第三章 亜人の村はサワガシイ

第56話 『野獣の森』の冒険者その1

エリカはゲートの前に立つ。

『野獣の森』の層を分ける場所だ。

木と木の間に白いモヤのようなモノが立ち込めている。

先が見えない。

でも歩いていけば普通に人が通れる。

魔獣は通って来れないらしい。


「では2層目に入るぞ。

 入った瞬間に気を付けるように」


ああっ

エリカが言おうとしたセリフをミチザネが言ってる!


「なんで、ミチザネが言うのよ!

 リーダーはアタシよ」

「エリカ様が言葉が出ないようなので、

 ミチザネが替わりに言っておきました」


魔術師のミチザネとリーダーのエリカだ。

チームメンバーはいつもの事なので気にしていない。

ここは『野獣の森』1層目から2層目に入る直前。

2層目に入る直前は気を付けないと。

入った途端魔獣に襲われる場合も有る。


「行く」


言ったのは小柄な人物。

灰色の目立たない布装束。

布で顔まで隠している。


「頼んだわ、コザル。

 すぐにエリカが続く」


ゲートで先導を務めるのは忍者のコザル。

こいつは素早い。

どんな敵がいても、どんな攻撃を受けても避けて見せるのだ。

エリカはコザルが魔獣の攻撃をまともに喰らったのを見たことが無い。


コザルがゲートに入って行く。

小柄な姿が見えなくなる。

2層に現れた筈だ。

エリカも後を追って入って行く。


ちゃんと気を引き締めて。

1層は大した魔獣はいない。

“一角兎”に“化け狸”。

“飛槍蛇(ヤクルス)”が少し手強いくらい。

コイツは木の上から槍の形をした尻尾で飛びかかってくる。

軽装備の人間は下手すると一撃で重傷を負う。

でもエリカ達はその心配が無い。

コザルがいるからだ。


2層目はもう少し手強い。

“火鼠”や“鎌鼬”。

火や風、魔法に似た攻撃を飛ばしてくる。

そんな魔獣が現れてくるのだ。

ゲートを抜けた途端、飛んでくる火に襲われたら悲惨なコトになる。

ダメージもでかいし、大ヤケドだ。

そんな場面でもコザルなら必ず避けて見せる。


エリカはゲートを抜ける。

先は一層と変わらない風景。

森林の中。

後ろを振り返ると仲間たちは白いモヤで見えない。


あれ?

コザルは?


「エリカ様。

 少し先、“森林熊”」


何故かコザルは頭上の木の枝にぶら下がってた。


えっ、“森林熊”!


「何処よ?

 見えない」

「まだ攻撃される距離ではない」


コザルはそれしか言わない。

チームメンバーが移動して来てからって言うんでしょ。

エリカは目を凝らして木々を見つめる。

不審な場所は見当たらない。


次々、ゲートから一行が現れる。

槍戦士、盾戦士、運び人の青年。

今日だけの日雇いの三人。

最後に魔術師のミチザネだ。


「みんな。

 “森林熊”がいるみたい。

 気を付けて」


「えっ、何処だ?」

「そんなの居ないぜ」


ミチザネが現れて、全員揃うのを待っていたんだろう。

コザルが苦無を放る。

小型の投げナイフみたいなヤツ。

コザルによると正式名称は苦無らしい。


普通の木々にしか見えなかった空間に苦無が刺さる。


「グウィー」


苦悶の叫び声が空中から聞こえる。

木々とその隙間の地面にしか見えなかったモノが動き出す。

背景とズレてる。

“森林熊”。


居場所が分かれば大した魔獣じゃない。

エリカは剣を構えて突進しようとする。


『切り裂く風』



ええっ!

ミチザネの魔法で魔獣は倒れる。


「アタシがやろうとしてるのに、

 なんでミチザネが攻撃してるのよ!」

「エリカ様が動かないので、

 ミチザネが倒しておきました」



後ろで槍戦士は肩をすくめる。

変なヤツらに雇われたと思ったが、実力者なのは間違いない。

“森林熊”。

けっこうイヤな魔獣なのだ。

熊と言ってもそこまでデカくない。

『野獣の森』最大級の“双頭熊”とは別物。

その姿は木々に似た迷彩の毛。

気配を殺してジッと動かない。

冒険者が気づかず通り過ぎる瞬間、襲われる。

警戒してない人間は“森林熊”の餌食だ。


それをアッサリ看破して見せた。

木の枝の上に立ってる小柄な人影。

タダモノじゃない。

忍者と言ってた。

あまり聞かない職業だ。


そのコザルが言う。


「エリカ様、客だ」


エリカはミチザネと言い争いを止める。


「魔獣!

 どこ?」

「いや、エリカ様の家に客だ。

 おそらく、キューピー会長」


「ええっ。

 キューピーおじ様!」




ショウマ達が乗る馬車はそろそろ終点に近いらしい。

ショウマが小窓から覗くと、鬱蒼とした森。

おそらくこれが『野獣の森』。

さらに高い塀が見える。

木造の城壁が広く続いている。

あれがベオグレイドだろうか。


「何ですと?

 ベオグレイドに行かれるのでは無いのですか」


ショウマがベオグレイドに寄らずに亜人の村に行くと言うと、キューピー会長は驚いていた。

『野獣の森』に行くと言う時点でベオグレイドに行く物と思い込んでいたらしい。

だが一行は亜人の村に向かうのだ。


「ベオグレイドに立ち寄りもしないのですか?

 あそこは迷宮都市に負けず、発展した街ですよ。

 馬車旅でお疲れでしょうから街で休んでから行かれては?」


「うーん。

 どうする?」

「ご主人様。お疲れも何も馬車の中で葡萄酒飲んで、ご馳走かっ喰らってただけですよ。みみっくちゃんむしろ休み疲れてますよ。亜人の村まで歩いてくのがちょうど良い運動というモノですよ」


まあその通りだ。

馬車の中で二日間ソファーで寝そべって、葡萄酒片手にキューピーが用意してくれた美味を食べるだけだったのだ。

えー歩くの、休憩してから行こうよ。

普段なら迷わずそう言うショウマだ。

でもさすがに軽く散歩したい気分である。


ちなみにずっと寝そべってたのはショウマとみみっくちゃんくらいだ。

他の少女達は馬車が停車していた時は馬車から出ている。

ケロ子とコノハはその辺を散歩していたし、ハチ子ハチ美もトレーニングしている。


ショウマ達は旅支度として食料を持ってきていた。

しかしほとんど減っていない。

キューピーが用意してくれていたのだ。

減っていないどころか増えている。

日持ちしそうな物を選んで、袋詰めしてみみっくちゃんに吞み込んでもらってる。

街に寄らなきゃいけない用事が無い。


そうだ。

絵物語。

旅のお供に本持ってくるべきだった。

ベオグレイドには迷宮都市に無かった本も有るかな。


「絵物語ですか。みみっくちゃん望み薄だと思いますね。絵物語が庶民にも流行ってるのは西方神聖王国から母なる海の女神教団の主都テイラーサの辺りです。その辺は識字率も高いですし、庶民文化が発達してます。帝国ではそこまで識字率は高くない筈ですよ」


そうなの。

じゃ本当に用はないや。


「馬車から降りたら、すぐ亜人の村に向かうよ。

 ここまでありがとね。

 キューピーさん」


そう聞いたキューピーは何やら考え込んでいる。

考えた挙句こんな事を言い出した。


「分かりました。できれば私もご一緒したいのですがそうもいきません。

 そこで提案なのですが、

 ショウマさんは『野獣の森』にはお詳しくないでしょう。

 私の知り合いの冒険者を案内人としてお付けしましょう」


「案内?

 ツアーガイド?

 でもコノハさんが『野獣の森』出身だから大丈夫じゃないかな」

「いえ、ショウマさん。

 私は『野獣の森』の中までは詳しくありません」


聞くとコノハは『野獣の森』から溢れてきた魔獣を退治していただけだと言う。

森の内部まで探索に行った事はほとんど無いらしい。

キューピーは言う。

『野獣の森』で冒険者を続けている者達です。

きっとお役に立つでしょう。

部下としてこき使って下さって結構です。



高速馬車が止まったのは塀の前。

木で出来た塀は高く広く張り巡らされている。

門が見える。

見張りらしき兵士達がいる。

黒ずくめの軍服だ。

帝国軍の証なんだっけ。


予想通りこの塀の中がベオグレイドらしい。

帝国の街。

見張りの兵士は一人や二人ではない。

警戒は厳重な様子だ。

コノハさんは『野獣の森』からは魔獣が溢れてくると言ってた。

そりゃ、警備もするよね。


「やっぱり厳重な警備ですね。帝国は自領から領民が逃げる事を絶対許さないと言いますからね」

「あれっ、そっちなの。

 それどんな脱北者?」


ここからコノハの案内で亜人の村へ向かう。

馬車の御者、クレマチスさんともお別れだ。

馬車はここで3日間休んで、また女神都市テイラーサへ出発するらしい。


「元気でねー、コノハ。

 御者をやる気になったらいつでも来てよね。

 待ってるから」


クレマチスがコノハに抱き着く。

やはり百合か?

百合なのか。


「クレマチスさん。

 ありがとうございました」


「アタシもお世話になりましたっ」

「また馬車を使う事も有るでしょうからね。クレマチスさん、その時はよろしくですよ。みみっくちゃん用にソファー用意しておいてくださいです」


ケロ子やみみっくちゃんも分かれの挨拶してる。

ショウマはまだクレチスとまともに話もしていない。

主人に似ず、コミュニケーション能力の有る従魔少女たちである。

クレマチスはケロ子や、みみっくちゃんにもハグしてる。

そうか、距離の近い人なのか。



亜人の村は『野獣の森』を迂回して数時間歩いた場所だそうだ。

ショウマ一行が歩き出そうとすると、兵士がこちらにまでやって来た。

黒ずくめの鎧で、剣や槍を持った兵士達。


「貴様ら!何処へ行く」


冒険者で亜人の村に行く。

そう答えるとジロジロ見てくる。


「冒険者?

 ガキばかりじゃないか」

「物好きな連中だな」


「ああ、君達。

 この方はいいんですよ」


キューピー会長が兵士達に何か言ったら慌てて行ってしまった。

兵士達は居丈高でカンジ悪い。

追い払ったキューピーもなかなか底知れない人物だ。

キューピー会長はベオグレイドの街へ入るそうだ。

キューピーが紹介してくれる冒険者は後から追ってくると言う。


「案内人か。

 どんな人が来るのかな。

 美人ツアーガイド?」


森の横を歩きながらショウマは思う。

湖と森の間を一行は歩いていく。

ショウマの左には鬱蒼とした森。

これが『野獣の森』。

深い木々に覆われて中は見えない。

右側には水辺。

馬車からも見えていた湖だろうか。


「これが我らの相手『野獣の森』というワケだな。うむナカナカ手強そうでは無いか。腕がなるというモノだ」


ハチ子。別に森と戦うんじゃないんだよ。




【次回予告】

忍者。

その脚力は一日数千里を走り、

その耳は三里先に落ちた針の音さえも聞き分け、

闇夜でも千M先の敵を見極める目を持つと言う。

「それホントウなの? コザル」

「うむ、そう言われているのだ。

 コザルはまだその域では無いが、いずれなって見せるのだ」

次回、エリカはイヤな予感に襲われる。 

(ボイスイメージ:難波圭一(神)でお読みください) 

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