第54話 カトレアの帰郷その3

「イヤなヤツだね、ウチって。

 性格悪い」

「そうかな~?

 カトレアが性格悪かったら、アタシなんてどうなるの」


冒険者なんて簡単。

そんな訳は無かった。

カトレアは成人して『地下迷宮』に行って、無我夢中で戦った。

似たような年頃の連中とチームを組んで、迷宮に入った。

何度も死にかけた。

目の前でチームメンバーの腕が食いちぎられた。

カトレアともう一人で泣き叫ぶソイツを担いで必死で走った。

もう一人のメンバーはいつの間にか逃げてた。

それきり逃げたヤツとは会ってない。

会ったらぶん殴ってやろうと思ってたのに。

腕を無くした仲間はいつの間にかいなくなった。

カトレアに挨拶も無しに。


そんな感じでチームが無くなったり、別のチームに所属したりしてるうちに声をかけられた。

「お前、いい弓の腕してるそうじゃないか。

 どうだウチに入らないか。

 ちょうど遠距離攻撃のヤツがいなくなっちまって困ってたんだ」

声をかけてきたのはガンテツだ。

厳つい顔立ちでおまけに傷だらけ。

カトレアは警戒した。

でも周りの冒険者に聞いてみたら、有名チームの一員だって言う。

『花鳥風月』。

地下迷宮でもトップクラスの冒険者、キョウゲツがリーダーのチーム。

そこのNo2、ガンテツってヤツらしい。


それから死ぬような目に遭う事は一気に減った。

ガンテツは何でも知ってた。

狂暴鼠には嚙まれんなよ。

2、3日は腫れ上がるぜ。

2階に行くなら回復薬はたくさん持ってけ。

3階は殺人蜂がいる。

こいつのため、カトレアをスカウトしたんだ。

矢の一撃で倒そうなんて思わなくていい。

とりあえず当てろ。

当れば、相手は動きが鈍る。

何発も当てて仕留めるんだ。


そしてキョウゲツ。

不愛想なヤツだが、イザという時のコイツの強さはケタが違う。

殺人蜂も大型蟻も刀の一撃で屠ってみせるのだ。


カトレアも今ではそんなチームの中で一人前。

足を引っ張る新人じゃない。

殺人蜂だって、上手く狙えば一発で倒せる。


でもガンテツは辞めるって。

キョウゲツは『不思議の島』に行くって。


「どう。

 カトレア、この村で護衛をやるって話。

 考えてくれた?」


いいかもしれない。

ここでカトレアが弓を振るえばみんなスゴイと言ってくれる。

村だって戦士を必要としてるのだ。


「うん。

 もうちょっと考えさせてくれ」

「フフフフ。

 分かった」


何がおかしいのか。

ユリは笑ってうなずいた。



カトレアは家に帰って寝ていた。

自分の部屋。

ほとんど昔と変わってない。

昼間から寝てる娘に母親は文句も言わない。


「カトレアはいつまでいられるの?」

「まだ決めてない」


5日後、『花鳥風月』は出発する。

誰が一緒に行くのか。

移動までは付き合うと言ってたガンテツ。

斧戦士、ベテラン剣戦士は行かないかも。

あいつらもそれなりの年齢だ。

新天地に乗り出していく気は少ないだろう。

槍戦士、新入り軽戦士は行く気らしい。

魔術師はどうするだろう。

アイツはこっちでも食っていける。

カトレアと魔術師、両方行かなかったら遠距離支援が薄くなりすぎる。

でもキョウゲツは一人でも行く気だ。


そろそろ夜だ。

街なら酒場や他の店が営業して夜でも明るい。

村は真っ暗になる。



ガンガンガンガンガン


鳴り響く。

何だ?

騒がしい。

鐘を鳴らす音が聞こえる。


「何だいこりゃ」


カトレアが聞くと父親が答えた。


「多分、野犬だ。

 夜、見張りを置くことにしたんだ。

 何かあったら鐘を鳴らして知らせる」


最後まで聞かずにカトレアは鎧を身に着ける。

弓矢とカンテラを掴んで家を飛び出る。


外は真っ暗だ。

カンテラじゃ暗い。

街道の方角に明かりが見える。

見張りが点けてるんだろう。



『明かり』



周囲が照らされる。

見るとコギクだった。


「アタシ、『明かり』使えます。

 一緒に行きます」

「頼んだ」


危険だよ、などと説得する時間がもったいない。

だいたいカトレアのキャラじゃない。


コギクと一緒に街道へ走る。

が、体の小さなコギクは走るのが遅い。

えいっと抱きかかえて走る。

コギクは目を白黒させたが、抵抗はしなかった。


街道が近付いてきたのでコギクを下す。

明かりを持ってる村人達が見える。

松明やカンテラ。

中には『明かり』を使ってるのもいる。


「チッ

 昼間より多いじゃないか」


犬は十匹程度じゃない。

遠目に二十匹は越えてる。

カトレアは野犬に矢を撃ち込む。

慎重にだ。

村人が松明やカンテラを持ってるがそれでも暗い。

全体像が良く分からない。

村人を撃つわけにいかない。


「グルルゥッ グゥゥ」

狂暴な犬の声が聞こえる。

カトレアは街道に近付いていく。

村人が棒や松明で野犬を威嚇してる。

それでも野犬は怯まない。

ヤツらも腹を空かしているのだ。

簡単には引き下がらない。

先頭の方に居た村人が噛みつかれた。


「ウガガァッ」

「ひぃっ!」


悲鳴を上げる村人。

腕に噛みつかれてる。


「チッ

 どいてくれ」


至近距離から犬を狙い撃つ。

この距離なら外すことは無い。


「キャイン」


心臓を撃ちぬいたハズ。

野犬は叫び声を上げてそのまま地面に倒れる。

“狂暴犬”に腕を噛みつかれた仲間。

昔はソイツが腕を持ってかれるまで何も出来なかった。

今は違うのだ。


「誰か手当してやれ。

 消毒しとかないと後が怖いよ」


狂犬病は致死率が高い。

世界では今でも毎年数万人の死者が出ている。


「下がっててくれ。

 スキルを使う」


村人たちを下がらせてカトレアは前に出る。


「グゥゥー」

野犬は威嚇してくる。

が、警戒してるのか襲ってはこない。

好都合だ。



『矢の雨』



カトレアから矢が放たれる。

一本では無い。

無数の矢が野犬の群れに向かう。


「キャイーン」

「ウガガァッ」


野犬が倒れていく。

残ったのは半分くらいだろうか。

暗がりに紛れて残った数が良く分からない。

見えてる群れの中にひと際大きい野犬が混じっている。


「ボスってのはあれかい」

「グゥルルゥ」


確かに風格が有る。

唸り声を上げてる。

カトレアは矢を打ち込むが、相手は避けて見せた。


「カトレア!」


ユリだ。


「アレ。やるわ。『明かり』」

「分かった。慌ててるとこを仕留めるぜ」


相手は子供の頃からの親友。

グダグダ説明しなくても分かる。

ユリの特技だ。

『明かり』を狙ったとこに放って見せる。

普通使った人間の上あたりをウロウロしてる光の玉。

それをユリは器用に的を目掛けて放つのだ。



『明かり』



攻撃力があるわけじゃない。

でも眩しい光の玉がいきなり群れの真ん中に放られたのだ。

犬どもは慌ててる。


「キャインッ」

「ガウッ」


慌てる犬を的に矢を当てていく。

さっきまで暗がりに隠れてた相手がハッキリ見える。

カトレアの視界に入る逃げようとするボス犬。


「おっと。

 お前は逃がさないぜ」



『一点必中』



「ガァッ」


カトレアの矢はボス犬の脳天を貫いた。

一瞬で絶命しただろう。



「ボスも倒したし

 群れも相当数を減らしたわ。

 しばらくは大丈夫そうね」

「へッへッヘー。

 これで護衛に就職の話は無しかな」


犬の群れは逃げていった。

ボスが倒れたのを見るや一目散だった。

村人が追い立てたし、カトレア以外にも猟師はいる。

弓矢でさらに数頭は倒していた。

学習能力が有れば、しばらくは襲ってこないだろう。


「ユリの『明かり』器用だよな。

 久々に見たぜ」

「アレ?。

 ショウマが攻撃魔法使ってたの見たって言ったでしょ。

 それでアタシにも出来ないかって練習したの。

 攻撃魔法は無理だった。

 『明かり』を動かすのがせいぜいね」


フーン。

そりゃ知らなんだ。


「カトレアさん。スゴイです。

 ショウマ兄ちゃんもスゴイけど、

 カトレア姉さんもスゴイです」


コギクがキラキラした目でカトレアを見てる。

なんだなんだ。

お世辞を言ってもお土産はもう無いぞ。


「フフフフ」


何だよ。

ユリがまた笑ってる。


「カトレア。本当に子供の頃と変わらないわ。

 アナタ、いつもショウマのグチをわーっと言うだけ言って。

 猟師なんて辞めてやるとか言うくせに、

 翌日になるとケロっとして弓矢の練習してたわ」

「何だよ。

 ウチが単純バカみたいじゃんか」


「そうね。

 フツーの単純バカじゃない。 

 愛すべき単純バカよ」

「褒められてる気が全くしないぞ」


まあいいや。


「ユリ。グチ付き合ってくれてあんがとな。

 ウチもう迷宮都市に帰るよ」

「そうなの、明日出るのかしら。

 見送り行くわよ」


「いや、今からもう行くよ」

「い、今から!」


「昼寝したからな、ちょうどいいよ」


街道は真っ暗。

適当な村人からカトレアは松明を貰う。

遅れてやってきた父親と母親に挨拶してカトレアは歩き出す。

娘の行動には慣れてる二人だ。

文句も少なかった。

やる事がたくさんある。

早く行きたい。


ガンテツのヤロウ。

ウチに子チームのリーダーなんかやらせて。

ガンテツの役割を徐々にウチにやらせるつもりだったんだ。

オマエの目論見くらい分かってる。

思い通りにいくもんか。

ウチは単純バカなんだ。

オマエみたいにチーム全員の都合なんて考えてられない。

『不思議の島』までは来るって言ってた。

アレやれ、コレが無いと遠慮せず言ってやる。

ドンドン役割を押し付けてやろう。

ガンテツの事だ。

断れない。

そのままチームに居座らせてやる。


キョウゲツの強くなりたいという気持ちはわかる。

仮にもリーダーだし。

『不思議の島』は付き合ってやろう。

ウチも海渡るの初めてだし、一度は行ってみたい。


斧戦士とベテラン剣戦士は当人次第だな。

年齢だ。

アイツラはガンテツより年上。

そろそろ引退してもおかしくない。

なんならウチが村の護衛の仕事を紹介してもいいな。


他のヤツらは無理にでも連れて行こう。

行った事の無い所だ。

一遍くらいは経験だって言って無理やり連れだそう。


魔術師はどうするかな。

アイツは地下迷宮でも食っていける。

魔術師はレア。

どこのチームでも喜んで迎え入れる。


いーや、逆らったらあの事をチームメンバーにばらすと言ってやろう。

魔術師は酔って、カトレアを口説いてきたことが有る。

どんなセリフで口説いたか面白おかしく語ってやる。

そう言えば、絶対一緒に来るハズ。


歩きながら考えるカトレア。

彼女はもう冒険者なのだ。

もし彼女の前に

「冒険者なんて簡単だよ。

 簡単になれる。

 全然大した事ないよ、冒険者なんて。」

そんな事を言うヤツが現れたならぶっ飛ばすだろう。

それがカトレアだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ショウマは馬車の後ろから外を見てる。

外は荒野。


「動いてる群れがいます」

ハチ美が言ったのだ。


「魔獣じゃありません。野生動物でしょう」


「野犬だっ。野犬の群れです。

 ショウマさまっ」


『炎の玉』


ショウマの攻撃魔法が飛んでいく。

荒野を走っていた野犬の群れに火が激突する。


「少し可哀そうですっ。ショウマさまっ」

「ケロ子お姉さま。思ってるより野犬は危険ですよ。元々肉食ですし、集団で行動すると人間の村だって襲います。子供を野犬に殺されたなんて話は良くあります。狂犬病も移すし、仕方ないですよ」


「いや、

 ついクセでやっちゃった。

 動物愛護団体に怒られる?」


昔、練習してたのだ。

動く的に攻撃魔法を当てる練習。

村の外れをブラつくとちょうど良い練習台が現れてくれた。


ショウマは葡萄酒の瓶に口をつける。


「その葡萄酒がお気に召しましたか?」

「うん。

 なんか美味しい気がする」


昔は良くブドウジュースを飲んだ。

あれは誰に貰ったんだっけ。

お隣のコギクの家じゃない。

村長かな。

村長のとこはブドウ栽培をしてた。


「最近、人気が出てきた葡萄酒です。今年取れたブドウから作った新酒。爽やかな味わいが売りで、アルコール分も抑え目にして女性人気が高いですな。迷宮都市の近くで作られた物の筈です」


キューピー会長はさすがに商品情報に詳しい。

フーン。

適当に聞き流すショウマ。

葡萄酒に興味は無い。

でもこの葡萄酒は美味しい。

良く飲んだような味がする。



【次回予告】

大地の神は父さんだよ教団。

その実態は教団関係者以外良く知らない。何故知られていないか。常に上半身ハダカで筋肉をヒクヒクさせてる集団である。誰も詳しく知りたがらないに決まってる。

「大僧正、相手はまだ若い女性です。大僧正の美しい大胸筋に照れているのですよ」

次回、アヤメは拳を振り上げそうになる。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください) 

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