第81話 イタチその1

「それでイタチはどうしたですか?」

少女が言う。

人間離れした雰囲気を持つ少女。

コイツは誰だった?

今はいつで、ここは何処だ。

イタチは思う。

知っている場所だ。

ここは『野獣の森』

来たことが有る場所。

“埋葬狼”の巣の近く。

目の前にいる少女。

コイツは誰だった?


運び人。

冒険者の職業の一つだ。

見習いの代名詞のように言われることも有る。

未成人の者が冒険者として迷宮に入る。

その時、職業はほとんどの者が運び人となるのだ。

まれに魔法の得意な者が魔術師見習いとなる。

戦闘の得意な者が戦士見習いだ。


キバトラは戦士見習いになった。

村でも有名だ。

まだ14歳だと言うのに大人と変わらない体格。

獣化能力もある。

顔に獣毛が生え、犬歯が伸びる。

攻撃力が上がるのだ。

間違いなく遠くない未来、戦士達のリーダー格になるだろう。

そう言われ育ち、2年後その通りになった。

戦士達が『野獣の森』に出かける時は先頭を任される。


イタチは運び人になってしまった。

見習いの時、運び人なのはいい。

誰でもそうだ。

しかし成人して、冒険者として登録する。

その時運び人になる者など、亜人の村にはいない。

他の迷宮の冒険者なら違うかもしれない。

戦闘を経験した事の無い者が冒険者になる。

運び人になってもおかしくない。

だが、亜人の村は。

子供の頃から戦士達について魔獣と戦っているのだ。

『野獣の森』探索にも行く。

村を襲う溢れて来た魔獣とも戦う。

みんな戦士になるのだ。

なり損ねたのはイタチくらい。


キバトラは言う。


「いいんじゃねぇか。

 イタチはケンカじゃなくて、

 頭を使う事の方が得意だろ」


確かにイタチは頭がいい。

読み書きだって何とかなるし、計算も得意だ。

村に来てくれる商人がみんなまともとは限らない。

中には金額を誤魔化すような輩だっている。

計算が出来るヤツだって必要だ。

しかしそれは老人たちだって出来るのだ。

若くて男のイタチ。

彼に求められてるのはやはり戦闘なのだ。

産まれつき身体が大きくて、本人が戦闘好きなキバトラには分からないのだ。


LV10を越えると職業Ⅱが身に付くと言う。

それを期待してLV上げするしかないだろう。

しかしチームで行動するのでは無理だ。

先頭に出て戦かう戦士ばかりなのだ。

イタチのように後ろから状況を判断しつつ慎重に戦う。

そんなスタイルは通用しない。


夜一人で迷宮に入って行くイタチ。

他の者が同じことをしたら必ず止められる。

一人で、しかも夜の迷宮に行くなど正気の行動ではない。

しかしイタチが止められる事は無い。


イタチがあの姿になれば誰にも止められはしない。

夜の『野獣の森』をうろつくイタチ。

手強そうな魔獣の気配は分かる。

それを慎重に避ける。

気配を殺し、一撃で倒せる相手を狙う。

いた。

“火鼠”

魔法に似た攻撃をしてくる魔獣だがその身体は小さい。

魔法を避けさえすれば弱く脆い魔獣だ。

“火鼠”や“鎌鼬”そんな魔獣を狙って殺していくイタチ。

一人で倒せば経験値は独り占め。

LVアップも早い。


そうして一人で戦い続けるイタチ。

LVは徐々に上がる。

その内にいつの間にか運び人のランクが上がっていた。

スキル:収納も『収納(小)』から『収納(中)』になっていた。

そうして気が付いた。

『収納』というスキルに。

袋に多く物を入れる事が出来る。

一般的にそれだけのスキルだと思われている。

しかしその程度の物では無い。

イタチは最初邪魔にならない程度の袋を担いでいた。

その中にドロップ品や薬を入れる。

試してみると袋は相当小さな物でも足りた。

袋でなくても良い。

服に着いたちょっとしたポケット。

10CMも無い程度のポケットにイタチの身長に近いほどの槍をしまう事が出来るのだ。

袋やポケットである必要すらなかった。

口の中でも良い。

手の平を閉じる、その中ですらモノを収納出来るのだ。


モノを収納できる。

それだけでは無い。

人間だって収納できる。

ただし意識を失った者だけだ。

その事に気が付いたのはいつだったか。



「なるほどな。

 アンタがどうやって女を攫ってきてるのか。

 不思議だったんだが、そういう方法だったんだな」

紳士服の男が言う。


「そういう事だ」

イタチはニヤニヤ笑う。


攫った女達はイタチのポケットの中だ。

袖口に付けた目立たないポケット。


ポケットの中に女が入って行く。

そんな光景を見た男どもは口を半開きにしていた。

アホウどもめ。

『収納』と言うスキルが有ること位知っていただろうに。

使い方など考えた事も無いのだろう。


ただし収納出来るのは意識を失った人間だけだ。

意識の無い人間は物と一緒だ。

意識を取り戻した者は収納し続ける事は出来ない。


ベオグレイドの街に入るには門を通らなくてはいけない。

帝国兵に守られた門。

兵士達は身体検査を行うが、イタチの『収納』が見破られた事は無い。

10cmも無いポケット。

そこに攫った女が隠されている等と想像するはずも無い。

そうしてイタチは亜人の村から若い娘を攫っては店に売りとばしていた。


既に手に入れた金は一生遊んで暮らせるレベル。

村にはもう売りとばせる娘は少ない。

最後に転がり込んできた獲物を売りとばして逃げる。

コノハとその仲間らしき上玉の女達。

イタチはそういうつもりであった。

さてどこに行くか。

帝国からは離れたい。

迷宮都市だろうか。

それとも女神教団のところか。



「なるほどですよ。運び人になったイタチは『収納』の使い方を研究したですね。そのまま運び人として活躍できなかったですか。村で求められていたのは戦士ですか。そうかもしれませんね」


そう言ってるのは誰なのか。

誰かにイタチは話している。

子供の頃の話。

誰にも話さなかった。

話せなかった事。



子供の頃だ。

幼いころからイタチは頭が良かったと思う。

物事を考えるのが好きだった。

自分達は亜人だ。

周りにはいろんな人達が暮らしている。

翼の有る人、角の有る人、身体が緑色の人。

でも仲が良い。

あまりケンカ騒ぎも起きない。

何故ならほとんどの者が帝国のアチラコチラから逃げて来た者だからだ。

ここに来れば、同じ亜人の仲間と暮らせる。

そう思ってやってくる。

この村の暮らしだってそこまで楽ではない。

しかし、他の場所に比べれば。

キチンと働く。

農作業をする。

村の仕事を手伝う。

若いモノなら戦士として戦う。

そうすれば仲間として認められるのだ。

帝国の他の場所では必ずしもそうではない。

森や湖に囲まれている。

食料にも大きく困る事は無い。

だから仲が良い。


そういうのって本当に仲良いって言うのかな。

単に弱い者同士がくっついてるだけじゃない。


そんな話を女の子とする。

隣の家の子。

男の子はすぐ戦闘訓練だと言ってケンカをしたがる。

イタチはどちらかと言うと体が弱いのだ。

やられ役になるに決まってる。

やられ役をやりたがる人間がいるだろうか。

そんなモノになりたがるハズが無い。


イタチの考える事って難しいよ。

ひねくれてるよ。

そんなイヤな見方しなくてもいいじゃない。

女の子はそう言いながらも聞いてくれる。


イタチはもう10歳。

10歳くらいになったら男の子は『野獣の森』探索に参加する。

見習いとして戦士達に付いて行くのだ。

別に決まってる訳じゃないけど、みんなそうだ。

キバトラなんか8歳でもう参加していた。

アイツは体が大きい。

力も強い。

8歳でも10歳の子より大きかった。


イタチもそろそろ行かないと。

いつまでもやられ役ではいられない。

武器はどうしよう。

まともに剣の練習をしたことが無い。

槍にしよう。

中距離からの攻撃が出来る。

先頭に立って突っ込んでいき戦う。

そういうのはイタチに向いていない。

それは他の男に任せる。

キバトラとかにお似合いだ。

キバトラだけじゃなく、剣や斧を持って突っ込んでいって戦いたがる男は多い。

同じことをしたらイタチは出遅れる。

魔獣に向かって突っ込んでいく。

その時に必ず躊躇してしまうだろう。

正面で戦うより脇から支援する方が自分に向いてる。


周りの大人達に大丈夫かと言われつつ、『野獣の森』探索に参加する。

イタチは同年代の子供より細い。

体が出来ていないのが分かる。

心配する者もいた。

女の子が見送りに来てくれた。

イタチ、頑張ってね。

ケガしないよう気を付けてね。

今さら止めるワケにはいかない。


思ったより上手くいったと思う。

イタチは落ち着いて行動できた。

戦士達に魔獣の話は聞いていた。

あれは“火鼠”。

火を吐いてくる。

喰らうと大人の戦士でも一撃で大ケガする。

注意して避けてから攻撃するのだ。

あれは“猩猩”。

戦闘力は大したことない。

でも冒険者達のドロップ品を盗んでいく。

戦闘中と思って荷物を脇に置いておいたりすると持っていってしまう。

嫌われ者の魔獣だ。

イタチが気づいたお陰で、チームは何も盗まれずに済んだ。

戦士達も褒めてくれた。

やるじゃないか。

腕力自慢のヤツだけじゃなくて注意深いヤツも必要だからな。

オマエならいい戦士になるぜ。

戦士を引退した老人たちに事前に話を聞いておいて良かった。

何とかなった。

大人の戦士達に認められたのだ。

同年代の子供にバカにされることも少なくなるだろう。

オレは上手くやった。

そう思っていたのに。

上手くやったハズなのに。

何故こうなったんだ。

イタチは魔獣に攫われた。

“埋葬狼”に。


「そうですか、子供の時に攫われたですか。それは不安だったでしょう。大変だったねですよ、イタチ」

少女が言う。

誰だろう。

知ってる女の子じゃない。

何故。

俺はこんな話をしている。

知らない少女に。



【次回予告】

普通、戦士は厚手の鎧を着ている。ボディラインなんて分からない。色気なんぞ皆無なのである。ところがこの女は体のラインが良く分かるのだ。まだ若いだろう。成人したばかりくらいの顔立ち。なのに体は良く育っている。馴染みの娼婦よりもいい肢体。スポンサーである紳士服の男がいなかったら襲い掛かりたいくらいである

「理由はいい。ケロ子殿を連れ去ったのが奴らだとハッキリしたな」

次回、ハチ子、ハチ美はやる気だ。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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