第42話 キキョウの災難その4


ショウマが言った。


「ハチ子、ハチ美

 大きいのいくよ。

 避けてて」



ハチ子とハチ美は良く知ってる。

主のこのセリフの後、何が起きるのか。


毛が逆立つ。

頭の黒毛では無い。

全身の毛が逆立つのだ。

鳥肌が立ってる。

倒れてる場合じゃないのだ。


ワタワタとハチ子が宙に飛ぶ。

槍をほったらかしたまま。


バタバタとハチ美は宙に逃げる。

殴られたくらい気にしてられるか。


一瞬呆気にとられる『名も無き兵団』のイヌマルとキジマル。

逃げるにしても逃げ方が有るだろう。

何だアレ。

地震、雷、火事が同時に来たとでも言うのか。

彼らからは聞こえない。

フードを被った男が何を言ったのか。

それはこう言っていた。



『全てを閉ざす氷』



水属性のランク4

一応ショウマなりに考えたのだ。


ランク5は多分マズイ。

みみっくちゃんも言ってたし。

ランク2は弱くない?

アリすら一発じゃ倒せない。


訓練場は木の床だ。

火属性はマズイ。

風属性でもいいけど、

見物人を巻き込みそう。

凍らせるなら大した問題無いでしょ。



観客は見ていた。

イヌマル、キジマルの後ろから見物していた者達だ。

彼らの前方にイヌマル、キジマルが居る。

その先に、美人の女戦士が二人。

さらに先に魔術師らしき黒いローブの男。

後ろにいた魔術師が何か言った。

聞いた事の無い呪文。

前にいたイヌマル、キジマルの動きが止まる。

凍ってる。


『氷撃』?

『氷撃』なら見たことある。

観客も冒険者だ。

魔術師の絶対数は戦士に比べて少ない。

それでも冒険者を続ければチームに一人くらいは加わる。

珍しくはない魔法だ。

相手にダメージ与えるだけじゃない。

半分凍り付かせる。

“狂暴犬”なんかを相手するにはちょうどいい魔法だ。

その上位魔法も知ってる。

『氷の嵐』

使いこなせるヤツは『氷撃』に比べてグッと減る。

LV10は越えた魔術師でないと。

それでも使ってるのを見たこと位は有る。

範囲攻撃で複数の敵を凍らせる。

でも『氷の嵐』じゃない。

あれで凍り付くのはせいぜい魔獣の半分くらい。

逃げられなくするのに便利な程度。

これはだって。

イヌマル、キジマルの全身が凍り付いてるのだ。

そして、

さらには…

観客はもう考える事が出来ない。

何故なら

観客が凍り付いてるから。



「ストーップ!そこまで、そこまでです!」


キキョウはありったけの声で叫ぶ。

何よこれ!

凍ってるじゃない!

試合の参加者だけじゃない。

見物に集まってた冒険者達。

練習試合の会場。

黒衣の魔術師から先。

その正面が全て凍り付いてるのだ。


何よこれは、どうしよう。

どうするといいの。

狼狽えてる場合じゃない。

訓練場の人間に指示を出す。


「治療院にすぐ連絡、

 連れてはいけない。

 出来るだけ早く来てもらって」


「おーやおや。

 こりゃ凄いねぇ」

「サラ様っ

 これを予想してたんですかっ」


キキョウは惨状を指さして言う。

冒険者の訓練場。

凍り付いてるのは数人ではない。

数十人だ。

試合場から後ろの壁まで凍り付いているのだ。

見物人が集まっていたのが災いした。


「予想するワケないだろ。

 アッハッハ」

「笑い事じゃないですっ!

 重傷者が何名いる事か」


「大丈夫さ、

 全員タフな冒険者だよ。

 お湯でもかけときゃ治るさ」


老女サラは笑ってる。

キキョウはそんなに達観できない。

大事故だ。

重傷者は組合が治療費を出さねばならないだろうか。

本来訓練場で起きたことだ。

訓練場での事故は冒険者の自己責任。

組合は関知しない。

訓練でケガする事まで組合が面倒見ていられるものか。

しかし、今回は巻き添えになった者が多過ぎる。

しかもキキョウが試合に関与していた事を大勢に見られているのだ。


「ねー、

 試合終わり?

 僕の勝ちって事だよね」

「ショウマさんっ!」


そこに黒いローブを着た魔術師ショウマが現れる。

声が楽しそうだ。

この状況が分かっているのだろうか。

怒って何か言おうとするキキョウ。

だが、言葉が出てこない。

少年はフードの下で笑顔を浮かべてるのだ。


「ハー。

 もういいです」


「いいですか、ショウマさん!

 そのまま顔を隠して、組合の部屋に戻ってください」

 

「早く行って!

 チームメイトを凍らせられた冒険者が騒ぎ出すかもしれません。

 騒ぎが大きくならないうちに早く行って」


ショウマが去っていくのを確認するキキョウ。

さあ後始末をどうしよう。

考えるだけで頭が痛い。

とにかく、治療。

凍ってる人たちを救う。

それからだ。



「えー。

 扱い悪くない?

 お婆ちゃんのワガママに付き合ってあげたのに~」


ブツブツ言いながら組合に戻るショウマである。

ハチ子、ハチ美も一緒だ。

ケロ子やみみっくちゃんは組合で待ってる。

訓練場のスペースが限られてるとキキョウが言うから待っててもらったのだ。

でもあんなに観客いたじゃん。

来てもらって良かったじゃん。


ハチ子とハチ美は恐縮している。


「王よ、我らが不甲斐ないばかりに申し訳ない」

「申し訳ないのです」


「いや、

 ハチ子とハチ美は良くやったよ」


ショウマとしては、従魔少女達が普通の冒険者に負けてない事が分かれば十分だ。


相手の冒険者、LV25と言ってたっけ。

LV25がどの位か分からないけど、

周りの冒険者の反応を見るに弱い方では無さそうだった。

相手が特殊能力を使うまで、ハチ子ハチ美は互角に戦っていたのだ。

あの特殊能力の事、調べなきゃ。



従魔師コノハは見ていた。

冒険者の訓練場。

そこには宿泊施設が有る。

彼女はそこを宿としていた。

宿屋に比べてかなり安価で寝泊まり出来る。

タマモを連れ込む事を許される。

普通の宿屋では難色を示されるだろう。

コノハとしては他の宿屋はあり得ない。


今日は迷宮探索は休み。

『花鳥風月』古参メンバーで会議を行うらしい。

だから訓練場に来てみたのだ。

タマモも一緒だ。

そうしたら試合をしていた。


『名も無き兵団』

コノハでも知ってるチーム。

それと誰か知られていないチームらしい。


「あれは確か…」


あの黒い革ローブ。

見た気がする。

一緒に買い物をした。


そして見た事の無い氷の魔法。

彼の先にあったモノ全てが凍り付く。

そんな事があり得るの。


そんな力が有るなら。

そんな力が有るなら。

もしかして…





「あっ、帰ってきた。

 大丈夫だった?」


ショウマが組合の別室に帰ってきた。

アヤメは受付から別室に戻ったら、ショウマとキキョウがいなくなってたのだ。

残されていたのはケロコちゃんとミミックチャンさん。

タキガミさんもいた。

サラ様と練習試合になったと言う。

ハチコさん、ハチミさんは今日冒険者組合に加入したばかりだ。

『名も無き兵団』と試合なんてムチャだ。


「タキガミさん。止めてくださいよ」

「いや、サラ嬢ちゃんの言う事じゃ。

 止められんよ」


嬢ちゃん!

嬢ちゃんて誰?


「ハチ子ちゃんっ、ハチ美ちゃんっ

 ケガしてないっ?」


「ああ。ケロ子殿、大丈夫だ」

「ケロ子殿、大丈夫です」


「ご主人様も平気みたいですね。無事に終わったんですか?まあ冒険者なんて荒くれものが多いですからね。腕試しなんて通過儀礼みたいなモノですよ」


ケロコちゃんはやっぱり心配してた。

当然だ。

アヤメもだ。

なんだかミミックチャンさんは落ち着いてる。

小さいのに、大人みたい。

アヤメは文句言ってやろう。

人に心配させて。


「ショウマ。『名も無き兵団』と試合なんてムチャよ」


「いや、なんか

 お婆ちゃんに一緒に練習しろって

 ワガママ言われたんだよ」

「お婆ちゃんって、サラ様のコト?

 ショウマ、サラ様って呼びなさいよ」


「えー、

 あのお婆ちゃん偉い人?」

「そうよ。

 『名も無き兵団』のサラ様」


「名も無き兵団?」

「何で知らないのよ!」


迷宮都市で一番大きい冒険者チームなんだよ。

受付になる前から、アヤメだって知っていた。


「サラ様と言ったら、誰でも知ってる有名人よ

 『女冒険者サラ』って絵物語にもなってるでしょ」

「絵物語?」


「そうよ。

 知らない?

 辞書とは違う、絵の多い物語本」


アヤメの想いとは別のところにショウマは食い付く。


ラノベ!?


ショウマは飢えていたのだ。

マンガ、ラノベ、ゲーム、アニメ。

全部この16年触れてない。

生まれ育った家には本の一冊も無かった。

村の教会で本を見つけた時は、夢中で読んでしまった。

まだ字も知らなかったのだけど。


キタ!キタキタ!ラノベキター!


「その絵物語ってどこで売ってる?」

「どこって絵草紙屋さんよ。

 雑貨屋にも少しならあるかしら」


「ありがとー。

 行ってみるよ」


すぐに出かけようとするショウマだ。


「ええっ。もう行っちゃうの?」

「うん」


なんだ。

もう帰っちゃうのか。

少しガッカリするアヤメ。

いや、別に淋しいとかじゃないのだ。

ショウマが行ったら、また受付に戻らないといけない。

また冒険者と同じ問答の繰り返しになるし。

それがイヤなだけ。


「ドロップ品とかは?

 何も無いの」

「カエルはキキョウさんに買ってもらった。

 他にも色々あるね…

 買い取ってもらえる?」


アヤメの仕事である。

ドロップ品の買取。

ショウマが差し出してきたのはいろいろ。


『ハチの針』×9

『アリの外骨殻』×8

『アリのキバ』×36


「えーっ。

 すごい量じゃない。

 ええと、『アリのキバ』が200G、『アリの外骨殻』500G、『ハチの針』は400Gね」


ちょっと、ちょっと。

14800Gにもなってる。


「これももう一個だけじゃないし、

 売っちゃおうかな」


ショウマは何かをさらに出してきた。


『梟の嘴』×5

『梟の羽』×2


「これ…」


これは。

『梟の嘴』

『梟の嘴』をじっと見つめるアヤメ。

だって、ずっと気になっていたのだ。

1階に“闇梟”が出るって。

続けてもっと出るかもしれないって。

カトレアさん達でも苦戦する。

そんな魔獣だ。

1階にはLVの低い冒険者がいるのだ。

LVの低い冒険者が襲われたら…。

みんなそんな強敵がいるなんて思ってないハズ。

襲われたらどうなるの…

刺さって抜けないトゲみたい。

忘れてるんだけど、時々痛い。


アヤメは尋ねる。

『梟の嘴』を見ながら。


「ショウマが倒したの?」

倒してくれたの…


「うん。

 もう少し倒せないかと思ったんだけど、もういないんだよね」


「もう、いない?」

いないって…


「一階にはもう一羽もいないよ」


いないって…

一階にはもういない

一羽もいない


「そう。

 そうなんだ!」


そうなんだ。

“闇梟”はもう出ない。

誰かが犠牲になる事も無い。

倒してくれたのだ。

ショウマが。


「へへへ。

 やるじゃん、ショウマ」


へへへ。

アヤメは笑う。

笑ってしまう。

顔が勝手に笑みの形になる。

抜けなかったトゲが溶けてなくなったのだ。



【次回予告】

みみっくちゃん。彼女の生態は謎に包まれている。

呑み込むと称し物を身体に収納する。それとは別に通常に食事もする。ケロ子の作ったご飯を食べてるし、実はスイーツも好物のようだ。収納量はショウマの見たところ

およそ200ℓ。LVの上がった現在はもう少し増えているかもしれない

「うー、ドーナツは必要不可欠。特にこのクリームが入ってるタイプ。これは究極の一品ですよ。しかし、ワッフル。これも捨てがたい魅力ですよ。ジャムも買って、ワッフルに付けて食べる。正に至高の一品ですよ。」

次回、みみっくちゃん悩む。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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