第41話 キキョウの災難その3


冒険者組合の訓練場で試合は始まった。


片方は『名も無き兵団』の二人。

イヌマル、キジマル。

2人とも武器は持っていない。

何を思ったか、服を脱ぎ上半身ハダカだ。


片方はショウマとハチ子、ハチ美の三人組。

ハチ子、ハチ美は槍と弓矢を持っている。


結局どちらも練習用のモノにはしていない。

真剣の凶器なのだ。

当ったら即大怪我じゃないの。

どちらの心配をしていいのか。

分からなくなる冒険者組合の主任キキョウだ。


ショウマはそんな二人の後ろに立っている。

武器は杖だ。

黒い革ローブ、フードを上げて顔を隠している。

やっぱり顔は隠すのね。

見られる訳にいかない事情があるのだ。

そう考えるキキョウである。


もちろんショウマは視線が集まるのがイヤなだけだ。

だって知らない人に注目されるんだよ。

寿命が縮むじゃん。



「『名も無き兵団』のイヌマル、キジマルと相手は誰だ?」

「知らない。見たことないぞ」


「あんな美人なら、見たら覚えてるだろ」

「おいおい、新人かよ」


「新人じゃ練習試合にならない。LVが違い過ぎるだろ」

「別の迷宮『野獣の森』辺りから、腕利きをサラさんが呼んだんじゃねーの」



『身体強化』



冒険者、イヌマルは叫んだ。

イヌマルは上半身裸だ。

逞しい肉体が見えている。

その肉体が一瞬一回り大きくなった。

キキョウにはそんな風に見えた。


そのイヌマルの肉体に矢がまっすぐ飛んでいく。

ハチ美から放たれた矢だ。

イヌマルの肉体に矢が刺さる。

だが、寸前で矢は受け止められていた。

イヌマルの手によって。

イヌマルは矢の中央部分を拳で掴んでいた。


「なんだありゃ?

 手で矢を受け止めたぞ」

「アレはスキルだ。

 武闘家特有の『身体強化』」


観客は冒険者だ。

訓練をしていた者達。

試合見物は好物だ。

高名な冒険者と美女の試合となれば訓練どころじゃない。

見物しなくては。

そんな野次馬な彼等だが、それでも戦闘のプロだ。

仲間の弓矢による攻撃を見ている。

矢で襲われた経験も有る男達である。

だから分かる。

時速200kmの矢を人間が手で受け止めるなど誰にでも出来る事じゃない。


「攻撃力も素早さも跳ね上がる。

 矢くらいは捉えられる」

「武闘家といや、

 武器を持たずに戦う職業だろ、

 珍しいじゃないか」


「ああ、

 大地の神は父さんだよ教団で

 修行してきた本格派の二人だって聞くぜ」


武器を持たない武闘家!

じゃあ素手で戦うハンデなど最初から無い。

キキョウが蒼褪める。

ハンデが無ければLVが違い過ぎる。

試合にもならない。

大地の神は父さんだよ教団で修行してきた。

その言葉の意味まではキキョウに分からない。



『身体強化』



叫んでキジマルが走り出す。

速い。

ハチ子に向かって一直線に走る。

ハチ子も迎え撃つ。

キジマルに向かい、槍を突き出す。

キジマルは本気で走っている。

全速力だ。

あれだけ速度を出してたら、簡単には躱せない。

左右に躱すなら大きく体勢を崩す筈。

そうすれば再度槍で攻撃する隙が出来るのだ。

ハチ子はそう思った。

しかし。

キジマルは宙を跳ぶ。

ハチ子の槍を上に避けたのだ。

槍をギリギリ上空に避け、ハチ子の後ろに着地。


振り返ろうとするハチ子。

キジマルに向き直るつもり。

が、キジマルは槍の石附部分を捕える。

槍の剣先の逆側を手で掴んだのだ。

槍を掴まれたハチ子は距離が取れない。

その瞬間。

ハチ子にキジマルの蹴りが入っていた。



「ショウマさん!

 マズイです」


相手は武器を持たないハンデ戦だと思っていた。

でも違った。

キキョウはショウマに呼びかける。

大丈夫なんでしょうね

アナタ腕利きの密偵でしょ

この場を納める手は考えてあるの?


ショウマはフードで顔を隠してる。

キキョウには表情が見えない。

まだ何もする気は無さそうだ。




『足払い』



ハチ子の攻撃だ。

キジマルに蹴りを喰らったハチ子。

それでもダウンはしない。

蹴りを受けた時、槍はもぎ取った。

相手の足元を槍で牽制する。

キジマルを寄せ付けない。


足元の槍を避けるキジマル。

軽い足捌きで左右に動く。

動きつつ、ハチ子と距離を詰めていくのだ。



『一点必中』



ハチ美の矢を手で受け止めるイヌマル。

受けとめていながら、彼は恐怖している。

何故なら矢は彼の顔、いや目を狙って正確に飛んでくるからだ。


いくら鍛えると言っても鍛えられない場所がある。

目玉だ。

矢は正確に目を狙ってくる。

当ったら怪我ではすまない。

間違いなく失明だ。


「恐ろしい嬢ちゃんだぜ」

冷や汗が流れ出すイヌマルだ。



キジマルは槍を掻い潜る。

この女、速い。

見た目は年若い美女だ。

外見で甘く見てたらやられる。

自分自身に気合を入れるキジマルだ。


槍を躱し懐に飛び込む。

至近距離に近づいてしまえば、槍は使い辛い武器だ。

キジマルの肘打ちを当てる。

軽く意識を無くしてもらおう。

さすがに若者に大怪我はさせたくない。


このタイミング!

狙い通り、槍を躱し相手の懐に入る。

入りつつ、既に肘打ちを出している。

これは当たる。

そう思った。

だが、手ごたえが無い。

ハチ子が後ろに逃れたのだ。

信じられない。

既に女戦士の動きは見切った。

間違いなく当たる。

そんな肘打ちだったのだ。


キジマルの視界にいる女戦士。

女の背中から羽が生えてる。

亜人!

今のバックステップ。

何かの特殊能力。



「あの嬢ちゃんたちやるじゃねーか」

「あれは何者なんだ?」


「分かんねーって言ってるだろ」

「違う違う。後ろの男だよ」


「あの後ろに居る奴、まさか帝国?!」

「確かに黒のローブだが、魔術師だろ」


「帝国で魔術師か?

 帝国に魔術師はいないんじゃないのか」

「いない訳じゃないだろ。

 王国に比べて少ないだけだ」


そう。

帝国には魔術師は少ないのだ。

替わりに魔法武具が有ると言われている。



「イヌマル、キジマル

 いつまで遊んでんだい」


老女サラだ。

『名も無き兵団』のリーダー、サラがイヌマル、キジマルに発破をかけた。


イヌマルは試合が始まる前、言われていた。


「ムスメたちには大ケガさせないようにしてやんな。

 目的はあっちさ。

 あの坊やの反応が見たいね」

革ローブを着た少年を指してサラ様は言っていた。

まだ少年は何もしていない。


見物人が増えてる。

『名も無き兵団』がナメられる訳にはいかない。

サラ様の目の前で。

まだ少年の反応も引き出せていない。


奥の手を使う。

教団で修行した者しか存在を知らない魔法。

大地の魔法。



『我が肉体は固き岩なり』



イヌマルがハチ美に歩み寄る。

無造作な動きだ

ただ近寄るだけ。

フェイントも無い。


もちろんハチ美は近寄せない。

矢を放ちつつ距離を取る。

その背からは透明な羽が見える。

そう。

ハチ美は移動力を活かしていた。

イヌマルが近寄ると羽根を使った移動で逃れる。

距離を取りつつ、矢で目を狙う。

神経戦だ。

失明の危機が続けば、相手の男も神経を擦り減らす。


だからハチ美にとって、イヌマルの動きは期待通り。

焦れて、強引に行動してきたのだ。

今が攻め時。



『矢の雨』



イヌマルに無数の矢が迫る。

イヌマルは避けない。


マズイ!

観衆は思った。

あの矢は先端を殺してない。

刺されば大怪我を負う。

それも一本じゃない。

十数本の矢がイヌマルを襲う。

あの男はもう死んでいる。


イヌマルはハチ美へ近づく。

歩みを速める。

『矢の雨』

一瞬で十数本の矢を放つ。

弓戦士のスキル。

終わるまで彼女は動けない。

彼女への直線距離を進む。


観衆は驚愕する。


「何だ。アレ?」

「矢がはじかれてる!」


そう。

矢がイヌマルの肉体に刺さる。

そう思った。

しかし、矢は落ちていく。

胸元に、腹に当り落ちていく。

肉体が弾き返しているのだ。

鉄の矢を。


「矢に細工してあるのか?」

「イヤ、どう見ても本物だ」


練習用に先端を丸くしてある矢もある。

布を鉄部分に巻き付け殺傷能力を殺した矢も。

でもあの矢は普通の矢だ。

鉄の矢。

鉄の矢はスピードが乗れば正に凶器だ。

速度が乗っていなかったり、角度がズレていれば革でも防げる。

しかし正面から速度の乗った矢は金属製の鎧すら貫くのだ。

鉄の矢を素肌で弾き返す。

目の前で繰り広げられているのはあり得ない光景だ。


イヌマルはハチ美にまっすぐ近づく。

一直線という事はハチ美からイヌマルへ矢が向かう道でもある。

無数の矢が体に当たる。

全てを弾き返す。

女戦士に近付く。

拳で打ち抜く。

武闘家の拳だ。

細身の女戦士は跳ね飛ばされる。



ハチ子は冷静に攻撃している。

相手は素手。

ハチ子は槍を持っている。

攻撃のリーチは圧倒的に上。

相手は素早いが、素手の攻撃。

急所に喰わなければ、大したダメージではない。

槍の手数で近寄らせない。

相手は槍を避けながら、近づいてくる。

羽根を利用したバックダッシュで逃げる。

距離を取って、槍で攻撃。

これを続ければ、疲労するのは相手の方だ。



『我が腕は激しき火山なり』



相手が何か言った気がする。

何だ?

相手が拳を突き出してくる。

無造作だ。

こちらは槍を差し出している。

避けなければ刺さるのに。

相手を捉えた。

槍が致命傷を与える。

そう思うハチ子。

だが、逆だった。

槍ごとハチ子が吹き飛ばされる。


倒れたハチ子。

槍が折れている。

今の衝撃!

男に殴られたのか?

イヤ、そんなレベルじゃない。

水牛に突進されたか、馬にでも体当たりされた。

そんな衝撃だった。

男が近付いてくる。


距離を取らねば。

素早く立ち上がろうとする。

男の蹴りがハチ子を襲う。

立ち上がっていたら間に合わない。

羽根。

背中の羽根の力で移動してみせた。

倒れた態勢のままハチ子は蹴りを躱している。


踏みつけるような蹴り。

そんなに力は入っていない。

入っていない様に見えた。

だが。

訓練場の床。

床が割れていた。


訓練場の床だ。

木で出来ている床に弾力性のあるマットが敷かれている。

頑丈に出来ている。

それはそうだ。

普段から冒険者達が訓練をしているのだ。

図体の大きな男達に踏みつけられる。

ジャンプだってする。

それに耐えられるように出来ている。

人間が飛び跳ねる衝撃過重。

これはおよそ体重の十倍と言われる。

男達が80キロとしても、800キロの衝撃にビクともしない床なのだ。


「今の蹴り何だよ?

 どう見ても力をいれてなかったぜ」

「さっきのパンチもそうだ。

 狙いすました攻撃じゃねえ」


観客がざわめく。

素手の武闘のプロは少ない。

武器を使う冒険者が多い。

それでも力を込めた攻撃かどうか位は分かる。

あんな蹴り方で床が割れる筈が無いのだ。


床が割れた。

ハチ子は血の気が引くのを感じた。

先ほどの無造作なパンチ。

さして力が入っているように見えなかった。

だが衝撃でハチ子が跳ばされた。

今の蹴りもだ。

床に穴が開いている。

小さな穴では無い。

大きく穴が開き、マットは裂けている。

裂け目から見える床はヒビ割れが縦横に入っているのだ。



これは危険すぎる!

イヌマル、キジマルが使ってるのがどんな技かキキョウには分からない。

それでも、訓練場の床が割れている。

あんな破壊力が人間に当たればただでは済まない。

それ位はキキョウにだって分かる。

キキョウは呼びかける。


「ショウマさん。

 棄権しましょう」

言いかけて止まる。

ショウマの顔を見てしまったのだ。

フードで顔全体は見えない。

しかし、口元。

口元が笑っていなかったか。



キタ!キタキタ!スーパー〇イヤ人キター!

『身体強化』

これキター。


ショウマは浮き立っている。


何故従魔少女なのに、無骨な防具を着せなきゃイケナイの。

ずーっと納得いかなかったのだ。

いや、もちろん分かってる。

みんなにケガはさせられない。

だから鎧を装備させた。

それはそれでカッコいい。

けど美少女なのだ。

ちょっと違うだろ。

そう思ってた。


これだ。

素肌で、鏃を撥ね返す。

素手で槍を撥ね飛ばす。

そういう事が出来るのだ。

だったら従魔の少女達だって出来るハズ。

ケロ子をチアガールスタイルで戦わせられる。

みみっくちゃんも。

背中の木の箱を赤く塗ったらどうかな。

ランドセル風にならない?


この男達は武闘家らしい。

そしてケロ子は武闘家になってる。

万事オッケー。

ザッツオーライ。

完璧じゃん。

てヤツだ。


よーし。

やる気出てきた。



「ハチ子、ハチ美

 大きいのいくよ。

 避けてて」




【次回予告】

ショウマは飢えていたのだ。マンガ、ラノベ、ゲーム、アニメ。

全部この16年触れてない。生まれ育った家には本の一冊も無かった。

村の教会で本を見つけた時は、夢中で読んでしまった。まだ字も知らなかったのだけど。

「うん。もう少し倒せないかと思ったんだけど、もういないんだよね」

次回、ショウマが探す物とは。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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