪ったりする人間だ。

胸を張れる生き方じゃあねえ。

しかし、子供を攫うようなマネはしてきてねえのだ。

俺達に脅されて金を出すような冒険者は、そいつらが悪い。

相手だって一人前の冒険者なのだ。

実力が俺達より劣っていた。

だから授業料を払うのだ。


亜人の女を攫う。

そいつらはシロウトじゃない。

そこそこ腕の立つ女どもだ。

ちょいと力を貸してくれ。

大怪我させずに捕まえたいんだ。


チェレビーは冒険者、軽戦士でもあるが薬師でもある。

薬と言ってもいろいろ。

一般的な回復させる薬だけじゃない。

相手を弱らせる毒薬もあれば、マヒさせる薬もある。

チェレビーは眠り薬を作れる。

そいつを嗅がせるだけで、相手は1時間ほど眠ってしまう。

便利な薬だ。

派手に使い過ぎると帝国警察に目を付けられる。

大っぴらには使っていない。

店の者はそれを知っていて、男に声をかけて来たのだ。


腕の立つ女を眠らせて攫う。

いいじゃねぇか。

女だって戦士なのだ。

俺達より弱いから攫われる。

鍛え方が足りなかったのだ。

そりゃ諦めてもらうしかねぇ。


しかしだ。

子供も攫っている。

成人前くらいの不思議な雰囲気のガキ。

コイツはまだいい。

魔術師だ。

多分魔術師見習いだろう。

チェレビー達に攻撃魔法を使って来た。

半人前でも戦闘能力があるのだ。

攫われること位は覚悟してもらわねぇとな。


問題はもう一人。

10歳くらいの子供。

女の子。

大人しい雰囲気の子だ。

寝ている母親の前から女の子を攫ってきちまった。


俺達はワルだし、ヒデエ真似もしてきている。

今さらいい子ちゃんヅラする気は無いがこんなコトには関わりたくなかった。

しかしこの男はムカツク。

イタチという男。

平気な顔をして、女の子に凶器を向けた。

躊躇が無い。

同じ村で暮らしてる亜人じゃねえのか。

魔術師見習いを脅すのに女の子を使っているのだ。

刃物を女の子に突きつけた。

大人しく出て来な。

出てこなきゃこの子供の耳を切り落とす。

女の子は泣いていた。

やだ、やだ。

怖い、いやあああ。

怯えて泣き叫んでいた。

当たり前だ。

10歳くらいの女の子なのだ。

刃物を顔に突きつけられれば怖いに決まってる。

チェレビーはその光景を見てるだけで胸くそ悪くなった。

その場でイタチを蹴りつけてやろうかと思う位だ。

しかしそうもいかない。

引き受けちまった仕事なのだ。

周りの仲間も同じような事を考えてるのが分かる。

自分の部下ども。

ワルではあるが気のいい連中なのだ。

子供の泣き叫ぶ声など聴きたくはない。


チェレビーはリーダーだ。

仲間を宥める役にならなきゃいけねぇ。

まぁまぁ仕事だ。

我慢しろ。

報酬はデカイ。

今夜パァーっとやって忘れようぜ。


「そろそろ一度女どもを出す」


そのイタチという男が言う。

この男の特技だ。

『収納』スキル。

意識を失った女を4人、ポケットにしまって見せた。

普通サイズのポケット。

人間の手を入れただけでいっぱいになりそうなソレに人間が吸い込まれていくのだ。

それも4人も。

冗談みたいな光景だった。


これならベオグレイドの門も余裕で通れる。

あそこは帝国兵どもがチェックをしている。

下手なモノは持って通れない。

チェレビー達が武器を持って通れるのは冒険者証を持っているからだ。

店の男が商人証を持っている。

チェレビー達はその護衛兼荷物持ちという設定だ。

ちょっとした物なら安い税金で通ることが出来る。

しかし意識を失った女を連れて入ろうなんてしたら、その場で捕まるだろう。

店の男にしろ、チェレビー達にしろ後ろ暗い事が無い訳じゃない。

帝国警察や情報部と連携して調べられたら全員お陀仏だ。

この男がいれば大丈夫だ。

帝国の兵士どもだってポケットの中に女が居るとは思わねぇ。


ただし女が意識を失ってる時だけだ。

イタチは言っていた。

意識の無い人間は物と一緒だ。

収納できる。

意識を取り戻したら収納から出てきてしまう。

良くは分からんが、要は女を眠らせておけばいいって事だ。


門を通る前に、一度女どもを外に出す。

そこでもう一度眠り薬を嗅がせる。

それで店まで連れていくのだ。


そろそろ街の塀が見えてくる辺り。

まだ兵士達には気付かれない距離だ。

良し、俺の出番だな。

胸くそ悪い仕事だったが、これでお終いだ。



コザルには見える、聞こえる。

男達は立ち止まっている。

小休憩だろうか。


忍者。

まだ男達は遠い。

通常の人間なら聞こえない距離。

時刻はすでに夕刻。

辺りは赤く染まっている。

小道は一本道だが曲がりくねっており木々に遮られ視界は見通せない。

普通の人間なら見えない位置。

それを聞き分ける、見通す。

それがこの世界における忍者。

上級かつ特殊な斥候だ。


「ケロ子さん。ケロ子さんが見える。

 追っていた男達の中だ」

「どういうコト?

 さっきまで男達だけだったんでしょ」


エリカが訊く。

しかしコザルにも分からない。


ハチ子、ハチ美、エリカ、コザルの4人だ。

4人は男達を追っていた。

亜人の村からケロ子、みみっくちゃん、コノハ、イチゴが消えてしまった。

その事件に関わっているであろう男達を追っていたのだ。

必死で急いでやっと今追い付いたのだ。

男達とエリカはすれ違っている。

しかし、女性4人も連れていなかった。

男達は武装はしていた。

しかし人を隠せるような荷物は持っていなかったのだ。


「コザルにも分からん。

 何かの手妻か」


幻術か何かの手品。

見世物小屋などでは魔法のように人を消したり、出したりして見せる。

魔獣、“化け狸”は“双頭熊”に化ける。

正体は小さなタヌキだが、大きなクマのように人の目を欺くのだ。

その様に人の目を誤魔化してみせたのかもしれない。


「理由はいい。

 ケロ子殿を連れ去ったのが奴らだとハッキリしたな」

「ならば、コノハ殿、イチゴちゃんも一緒の筈です」


「全員で襲撃を掛けるぞ」

「連れ去られた人を奪い返すのです」


ハチ子、ハチ美はやる気だ。

血の臭いがした男達。

怪しい武装した男達。

彼らが犯人であると断言は出来なかった。

しかし、ケロ子殿を連れている事が分かった。

躊躇う理由は無い。


「そうね。

 やるわよ」


エリカも同じだ。

相手は女性を攫う卑劣漢。

正義の鉄槌を喰らわしてやる。



男達の目の前だ。

イタチのポケットから女が現れる。

非常識な光景だ。

女戦士が現れる。

さらに女の子。

10歳くらいだろうか。

手の大きさくらいのポケット。

そこから人間の女が次々出てくるのだ。

でも男達は非常識さよりも女戦士に目を奪われている。

棒を持って暴れこんできた女戦士。

素早く動き、手強いヤツだった。

こうしてみるといい女だ。


張りのある胸、たゆんたゆんとしている。

形のいいケツ、寝ていても形が良いのが分かるのだ。

戦士姿の女だ。

普通、戦士は厚手の鎧を着ている。

ボディラインなんて分からない。

色気なんぞ皆無なのである。

ところがこの女は体のラインが良く分かるのだ。

まだ若いだろう。

成人したばかりくらいの顔立ち。

可愛らしい顔だ。

なのに体は良く育っている。

馴染みの娼婦よりもいい肢体。

スポンサーである紳士服の男がいなかったら襲い掛かりたいくらいである。

鎧姿がエロいなんて考えた事も無かった男達。

だが、この革鎧は女戦士の発達した体と合わさってやたらエロい。

胸が、引き締まった腹部が、腰のラインが、太腿が良く分かってしまう。

そんな薄い革鎧を鉄のプレートが補強している。

心臓部、腕には手甲、脛。

普通のスカート姿よりよっぽどエロいかもしれない。

こんな鎧を女に着せたヤツに拍手を送りたいくらいだ。

男達はツバを呑み込む。


「この女、アンタの店に出るんだよな」

「オレ 買いに行こうかな」


紳士服の男は言う。


「残念だが、こいつは地下の顧客専用になるな。

 普通の娼婦の値段じゃない。

 3倍は出す客じゃないと入れない場所だ」


地下か。

あの店に地下が有るのは知ってる。

特殊な趣味の客に応える場所だ。


「そうか。アンタ、人には言えないシュミだったものな」

「そうだったな、そのシュミのために地下に秘密の場所を作ったのか」


「そうなのか、同じシュミの男のために秘密の地下を作るとは」

「秘密のシュミのためにそこまでやるとはスゴイぜ」


「そのシュミには賛同できないが、アンタやるな」

「オレもそのシュミは理解できないがその行動力はスゴイと思うぜ」


「そのシュミには共感出来ないが、男として尊敬するぜ」

「そのシュミには全く興味ないけど、大したモンだぜ」


「だから、違う~。

 オレの趣味じゃないんだってば。

 金を出す客がいるんだってば。

 金のためだってば。

 信じてくれよ~」



その時ムゲンが言った。

革のマントを着て帽子をかぶった男。

弓士の男がこう言う。


「みなさん、木陰に隠れた方がいいと思いますよ」



【次回予告】

イタチは素早く戦況を読もうとする。襲ってきたのは?攫った女を取り返しに来たのか。

チンピラ冒険者どもは大した戦力にはならないだろう。しかし、剣士タケゾウと弓士ムゲンは使える。盾を持ったチンピラ達のリーダー格もまぁまぁ。イタチも含めれば負ける事は無い。

「アッ!」

次回、イタチの槍は女を貫く。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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