第53話 カトレアの帰郷その2

ショウマが産まれたのはカトレアが6歳の時。

年の離れた弟は可愛かった。

可愛かったけど。


カトレアはそれまで父親の猟師の職を継ぐ気でいた。

父親は昔気質。

女に猟師は向かないだろうなんて言ってた。

でもカトレアは小さい時から弓矢の訓練をした。

5歳の時には山鳥くらいは一人で獲ってきた。

そんなカトレアを見て父親も考えを変えたみたいだった。

弓矢の技を本格的にカトレアに教えだした。

そんな時に産まれたのがショウマだった。


  

カトレアは目を覚ます。

昨日は酔っぱらって寝てしまった。

カトレアが起きていくと、もう宴会の後はすっかり片付いてた。


「ワリイ。

 寝坊しちまったね」

「いやいや。みんなアンタに飲ませたがったもの。

 あれだけ付き合わされたら当然だよ」


母親は寛大だ。

昔だったら、カミナリが落ちてた。

娘が人気者になったのが嬉しいらしい。


父親が真面目な顔で話してくる。


「どうするんだ。

 カトレア。

 村に帰ってくるのか」


「そんな気は無いよ。

 チームが、『花鳥風月』がしばらく遠出するんだ。

 『不思議の島』に行くんだよ。

 だからアイサツに来たんだよ」


父親の顔色が変わる。

母親の顔が歪む。


「『不思議の島』だって」

「西方神聖王国のさらに先じゃないか」


「そんな遠くへ」

「何だって?」


「リーダーが決めたんだ。

 キョウゲツがさ。

 ウチはチームメンバーだからね。

 従うだけさ」


キョウゲツの名はどこかで聞いた事が有ったんだろう。

納得したような顔になる両親。

本当はついてこなくてもいいと言われてる。

ガンテツも行かないんだって。

どうしよう。

どうしたもんかな。



「カトレア。昨日村に来る時、

 野犬の群れを見かけなかったか?」

「野犬?」


「ああ、最近村の近くをうろついてるみたいでな。

 収穫間近の畑を荒らされちゃかなわん」

「見なかったな。

 最近また野犬が増えてんのかい」


「いや。もうずーっと野犬なんて出てない。

 久しぶりの話だ」


カトレアが子供の頃は野犬がうろついてるなんて話がよくあった気がする。

村の外に出たら野犬に襲われるぞなんて脅されたりしたものだ。

でもカトレアが少し大きくなったらまったく聞かなくなった。

カトレアが村を出るまで犬に襲われたって話は無かったハズだ。


「フーン。

 じゃあちょいと見回りがてら、村を一周してくるよ」


カトレアは革鎧に弓矢を持った戦士スタイルで村をうろつく。

狭い村だ。

昨日でカトレアが帰郷してることは知れ渡ったハズ。

驚かれる事も無いだろう。


教会か。

懐かしいね。

教会と言ってはいるが、小さい女神像が有るだけ。

実質ただの集会場だった。

そういえばここでショウマがいつの間にか本を読めるようになってた。

あれはアイツが5~6歳。

その頃にはショウマがもうナマケモノだとハッキリしてた。

アイツは一切弓に触ろうとしなかったし、家の手伝いすらまともにやらなかった。

いまなら分かる。

カトレアはムカツクと同時にちょっとした優越感を感じてたかもしれない。

父親は弓矢をカトレアではなくショウマの方に教えようとしていた。

じゃあウチが頑張ってたのは何だったんだよ。

でもショウマはやらなかった。

ほらやっぱりウチが猟師を継ぐしかないんだ。


ところがある日教会にいた神官が仰天して言った。

おたくのショウマ君は天才かもしれない。

いつの間にかアイツは読み書きできるようになってた。

子供用の本じゃない。

大人用の神書も辞書も平気でスラスラ読む。

計算もこなす。

両親やカトレアには良く分からなかった。

でも神官に言わせると大人でも難しいレベルの計算を理解してるらしい。


いきなりのホームランだ。

猟師を継ぐどころではない。

役人になれるかも。

教団に認められれば神官になれる可能性もある。


なんだ、なんだ。

ただのサボリ魔だと思っていた。

何の努力のそぶりも見せなかった筈なのにイキナリどうしたんだ。

ショウマのくせに。


喜ぶ両親をよそにアイツはこういった。


「神官~、宗教関係はイヤだな。

 役人か公務員ならいいのかな。

 安定の収入?

 でもメンドクサイな。

 だいたい僕は冒険者になるんだよ」 

 

呆れかえってみんなモノも言えなかった。


なんなんだ。

アイツは。

カトレアは猟師になろうと思っていた。

そんなモノには何の価値もアイツは感じていない。

両親が喜んだ、神官も役人も興味が無い。


冒険者?

弓矢の弦を引いたことも無いのにどう冒険者になるというのだ。



カトレアは我に返る。

またつまらない昔の事を思い出してた。

何か騒がしい。

声が聞こえてくる。

騒々しい声で我に返ったのだ。


「野犬だ!」

「野犬の群れが出た!」


カトレアは走り出す。

街道の方向だ。


街道に近付くと見えた。

野犬の群れ。

十頭はいるだろう。

村人が対応してる。

鋤や鍬を手に男たちが犬を食い止めようとしている。

みんな荒事には慣れていない。

逃げ腰だ。


「フンッ」


カトレアは矢を放つ。

ほとんど盲撃ちだが、野犬の群れの真ん中あたり。

十頭いるのだ。

どれかには当たる。


「カトレアだ!」

「あの距離から撃ち抜くなんて」


「さすがだな」

「スゴ腕の冒険者って噂は本当だったんだ」


カトレアは遠距離からドンドン弓矢を撃つ。

相手は頭数がいる。

とりあえず減らさないと。

カトレアの矢が野犬の胴体に刺さる。

野犬は面白いほどアッサリ倒れる。

魔獣“狂暴犬”だったらこうはいかない。

動きが素早く簡単には当たらない。

当てても一撃では倒れてくれない。


「おーい、カトレアが来てくれたぞ」

「腕利きの冒険者だ」


村人が沸き立つ。

逃げ腰だった男たちが気勢を上げる。


野犬は半分以下になった時点で逃げていった。

逃げていく群れにもカトレアは矢を放った。

また来るかもしれない。

戦力は削いでおいた方がいい。


村人が犬の死体の後始末をする。

犬の肉は食ってウマイものじゃない。

でも内臓なんかは薬師のとこに持っていけば高く買ってくれるハズ。


「ご苦労さま。さすがね」


いつの間にかユリが来ていた。


「大したことは無いよ。

 ただの野犬だ」

「フフフ、そうね。

 迷宮の魔獣に比べれば、大した敵じゃないんでしょうね」


「まあな」

「どう。カトレア、村に戻る気は無い?」


「何だよ、急に」

「冒険者になるって夢は果たしたんでしょう。

 後はこの村で護衛をやるってのはどう?

 なんなら副村長に任命するわよ」


「おいおい、マジで言ってんのか」

「冗談よ。

 でも、半分本気かな。

 カトレアにとって大した敵じゃないかもしれないけど、

 あの数いられると村にとっては脅威なの。

 それに今回はいなかったけどボスみたいなヤツもいるのよ」


「ボス?デカいのか?」

「そうね。一回り大きいわ。

 村の猟師の攻撃でも倒せないの」


「フーン。

 しかし10頭はいたな。

 あれだけ数がいたのに、まだ本隊は別にいるのか」

「ずっと野犬に襲われる事なんて無かったのに。

 いきなりどうしたのかしら」


「ショウマ兄ちゃんです」


小さい声が言った。

カトレアとユリが話している後ろから、小さい声が答えたのだ。


「コギク。

 どうしたんだ。

 ショウマが何だって」


「今まで野犬が村を襲わなかったのは…

 ショウマ兄ちゃんがいたから」


どういう事だ。



カトレアの家の中だ。

両親とユリも居る。

コギクは言った。


ショウマ兄ちゃんが魔法で野犬をいつも退治してたんだ。

村はずれに自分から出かけて行って、襲ってくる野犬を倒してた。

みんなにはナイショ。

そう言われたからコギクは今まで黙ってた。

コギクが襲われかけた時も守ってくれた。


「ショウマがしょっちゅう村ハズレをブラブラしてたのは知ってた」


「あいつがそんな事をなぁ」

「ブラブラとサボってるだけだと…」


両親も驚いてる。

ユリは驚いてはいるけど、納得した風情だ。


「なんだ、ユリ。

 知ってたのか」


「ショウマが攻撃魔法を使ってるの見たことが有るの。

 遠くからだけど。

 でも野犬を追い払ってたなんて知らなかった」


「ショウマがなぁ」

「カトレア、魔術師って少ないんでしょ。

 ショウマはどうなの。迷宮で上手くいってるの」


何だよ。

アイツがそんな。

ショウマのくせに。


「ああ! 上手くいってるよ!

 ショウマはスゴイよ!

 冒険者になったばかりのくせに!

 ウチより順位が上だよ!

 コンチクショウ」

 

叫ぶような言い方になってしまった。

両親はビックリして、カトレアを見てる。

コギクはまた怯えた顔になってる。


「大声出して、ワリィ」


カトレアはその場から離れた。

これ以上、両親の顔を見ていたくない。


カトレアは家の裏の方に行く。

裏山だ。

父親の猟師の狩場。

奥まで行くわけじゃない。

ちょっと村から離れたかっただけ。

何故かユリが付いてきた。


「ほれ」


何かと思ったら酒を差し出してくる。


「そんな気分かなと思ったのよ」

「昼間っからかい。

 呑兵衛だと思われてんのかな」


「よく裏山で飲んでグチ言ってたじゃない」


そうだっけ。

そうかも。

カトレアは葡萄酒を飲む。

グラスなんか使わない。

瓶から直接だ。


「ショウマが…ショウマのチームが

 冒険者順位 1位になったんだ」

「ショウマが!

 ウソでしょ」


「ウチもウソだと思いたい。

 だけど…」

「フーン」


「そっか、カトレア。

 ここにグチ言いに来たんだ」

「何だよ、それ」


「しょっちゅう、ここでグチ聞かされたわよ~。

 覚えてないの?」


フン。

知らないね。


「ショウマがどうした、こうしたって。

 ショウマのくせにっていつも言ってたわよ」

「そりゃ、アイツが悪い。

 いつも仕事サボってたんだ」


「それだけじゃないでしょ」

「チッ。

 罠は3日に1度しか見回らない。

 そのくせ、獲物の行動予想したり、

 罠を見て回るルート考えて効率の良い方法を親父に提案してた」


「いつの間にか、誰も教えてないのに。

 読み書きも計算も出来るようになって」


「ホント、ムカツく、アイツ。

 そのくせ、猟師にはならない、神官にもならないって。

 冒険者になるだなんてバカじゃないの」


そうか。

カトレアが冒険者になりたかった理由。

分かってしまった。

ショウマに言ってやりたかったのだ。

冒険者になるって言ったアイツに。

冒険者なんて簡単だよ。

カトレアだって簡単になれる。

全然大した事ないよ、冒険者なんて。

そんな言葉をショウマにぶつけてやる。

そう思ったのだ。


くだらない。

くだらない復讐心。

くだらない子供のカトレア。



【次回予告】

『花鳥風月』は出発する。誰が一緒に行くのか。移動までは付き合うと言ってたガンテツ。斧戦士、ベテラン剣戦士は行かないかも。あいつらもそれなりの年齢だ。新天地に乗り出していく気は少ないだろう。槍戦士、新入り軽戦士は行く気らしい。魔術師はどうするだろう。アイツはこっちでも食っていける。カトレアと魔術師、両方行かなかったら遠距離支援が薄くなりすぎる。

「お前、いい弓の腕してるそうじゃないか。どうだウチに入らないか。」

次回、ユリは笑う。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください) 

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