第40話 キキョウの災難その2

「では、この材料で『毒消し』『毒抵抗薬』がそれぞれ一万本作れるという事で、

 間違いないですね。タキガミさん」


「ああ。薬師の腕によっては、もっと作れるだろうよ。

 キキョウ嬢ちゃん」

「分かりました。ありがとうございます」


冒険者組合の個室。

主任のキキョウはショウマに向き直る。


「早々と用意していただき、ありがとうございます」


早すぎ!

忙しいんだよ

こっちは

内心毒づくキキョウ。

ストレス溜まってるのだ。


「で、ショウマさんの希望としては、

 ケロコさん、ミミックチャンさん、そちらの女性二名をクラス:ドッグまでアップしたい、という事で良いですか」

「うん。

 出来る?」


もちろん出来る

というかお釣りがくるだろう

言わないけど

外見は愛想良く対応するキキョウである。


「出来ない事はありませんが…

 そちらのお二人は完全に初めての方なんですか?

 でしたら、クラス:ラビットからスタートされた方がご本人のためにもよろしいかと思うのですが…」


「組合には加入してないけど、二人ともLV5だよ。

 迷宮も戦闘も経験済だから大丈夫」


「そうでしたか。

 それでしたら、なんとかいたしましょう」


キキョウは目を光らせる。

迷宮を経験済みという事はやはりどこか別の国から来ているのだ。

LV5はそこまで高くない。

それでも昨日今日冒険者になったわけでは無いのは確かだ。

新人二人を見て見れば、冒険者と言うにはやけに美人だ。

これも密偵かもしれない。

特殊工作員の仕事に女の色香を使う事もあるだろう。


いまだに何かカンチガイしてるキキョウだ。



「いいの?」

「はい。ショウマさんのご希望は優先的にとお約束しましたから。

 アヤメ頼んだわね」


「分かりました。

 ハチコさん、ハチミさん付いて来て、

 加入手続きするわ」


アヤメが二名の冒険者を連れていく。

キキョウは話を続ける。


「それで買い取り価格なんですが、

 『カエルの死体』は通常100Gで買い取っています。

 その100倍の価値が有ると計算させていただいて、10,000G。

 22個分で22万Gでいかがでしょうか?」

「22万G。

 おっけー、

 それでいいよ」


軽くOKするショウマ。

だって一万G=100万円だ。

2,200万円なのだ。

不満などあろうハズも無い。


『毒消し』の材料としてはそれで合ってる。

『毒抵抗薬』となると価値は倍だ。

薬としてのメリットも有るし、希少価値も有る。

キキョウは隠してる。

というか、最初は提案なのだ。

値上げを要求されたら、応じるつもりでいた。

現在街での『毒消し』の相場は20倍まで上がっている。

2倍~5倍は要求されても仕方がない。

それがアッサリOKされてしまった。

やはりお金が目的の冒険者じゃないからだわ。

誤解を深めているキキョウである。


「それでショウマさん。

 迷宮探索をされた時なにか変わった事は無かったですか?

 色々と大変な事が起きてるようなんです」


そう

ホントウに色々大変!

キキョウはショウマに聞いてみる。

腕利きの密偵だ。

なにか情報が有るかもしれない。


「うーん。

 変わった事、

 1階から魔獣がいなくなったみたいだよ」

「は?」


「1階に出ていた魔獣が全部居なくなったの。

 安全圏(セーフティエリア)って言うのかな、アレ。

 多分安全圏になってる」

「そ…それは!」


あまりの事に絶句するキキョウ。

替わってタキガミが聞く。


「本当かい? そりゃぁ」

「うん。

 昨日も今日も全く出くわさないし、

 気配も無いね」


気配を調べたのはハチ子ハチ美だけど。

昨日今日、一切魔獣に遭遇してない。

気配も無い。

明らかに異常なのだ。


「後は…そうだ。

 6階までの近道、通路が2階に有るよ」

「!?」


6階?

6階までの近道って言った?!

もう声も出せないキキョウ。

昨日からその話で組合は大変な事になっているのだ。

『名も無き兵団』のリーダー、老女サラが尋ねる。

キキョウにくっついて、この部屋に来てしまったのだ。


「2階から6階への通路って言ったかい?」

「そう、2階に降りてすぐの場所に有るよ。

 壁を壊して立て札も立てといたから、

 すぐわかると思うよ」


「ああ、そうだ。

 6階に降りた場所の目の前に7階へ降りる階段も有るよ」

「…アンタ、6階へ行ったのかい?」


「うん。

 昨日ね」


サラにショウマはアッサリ答える。

通路を使えばいいだけ。

特別な事でもない。

ショウマに言ってマズイ理由は無いのだ。


「………」


2階から6階へ行く事が出来る通路。

さらに6階から7階へ降りる階段。

誰も知らない。

誰も知らない情報を知っているこのガキは。

この男は何者だ?

黙りこむサラ。

咽喉まで出かかる。

まさか“迷う霊魂”を倒したのはアンタか?

でも老女は言えない。


本当に成人してるのか。

相手は疑いたくなるようなガキだ。

体つきが冒険者の体格じゃない。

後衛の魔術師だって、最低限身体は鍛える。

魔獣に襲われるのだ。

命懸けなのだ。

鍛錬をせずに迷宮に入るヤツはいない。

いたらもう死んでいるだろう。


「フ、フフフ

 迷宮探索中に、通路を見つけたってワケかい。

 ラッキーなぼうやだね」


サラの判断は常識的なところへ落ち着く。




アヤメは手続きを終える。

ハチコ、ハチミさんに冒険者証を渡す。

クラスはドッグ。

最初からいいのかなと思うけど、上司命令である。

それにショウマ一行は『毒消し』の材料を持ってきてくれた。

それも一万個分。

これで商会のムカつくヒゲ店長にも一泡吹かせてやれそう。

ショウマ。

ちょっとはやるじゃん。


アヤメが別室に戻ってみるとキキョウ主任は目が虚ろだった。


「いくら腕利きの密偵でも、

 迷宮都市に来て数日よ…

 いったいどんな捜査能力なの…

 信じられない…」


アヤメを見て正気を取り戻したみたい。


「アヤメ。

 冒険者が来たら1階で魔獣に遭遇したか、

 訊くように受付の娘たちに伝えてちょうだい。

 必ずよ。」


忙しすぎて壊れたかな。

昨日今日組合は大変なアリサマだ。

サラ様になにか言われたのかも。

キキョウさんも辛いよね。


「ショウマ、

 ハチコ、ハチミさん登録すんだわ。

 クラスアップも」


ケロコさんとミミックチャンさんの新しい冒険者証も渡す。

そしてアヤメはもう一度受付の方へ行く。




アヤメがケロ子とみみっくちゃんの新しい冒険者証をくれた。

クラス:ドッグにアップしたヤツ。

ハチ子、ハチ美の加入も終わり。

【クエスト:『毒消し』を手に入れろ】も終了。

報酬は2200万円。

ショウマとしてはミッションコンプリートだ。


「ありがとー。

 それじゃ帰るかな」

「ちょいと待ちな!」


老女サラはハチ子、ハチ美をジロジロ眺める。

冒険者にしては美人な二人組だ。

リーダーは細身の少年。

さらに二人仲間がいる様だ。

一人はまあ普通だが、まだ若い。

もう一人、不思議な雰囲気だがこれは子供だ。

全部で五名。


「今日冒険者になって、クラス:ドッグになるってのかい?

 なんだかおかしな話だね」


「ショウマだっけね。

 そこのリーダー。

 ちょいと腕試ししてみないかい?」

「うん?」


「サラ様!

 あのまだ彼らは新人で…」

「新人だから腕の程が分からないだろ?

 それじゃ一人前と呼べるか不安じゃないかい」


「腕試しって、

 何するの?」


止めに入るキキョウ。

だがショウマはのんきな口調で尋ねる。

キキョウは焦る。

この男は。

誰に口を利いてるか分かっているのだろうか。

『名も無き兵団』のサラ。

迷宮都市じゃ誰でも知ってる女傑だ。

さすがに老いた今は本人が迷宮に入る事は少ない。

でも現役のリーダーだ。

若い頃は、バリバリの武闘派だったと聞いている。


「そうだね。

 その二人とウチの二人で練習試合ってのはどうだい」


サラ様はハチ子、ハチ美を指さす。

ウチの二人とはサラ様についてきた男性二人だろう。

どちらも服の上からでも分かる鍛えられた身体。

明らかに戦闘のプロだ。

『名も無き兵団』の一員だろう。


「ハンディだよ。

 そっちは武器を使っていい。

 こっちは素手だ。

 それでどうだい?」


「僕の方には何のメリットも無いかな」


目立つ事が好きじゃないショウマなのだ。

老人にワガママ言われてる気分である。


「王よ。我らなら王のためいつでも戦いますぞ」

「王のため戦います」


ハチ子、ハチ美はやる気になってる。


「メリット?

 勝てば『名も無き兵団』のサラがアンタの後ろ盾になる。

 それじゃ不足かい?」

「『名も無き兵団』?」


まったく知らないショウマだ。

それが迷宮都市最大規模の冒険者チームの名前と分かるはずもない。

だって冒険者チームの名前一つも知らないのだ。


脇で静かに聞いていたタキガミはニヤリと笑う。

『名も無き兵団』と聞いて、顔色も変えないとは。

なかなか度胸の有るボウヤだな。


全くのカンチガイである。


「やってみたらどうだ?

 サラ嬢ちゃんのコトだ。

 悪いようにはせんだろう」


他の冒険者の強さを知りたい。

そんな思いはショウマにも有る。

平均値?

中央値?

偏差値も誰か発表してくれないかな

従魔少女たちはどのくらいの位置にいるのだろう。

だから抵抗するタイミングを逃してしまった。

ワガママ言い出す老人て何処にもいるよね。

お婆ちゃんがワガママ言ってると思ったら、お爺ちゃんにも言われてしまった。

というか

サラ嬢ちゃんて誰?


「嬢ちゃんは止めとくれよ。

 タキガミさん」

「何を言ってるんだ。

 今でもサラは可愛らしい。

 サラ嬢ちゃんだぞ」


うわ。

お爺ちゃんとお婆ちゃんがイチャイチャしてる。

ハチ子とハチ美がやりたがってるならしょうがない。

逆らう気が無くなるショウマだった。



キキョウは一行を訓練場へ連れていく。

組合のすぐ裏には訓練場が有るのだ。

クラス:ドッグ以上の人なら無料で使える。

無料ではないけど、寝泊まりできる場所も有る。


まさかタキガミさんがサラ様を嬢ちゃん呼ばわり出来るとは。

聞いてみたら、タキガミさんが数年サラ様の先輩らしい。

若い頃はサラ様は美しい女冒険者だった。

そんな噂はキキョウも知ってる。

現在の迫力を増す女傑からは想像できない。


訓練場はいつも人が多い。

使おうにもそこまで空いてる場所は無い筈だ。

そう考えているキキョウ。

しかしサラ様が顔を出した途端、空き場所が確保できてしまった。

付いてきたキキョウが見届け人という事になってしまった。


見物人が多い。

冒険者の訓練場だ。

練習試合は珍しくない。

けど、有名人サラ様がいる。

それに釣られる冒険者がいる。

しかも出場者の片方は美女二人だ。

ちょっと冒険者には見えないクラスの美人だ。

男冒険者も気になるというモノだ。

人が集まって来ている。

だんだん大事になってきてしまった。

泥沼にハマりこむキキョウである。


「あのさー、サラさん。

 2対2って言ったじゃん。

 僕も入れて2対3じゃダメ?」

「フーン…

 イヌマル、キジマル どうだい?」


「サラ様、相手は子供です。

 後遺症が残らぬ程度にぶちのめしますよ」

「2人でも3人でも同じことです」


「フン。いいだろう。

 女に押し付けないで、自分も戦いの場に出るか。

 いいじゃないか。

 男だね」


サラ様がニヤニヤ笑ってる。

絶対負けない自信があるのだろう。

 

それはそうだろう。

キキョウが見ても、サラの連れる二人は歴戦の猛者と言った面構えだ。

ショウマ側は、冒険者に見えない美人二人組。

リーダーは細身の少年。

いくら魔術師にしても鍛えているようには見えない。

成人してるかどうかも危ぶまれる。

そんな3人なのだ。


「王よ。我らのために危険を冒すことはありません」

「王よ。我らだけで勝利してみせます」


女性二人は何か芝居がかってる。

王?

まさかショウマさんは王族?。

だからサラ様にも平気で抗える。


キキョウの思考はトンデモナイ方向へ行っている。


キキョウは練習場の管理をしてる人間に話を通す。

審判役を一人出してもらう。

審判が女性二人の武器をどうしようかと言い出す。

普通なら練習用のモノと取り換える。

刃の殺してある槍、鏃を丸くした木の矢。

それでも当たればケガは負うのだ。

さすがに刃物を使わせるワケにはいかない。

審判は取り換えようと言う。

キキョウも賛成だ。


「真剣でもいいよ。

 こちらはLV25越えの猛者だ」


サラのLV25という言葉に周りがザワッとする。


「『名も無き兵団』のアレは誰だ?」

「アイツラあまり仲間以外に付き合わないからな」


「ありゃイヌマルとキジマル。

 どちらも武闘家で有名だ」

「おおっ、聞いた事あるぜ」


LV10を越えたらやっと一人前。

LV20を越えたら中堅クラス。

LV30まで行ったら英雄クラス、誰でも知ってるツワモノ。


そうLV10までならやる気さえあれば、LVは上がっていく。

もちろん、運もチームの協力も必要だ。

LV10を越えるとそう簡単にLVは上がらない。

年月だけが過ぎていく。

LV15を越えるとますますだ。

同じLVのまま一年を越すなどザラだ。

LV20を越えるなら本物だ。

うす暗い迷宮で毎日魔獣と戦う。

そんな日々を何年も過ごしてきた戦闘野郎。

LV25とはそういう事なのだ。


「ショウマさん

 本当に大丈夫ですか?

 今からでも、サラ様なら言えば分かってくださいます」

「ダイジョブ、ダイジョブ。

 僕もLV18いったからね」


LV18?

前に調べたときはLV13だったハズ…

LV15越えたら一つLVが上がるのに一年かかってもおかしくない。


キキョウが不審に思ううちに、試合が始まってしまう。



「ハジメェッ!!」


サラ様の老人とは思えない大声が鳴り響く。



矢が放たれる。

ハチ美から武闘家の男イヌマルに向かって。


弓矢の矢は時速200kmを越えると言う。

プロ野球選手の球速より速い。

普通の人間では対応できない。

冒険者が矢を避けて見せるのは、弓の向く方向から予測をしているのだ。

矢の飛んでくる位置を予測し、そこから逃げている。

しかしイヌマルの行動はそれとも違った。


彼は叫んでいた。

矢が彼に近づく前に。



『身体強化』



【次回予告】

大地の神は父さんだよ教団。

闘士の力が付くと言う。教団は教徒以外にも修行の門を開いている。にもかかわらず教徒以外にそこで修行する者は少ない。

しかしそこで修行した者、死に物狂いで修行した者だけが知っている。

そこで身に付く物は…

「キタ!キタキタ!スーパー〇イヤ人キター!」

次回、ショウマは回答に辿り着く

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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