第55話 ショウマの居ない迷宮都市

「は?」

思わずアヤメは聞き返した。


「天駆ける馬だよ。天駆ける馬」

「そ…そうですか」


冒険者組合の受付嬢アヤメは目の前の男から目を逸らす。

視線を向けないでいよう。

そう思っていたのに、つい見てしまったのだ。


中年の男。

いや、もっと年かも。

初老くらい?

体だけは立派だ。

上半身の筋肉。

胸の辺りがヒクヒク動いてる。


「キミ。何故目を逸らすのかね」

「いえ。その」


目の前に気持ち悪いのがいるからだよ。

アヤメは言葉を飲み込む。


「大司教、相手はまだ若い女性です。

 大司教の美しい大胸筋に照れているのですよ」

「おおっ。そうであったか」


照れてるワケねーだろ!

拳を振り上げそうになる。

なんとか堪えるアヤメだ。


場所は冒険者組合。

『冒険者の鏡』前。

チーム登録をしてくれと言うのだ。

変態集団が。


照れているとか寝ぼけた事を言い出した男を睨もうとするアヤメ。

大司教と呼ばれた初老の男。

その付き人だろうか、まだ若い。

しかし慌てて目を逸らす。

その男も上半身ハダカ。

腕の筋肉を太くさせたり、細くさせたりしている。

さらに目を逸らした先にも別の男性。

こいつは後ろを向いて、背中の筋肉を動かしてるのだ。


もういや。

もういや。

早く設定して逃げ出そう。


「いや。ホントウに大司教の大胸筋は美しい」

「いやいや。キサマも若いのに、

 その上腕二頭筋はナカナカではないか」


ううっ。

目を逸らすだけじゃなく、

耳もふさごう。


「大司教様。ワタクシの広背筋はいかがでしょうか」

「うむ。広背筋も僧帽筋も育ってきておる。

 後は脊柱起立筋だな。

 腰回りを鍛えておくと全身のバランスが良くなる。

 今後は上半身より、下半身に力を入れていくと良いだろう」


「ハハッ。大司教様のお言葉、肝に銘じておきます」


聞こえない。

聞こえない。

自分に言い聞かせるアヤメ。


このチーム名、いいのかな。

いいや。

早く終わらせたい。

冒険者チームは数万といるのだ。

似たような名前が被る事だってある。


「天駆ける馬」

アヤメはチーム名を設定した。



さて

冒険者順位の発表が有って数日。

すっかり『天翔ける馬』という名前は知れ渡った。

チーム名『天翔ける馬』は新聞にも載ったのだ。

デカデカと。

正体不明のチームとして。

新聞は正体不明だが『不思議の島』の冒険者ではないか。

そう書いていた。


『不思議の島』

アヤメも知ってる。

『不思議の島』の方が魔獣が手強い。

『地下迷宮』や『野獣の森』に比べて手強い魔獣が出ると言われてる。

その分功績値も高いと言う訳だ。

実際上位に居る冒険者チームには『不思議の島』で行動してるチームが多い。


その一方でショウマの名前も噂になってる。

『天翔ける馬』のリーダー。

こっちはそこまで広く知られてはいない。

そんなウワサが有る程度だ。


ショウマの名前の出どころは多分アヤメだ。

言ってしまったのだ。

冒険者組合の中で。

『天翔ける馬』知ってます。

ショウマのチームです。

聞いていたのはキキョウさんとカトレアさん。

でも少し離れたところには多数の冒険者がいた。

誰が聞いていてもおかしくない。


キキョウ主任は言った。


「アヤメ、その話はあまり口外しない方がいいわ。

 いま、迷宮都市ではショウマさんを中心に

 王国と帝国の熾烈な情報合戦が行われてるの。

 巻き込まれない様に注意なさい」


なんだか上司はもう良く分からない世界に突入している。


まあアヤメもあまり大っぴらに言わない方がいいかなと思う。

普通の冒険者ならチーム順位1位になった日には大騒ぎするだろう。

オレだぜ、オレ。

オレが1位だぜ。

1位どころか1000位以内だって大騒ぎだ。

宴会くらい開きかねない。

アヤメ、一緒に飲みに行こうぜ。

1000位以内のチームに所属してるオレが誘ってやってるんだぜ。

そんなもんだ。


でもアイツはそういうヤツじゃない。

実際999位に入った時だって、ナニソレくらいのモノだった。


本人がいればな。

「ショウマ このチーム順位なによ!

 何をやらかしたのよ」

そう直接聞ければ一番いいのに。

なのにアイツはいない。

『野獣の森』に行ってしまったのだ。

アヤメはいつ頃帰ってくるのかすら聞いていない。

いつ帰ってくるかくらい言って行きなさいよ。





「んじゃ、船の当ては有るワケだな」

「当たり前だ。『不思議の島』に行くんだぞ。

 海を渡る方法くらい考えてるに決まってる」


女冒険者カトレアと『花鳥風月』副リーダー、ガンテツだ。

カトレアは何も考えてなかった。

村から街へ帰ってくる途中色々考えて思いついたのだ。

そういや『不思議の島』は島だ。

海を渡らなきゃ行けない。

どうすんだろう?


ガンテツに聞いてみたら、商人組合の手を借りると言う。


「商人組合にスカウトされたんだ。

 今後は商人組合がバックアップしてくれる。

 船も商人たちが用意してくれるってワケさ」


「ええっ。

 じゃ今後は商人に雇われてるって事になるのかい?」


カトレアはいま初めて聞いた話だ。

みんな貴族や金持ちにヘイコラするのがイヤで冒険者になったんじゃないのか。

『花鳥風月』は今までどの組織の下にも入った事が無い。

今後もそうだと思ってた。


「イヤ、そうはさせない。

 ポッと出のチームなら商人達の言いなりになるしか無いが、

 俺達はこれでも名が売れてる。

 対等の関係だ」


『不思議の島』でドロップした品。

それは全て最初に商人組合に見せる。

商人組合が必要としない物は『花鳥風月』の自由。

必要とする物は適正価格で商人が購入。

その替わり、『不思議の島』に行くための交通手段は商人達が引き受ける。

向こうでの宿も用意してくれる。

食事や生活必需品もだ。

『花鳥風月』の装備品なんかも安く融通してくれる。


「そんな約束だ。

 だから冒険者組合での評価は少し落ちるかもしれんな」


「冒険者組合に渡す品が減るってコトだね。

 まあでもいいんじゃない。

 メシも武器も用意してくれるなら、文句は無いね」


向こうでの宿だってどこに有るのかすら分からない。

バックアップしてくれる組織が有るって便利かも。

そう思うカトレアだ。


「商人達はそれでトクすんのかい?

 ドロップ品を無料で渡すわけじゃないんだろ。

 買ってくれるんだったらこっちがトクするだけ。

 向こうはいいコト無いじゃないか」


「よし。そういう相手の事情を考えられるようになってきたか」

「何だよ。バカにしてんのか」


イヤイヤ。

昔のカトレアだったらそんな事まで考えられなかった筈だ。

ガンテツはちゃんと成長を喜んでいるのだ。


「『不思議の島』はなぁ。お宝が出るらしいぜ。

 宝石や金」

「ええっ。魔獣を倒したら宝石が手に入るのかい」


「そう言う事だ。『不思議の島』には王国や女神教団の冒険者が多い。

 その宝石や貴金属が王国、教団の財源になってるのさ。

 商人達もあやかりたいんだが、腕利きの冒険者がいない事には『不思議の島』の勝手も分からない」


「そこで俺達さ。

 高名なチームに様子を探らせる。

 俺達が調子よく行くなら、子飼いの連中も導入するんじゃないか」


なるほどなと思うカトレア。

宝石や金となれば金額のケタが違う。

冒険者から買って、どこかに売るのでも差益が大きい。

よし、いい感じだ。

この調子でやっぱりガンテツがいないとダメなんだと思わせる。

そのまま『花鳥風月』に居座らせてやると考えてるカトレアである。


一方、ガンテツも思ってる。

よし、いい感じだ。

だんだんカトレアがこちらの台所事情だけでなく、相手の都合も考えるようになってきた。

このままガンテツがいなくなっても、カトレアが何とかしてくれる。


気が合ってるのか、すれ違ってるのか良く分からない二人である。



「カトレア、噂は聞いたか?」

「どのウワサだい。

 ウチはこの3日、故郷に行ってたんだ。

 迷宮都市の話は知らないよ」


「そうだったな。

 “迷う霊魂”を倒したヤツの話さ」


「分かったのかい」


カトレアは考えてた。

村から街まで歩く道のりで色々考えてたのだ。

いきなりの週間順位 1位。

そして先週倒されたというボス魔獣。

もしかして…

“迷う霊魂”は伝説では武器による攻撃が効かない。

魔法で攻撃するしかない。

そしてショウマは村で攻撃魔法を使っていたらしい。

まさかアイツが…

でもそうしか考えられない。


「ああ。本人が酒場でそう名乗った。

 チーム『天駆ける馬』。

 リーダーはジョウマってヤツだ。

 大地の神は父さんだよ教団の大物らしいぜ」

「はぁ?!」


なんでそうなる?!












拙作を読んでくださってる方。

毎度ありがとうございます。


エピソードに応援くれる人もサンキューです。

メッチャ心強いです。

ありがたやありがたや。


ここで一区切りです。

迷宮都市からしばしお別れ。

次回から 野獣の森編。


迷宮都市の話は

ところどころに差し挟んでいくか

野獣の森が一区切りしてからか

まだ未定なカンジです。

リクエストが有れば変わるかもしれません。


ご意見ご感想など下されば、作者が嬉しさに跳びはねます。

☆評価も是非。

お待ちしてます。


では次回予告です。


【次回予告】

『野獣の森』

獣型の魔獣が多いと言われるが、それだけでは無い。昆虫型も植物型魔獣も現れる。

森の動物と言ったら何?栗鼠、リス少女。尻尾が大きい、モフモフしてそう。

猿、サル少女。どんなんだろう?昔のマンガ、サ〇ケみたいな。ボロっぽい服着て、木と木の間を飛び回る?

蛇、ヘビ少女。髪の毛がヘビで目を見たら石になる。それはメドゥーサか。いやでも、ヘビ女と言うと…

「みみっくちゃん地下迷宮産“宝箱モドキ”ですよ。『地下迷宮』には詳しいですが、『野獣の森』に関しては有名な魔獣くらいしか知らないですよ」

次回、ショウマは妄想をする。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください) 

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