第83話 夕暮れの死闘その2

「みなさん、木陰に隠れた方がいいと思いますよ」


言ったのはムゲンだ。

弓士と言う男。

革のマントを着て帽子をかぶった男。

本人はすでに木に隠れている。


素早く反応する亜人の戦士イタチ。

ムゲンの近くの木に隠れる。


「分かるのか?」

「はい。弓に狙われています。

 アッチの男は剣で切るぞと言う殺気を飛ばすでしょう」


剣士、タケゾウを指して言う。

タケゾウもすでに木に隠れている。


「あそこまで派手に剣気を飛ばせば誰にでも分かる。

 弓に狙われても同じような気配が有ります。

 私は弓士ですから、狙われた気配は分かります」


ムゲンの言葉通り、矢が降ってくる。

反応し遅れた紳士服の男が足を貫かれる。

コイツは戦闘は素人なのだ。

矢は続けて振ってくる。

矢だけではない。

小型の投げナイフのような物も投げ込まれる。

反応の鈍いチンピラが喰らったようだ。

怪我をしていた男だ。

避けようにも体が言う事を聞かなかったんだろう。

しかしイタチは助けない。

死にはしないだろう。

スポンサーや、仲間とは言え自分が危険を冒して助けるような相手では無い。


続いて戦士が切り込んでくる。

剣を持った女戦士。

槍を持った女戦士も続く。

チンピラどもと切り結ぶ。



「ヘヘッ、出番が来たか」

楽しそうな声を上げて飛び出していったのはタケゾウ。

二本の刀を持った男だ。


腕の立つ人間がいるんだ。

相手も手強いらしい。

そんなことを店の人間に言われてついて来てみれば。

どうにも楽しくない仕事だ。

棒を持った女戦士はまぁまぁの腕。

しかし人間相手に戦った場数が少ないんだろう。

戦い方が単純で、素直過ぎる。

アッサリ終わっちまった。

後は女の子に刃物を突き付けて脅す。

そんなクソみたいな場面を見せつけられた。


ちょっとは立ち回りをして気分をスカッとさせとかないとな。

タケゾウは走りながら勢いに乗せて刀を振るう。

槍を持つ女戦士目掛けて。

女は反応した。

槍で受け止めようとする。

へへっ、嬉しいねぇ。

そう来てくれねぇとな。

だが、その槍じゃあな。


木製の槍だ。

金属の刃先が木製の柄に取り付けられている。

相手の女は長い柄の部分で刀を受けようとした。

だが。

男の刀は止まらない。

木製の柄をキレイに切り割いたのである。


そのままタケゾウはもう一本の刀を振るう。

左手は下から上へ切り上げた。

次は右手。

右手の刀を槍を持った女へと。

走って来た勢いはまだ殺されていない。

女の武器は両断されている。

この斬撃を受け止める事は出来ない。

しかし。

一瞬タケゾウの手は止まる。


あれが上等の女だ。

背の高い美女。

高い値がつく。

キズを付けてくれるなよ。


このまま刀を振ったら殺しちまうな。


その迷いの時間。

女は叫んだ。


『聖槍召喚』


素手だった女の手に光が現れる。

光るモノ。


何だ?

分からん。

分からんが迷うな。

切れ。

ムンッ

タケゾウは右手を振る。


槍を抵抗なく切り落した斬撃。

その斬撃が再び振るわれる。

しかし。

刀は受け止められていた。

光るモノ。

白銀の槍によって。

女は白銀に輝く槍を手に持っていた。



ムゲンは弓の狙いを付ける。

相手は剣を持った女。

男達の中に切り込んでいる。

出来る。

あのチンピラ冒険者達に適う相手では無いだろう。

『気絶の矢』で気絶させようかと思ったが、女の動きは早い。

『気絶の矢』は便利なように見えるが難しい技だ。

相手の顔近くに矢を通過させなきゃならない。

ここは素直に胴体を普通の矢で狙おう。

胴体は人間の身体で最も大きな的。

矢が刺さっても当たり所がよっぽど悪くなければ死ぬ事は無い。


「お嬢さん。悪く思わないでください」

弓に矢を番える。

女はムゲンに背を向けている。

チンピラ冒険者と切り結んでいるのだ。

こちらが矢で狙っている事に気付く事は無い。

その時。

ムゲンは大きく避ける。

何かに狙われた。

自分が。

果たして。

小型のナイフのような武器。

苦無が木の幹に刺さる。

ついさっきまでムゲンのいた場所。

上手く避けたという安心感。

誰が!

どこから!

安心感と恐怖が体を駆け抜ける。

上!

ムゲンの上だった。

小柄な人影。

灰色の布装束。

手に先ほど投げた武器。

ムゲンを襲ってきたのだ。

木の上から。



イタチは素早く戦況を読もうとする。

襲ってきたのは?

剣を持った女戦士。

槍を持った背の高い女。

どちらも狙っていた女だ。

攫った女を取り返しに来たのか。

先程矢が飛んできた。

どこかに弓矢を使う者がいる。

おそらくは弓矢を持った背の高い女戦士。

ならば相手は3人。

こちらの方が数が多い。

チンピラ冒険者どもはリーダーも含めて6人。

1人は女戦士を攫う時、既にケガをしている。

こいつらは戦力として期待できない。

しかし、剣士タケゾウと弓士ムゲンは使える。

盾を持ったチンピラ達のリーダー格もまぁまぁ。

イタチも含めればこちらが戦力で勝るのは間違いない。


時間は夕暮れ時。

木々は赤く染まっている。

まだ視界が無くなる事は無い。

暗くなってもイタチは夜目が効く。

だが男達はそうではないだろう。


イタチは剣を持った女を狙う。

こいつはそこそこ実力がある。

今はチンピラと戦っている。

チンピラは2人掛かりだが1人で圧倒している。

調子に乗りやがって。

生意気そうな女戦士。

会った時から気に喰わないと思った。



『疾風の剣』


女冒険者エリカはチンピラ達に切り込んだ。

相手はケロコさんを攫った犯罪者。

おそらくコノハさん、イチゴちゃん、ミミックチャンも攫っている。

彼女たちを助ける。

勢い込んで切り付けた。

剣戦士のスキルも使う。

速度を上げて数回攻撃できる技。

チンピラが槍を持って反撃してくる。

大した敵じゃない。

動きが丸見え。

槍を持った手先を狙い剣先で突く。

エリカが持つのは両刃の刀。

剣先が最も鋭い。

突くのが攻撃力が高くリーチの有る攻撃方法。

相手はうめき声をあげ、槍を取り落とした。


しかし。

見えてしまった。

エリカの剣は相手の手を突いた。

手から落ちたのは槍だけでは無い。

指先が切れて落ちる。

あれは人差し指と中指。

クッ。

見ているエリカの方が痛い。


その間にも、もう一人の男が剣で襲ってくる。

エリカは剣を躱し男をやり過ごす。

躱され背中を見せた男。

背中に剣を走らせる。

男は胴体の前に鉄のプレート防具。

背中側は覆われていないタイプ。

布の服の上に前面の防具を縛り付ける紐。

エリカの剣で布の服が切り裂かれる。

紐が切れて落ちる。

男はこちらに向かって向き直る。

切られた背中は見えなくなるが、下半身。

足に血が流れている。

布のズボンが赤く染まっていく。

エリカが切って流れた血。


マズイ。

エリカは考えていなかった。

普段エリカが相手にしているのは迷宮の魔獣。

人を襲い殺すバケモノども。

しかし今回の相手は人間なのだ。

切れば血が出る。

ケガを負う。

ケガによっては死んでしまうかも。

エリカが流させた血。

エリカが負わせたケガ。

エリカが殺す?

人間を?



女戦士ハチ子は槍を切り落とされていた。

剣で。

鋭い斬撃を放ってきた男。

以前に見かけた時から強いだろうと思っていた。

走ってきた男に槍を向ける。

剣と槍なら通常槍の方が有利。

攻撃距離なら槍の方が長い。

だが男は慌てもせず、走った勢いのまま剣を振るった。


あまり見かけない剣。

片刃で細身。

軽く反った長い刃。

冒険者が使う一般的な剣は両刃。

真っすぐ伸びた直剣が多い。

男が持つのは大剣の長さを持ちつつ細身の刀身だ。

ハチ子は知らないが、男が持つのは刀と言う。

剣と呼ぶ武器は、刀も両刃の剣も含まれる。

刀と言えば、一般的には片刃の物を指す。


男が振るった刀は槍の木で出来た柄の部分を切り落として見せた。

ハチ子が驚くほどあっけなく。

男は左手を振り抜く。

普通なら手を元の位置に戻すまで再度の攻撃は来ない。

しかし男は右手にも刀を持っている。

態勢を崩すことなく、右手の刀が自分に向かって振られる。

マズイ。

この男の斬撃能力はハンパではない。

間に合うのか。


『聖槍召喚』


一瞬、男の攻撃が遅くなった気がする。

ホコリでも目に入ったか。

足元に石でも有ったか。

分からないが自分は幸運。

間に合ったのだ。


光り輝く槍は男の剣を受け止めていた。

先程までの槍は柄の部分が木製。

切り落すことも出来ただろう。

この聖槍は刃先から柄まで金属製。

やすやすと切られることは無い。


「この聖槍を持ったワタシに勝てると思うなよ」


ハチ子は自分の体内に力が漲るのを感じる。

攻撃を受け止められた男は後ろへ下がっている。

鋭く槍を突き出す。

まだ使い始めたばかりの槍だが手に馴染む。

左手で槍を持ち、右手の力で突き出す。

槍を引き戻し、軽く素早い突きを連発。


見れば相手は布の服。

槍が軽く刺さるだけでもダメージは与えられるだろう。

ハチ子は鎧も一新している。

全身に薄いチェーンメイル。

胸当てや腕アーマーは頑丈な金属プレート。

軽い攻撃なら傷もつかない。

と言ってもこの男とその刀の斬撃は油断できない。

大きく振るう刃先だけは注意しなくては。

それでも自分の有利は揺るがない。

槍の方がリーチが長いのだ。


ハチ子は周りの戦況を見回す余裕さえある。

エリカは剣で男達を圧倒している。

一人を切りつけたと思ったら、別の男の攻撃を華麗に躱す。

攻撃を躱された男を後ろから切っている。

見事なものだ。

偉そうな言動も口先だけでは無かったようだな。

彼女ならあの程度の男達にやられる事は無いだろう。

自分はこの実力ある剣士を仕留めればいい。

そう思ったが、視界に弓を持つ男が入る。

弓に矢を番えている。

チッ。

弓矢の向く方向はエリカか。

だが樹上から何かが弓を持つ男を襲う。

小柄な人影。



エリカは動きが止まっている。

エリカは人間を殺したことなどない。

そんな心の準備は出来ていない。

そんな必要が有るとも思った事が無い。


相手は犯罪者。

女を攫った卑劣漢。

だけど殺すなんて。


彼女は冒険者だ。

人間と戦った事が無い訳では無い。

訓練をする。

剣の訓練相手は当然人間だ。

練習試合だってする。

真剣勝負だ。

勝つか負けるかの戦いをしている。

真剣勝負、だけどそれは真剣を使わない。

木剣や刃の殺してある剣を使う。

当たり所によってはケガもするし、骨くらいは折れる場合もある。

だけどよっぽどの事が無い限り血は流れない。

自分の剣で人間が血を流す。

そんな光景を見るのは初めてなのだ。


躊躇い。

そんな心の逡巡を襲う。

エリカの後ろから襲う。


「アッ!」

槍。

イタチの槍がエリカの腕を貫いていた。



【次回予告】

紳士服の男は足をケガしている。自分が放った矢が当たったのだ。情けない声を上げている。もともと非戦闘員だ。逃げ足を奪えば人数に数えなくていいだろう。

いや待て。あの紳士服の男。あれは一行のトップでは無いのか。あの男を捕まえれば、状況は好転するのではないか。

「キサマリャ…」

次回、ハチ美は男を踏みつける。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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