第39話 キキョウの災難その1

冒険者組合は喧騒に包まれている。

“迷う霊魂”が討伐された。

その情報を冒険者たちが知った翌日である。

昨日ほど殺気立ってはいないが、そこかしこで声がする。


「新しい迷宮が出きたって話聞いたか?」

「『竜の塔』に『静寂の湖』な」


「本当かな?」

「本当だとしても、危険度も稼げるかもワカらん。

 素直に『地底大迷宮』で稼ごうぜ」


「そういや、一階がおかしくねーか」

「その話、おれも聞いた」


「結局“迷う霊魂”を倒したのは誰なんだよ」

「キョウゲツじゃねえの」


「相手が“迷う霊魂”(レイス)だとしたら

 武器は通用しないって言うぜ」

「そりゃ伝説だろ」



「ジャマするよ!」


ざわつく冒険者組合に大音響が響き渡る。

女性の声だ。

老女が組合に入ってくる。


「『名も無き兵団』のサラだ」

「構成員は1000人近い、地下迷宮で最大の冒険者チーム」


「まさか、あいつらが“迷う霊魂”を倒したんじゃ」

「イヤ、『名も無き兵団』は人数こそ多いが、そこまでの腕利きは少ないぜ」


「わからんぞ。リーダーのサラはやり手だ。

 どこかから腕利きを呼んだかもしれんし」

「魔術師集団『暗き黄昏』と手を組みでもすれば」


「『名も無き兵団』と『暗き黄昏』が手を組む?!

 そんなコトあるか?」

「サラさんだけはやりかねないぞ」



老女サラは受付へと歩いていく。

けっこうな年齢にふさわしく、杖をついている。

しかし老人特有の弱々しい雰囲気は無い。

年老いてはいるが、気力に満ちている。

連れらしき男も二人一緒だ。

冒険者らしい逞しい男達。

背や体格では男達の方が大きい。

それでも老女の方がリーダーだという事が誰の目にも伝わる。

迫力が違うのだ。


受付に並んでいた冒険者たちが道を譲る。

男達は敬老精神で譲った訳ではない。

触らぬ神に祟り無し。

それが理由だ。

みんな知ってるのだ。

サラがどんな人物か。


「久しぶりだね。小娘」

「はい。サラさま。

 お元気そうで、なによりです」


引きつった顔で答えるのは受付に居たアヤメだ。


何で?

何でアタシのとこに来るの?

アタシって運が悪いと思ってる。


「用件は分かるね?」


背後にゴゴゴゴゴ!と言う文字が現れそうである。

老女の迫力に圧されるアヤメだ。


「ええとええと、

 新しい迷宮の情報。

 または“迷う霊魂”を倒したのが誰なのか?

 という話かなぁなんて思ったりするんですけど…」


最後の方は小声になってしまうアヤメ。


「そうだよ。

 今すぐ教えな!」


老女がドアップでアヤメに迫る。

勘弁して


「すいません。

 まだ分からないんです。

 今調べている所で…」

「なんだって?」


ゴゴゴゴゴゴゴッゴゴゴゴゴゴッ!

迫力を増す老女だ。

でも知らないの

本当に

昨日からその話ばっか

みんな知らなくて困ってるの


「あのあの、

 分かり次第ご連絡しますので…」

「お前じゃダメだね!

 支店長を呼びな」


支店長は今出張中なの

知ってるでしょ


「サラ様。

 お静かに。私が知ってる事ならお教えします」


キキョウ主任

良かった~

どうなるかと思った


アヤメを助けてくれたのはキキョウ主任だ。

上司はサラ様を連れて別室へ向かう。


 


キキョウと向かい合ったサラは開口一番言った。


「組合の人数増やしな。

 受付も、警備員も、

 倍は必要だね」


「あの、サラ様?…なんの…」

「キキョウは主任だったね。

 まだ資格不足か。

 議長宛ての書類作って持ってきな。

 アタシがサインしてやる」


「………」

「なんだよ。

 アタシが冒険者組合の役員だって知ってるだろ」


そうなのだ。

老女サラ。

地下迷宮で最大の冒険者チーム『名も無き兵団』のリーダー。

現役の冒険者だが、それだけではない。

サラソウジュ・シャクティ・ホウガン

迷宮都市一帯の領主貴族の一員でもある。

迷宮都市には市長という存在はいない。

議会で運営されているのだ。

議会は近隣の領主、貴族、商人組合、冒険者組合、他の代表で構成されている。

サラはその議員でもある。

冒険者組合の役員であり、商人組合の役員でも有るはずだ。

迷宮都市に市長はいない。

だが目の前にいる老女は市長という立場に一番近い人物なのかもしれない。

キキョウでは荷の重い相手だ。

サラに対抗できるのは支店長くらいのモノだ。


「何だよ。アンタものんきだね。

 この後、多分街は大変だよ。

 ボス魔獣が倒されたなんて話が世界中の冒険者に流れたんだ。

 腕自慢の冒険者がこぞって集まって来る。

 『地下迷宮』が『地底大迷宮』になったってんだから、

 各国から密偵やら情報部やらも来るさ。

 人が集まれば商売人だって来る。 

 貴族や王族だって顔を出す。

 奴らは利には聡いからね。

 アタシも商売人だし、冒険者だ。

 大忙しさね」


「分かりました。

 すぐに人を雇い入れます。

 支店長も呼び戻します」


「ああ、そうしな」


やっとキキョウにも分かった。

街は大変な事になる。

各国から人が来て大忙しになる。

今のうちに組合の体制を整えないと大変な事になる。

それだけではない。

貴族や王族もやってくる。

冒険者組合には貴族の相手が務まる人材は少ない。

頼りになる筆頭は目の前のサラだ。

本人が貴族なのだ。

いざという時には手を貸す。 

いざという時までは自分たちでやりな。

そんなコトをわざわざ言いに来てくれたのだろう。

この老女は。


「ありがとうございます」


キキョウは頭を下げた。

 




グッタリ疲れた。

そう思うアヤメ。

冒険者組合の受付。

昨日は騒ぎに巻き込まれて、深夜まで残業してしまった。

今日は本当は非番。

お休みの日だ。

だけど、昨日の夜キキョウ主任に拝まれてしまった。


「お願い、今度代休いくら取ってもいいから、

 明日は出て」


仕方がない。

職場が忙しいのは分かる。

休日出勤してみればこの有様。

サラ様に一喝される。

アヤメは相変わらずついてない。


朝から組合は混雑してる。

普通の手続きの後、必ず問答が有るのだ。


「なぁ、ボス魔獣を倒したヤツって誰だよ?

 どんなヤツ?、やっぱりキョウゲツさん?」

「すいません。知りません」


「新しい迷宮ってどこ?

 場所は、王国の方?帝国の方?」」

「すいません。知りません」


「地下7階ってどうやって行くんだ?

 5階でイキドマリだろ

 何か行き方あるんだろ?」

「知らねぇって言ってんだろ!」


ずっと繰り返しだ。

だって本当に知らないのだ。


冒険者はしつこい。

彼らだって生活が懸かってる。

でも知らないの

知ってる人に聞いて!

まわりの同僚たちも全員一緒だ。


同じ問答を繰り返すとアヤメだってイライラしてくる。

うー

もうやだ


「あれ、混んでるじゃん。

 Switchでも入荷した?」


あの声。

アヤメが組合の入り口を見ると黒いローブを着た男がいる。

冒険者にしては細身な体格。

隣に連れたケロコちゃん。

間違いない。


「あのバカ、

 なんで黒ずくめなの」


隣の同僚に言う。


「ちょっと特別案件。

 抜けるのでお願いします」


同僚から恨めしそうな視線が帰ってくるが、気にしない。

キキョウ主任の御墨付き。

ショウマという人が来たら、アヤメが担当。

特別案件で優先度は高い。

そう言ってもらって有るのだ。

ラッキー。

たまにはいいタイミングで来るじゃない。




ショウマは別室に案内された。


「それ止めなさいよ」


アヤメに言われる。

何のことかと思ったら、革ローブを指してるみたい。


「えー。

 防具くらい装備しなさいって

 言ったのキミじゃん」

「防具~?

 まあ確かに厚手の革造りだし、いいけど。

 アタシが言ってるのは色よ、色」


色?


「黒ずくめ、黒一色はダメ。

 帝国軍のカラーよ」


帝国軍?

何の事だか理解できてないショウマにみみっくちゃんがフォローする。


「シメオン皇帝が統治してる大陸の南方の一大勢力ですよ。正式名称は『議会制によって統治される 勇敢なる人々と諸王国、都市の連合』。

 帝国軍、帝国情報部、帝国冒険者チームは黒一色の制服で有名ですよ。黒と言ったら帝国カラーですね」


「ご主人様、街でご主人様を見て一瞬ビックリする人たちがいたでしょう。そのせいだと思うですよ」


「あー。

 美少女4人の中に男が一人いるから、

 ジロジロ見られてるのかと思った」


「それで『毒消し』は手に入ったの?」

「入ったよ」


「ええええっ

 そんなまだ二日しか経ってないわよ」

 

簡単に答えるショウマに驚くアヤメ。


『巨大猛毒蟇蛙の喉』『巨大猛毒蟇蛙の胃袋』を取り出すショウマ。

それぞれ11個ずつ有る。

1個ずつが大きい。

それぞれ人間の腕くらいは有る、でかいシロモノだ。


「なにこれ?」

「カエルの喉とカエルの胃袋

 『毒消し』、『毒抵抗薬』の材料になるって」


「ホントウ?

 そんなの知らないし、見た事ないわよ」


アヤメだって2年は冒険者組合の受付をやっている。

ショウマが持ってきたのは見たことないドロップ品だ。


「これでケロ子、みみっくちゃんはクラスアップだね

 ついでにハチ子、ハチ美も一緒になんとかならない?」

「なんでまた新人が増えてるのよ!」


元々3人だけでチームを作ってるのは少ない。

人が増えるのはおかしくないけれど、全員冒険者になりたての新人なの?

しかも連れてきた2人は美人だ。

金髪に整った顔、足は長いしウエストは細い。

思わずムムムと言ってしまう美人さんなのだ。


「その冒険者証も作って欲しいんだ。

 ほら最初からクラス:ドッグで作れば、

 手間が省けるじゃん」

「何でよ、ダメに決まってるでしょ」


「えー。

 人数分用意してきたよ、

 キキョウさんが約束したじゃない」

「これがホントウに材料かワカラナイじゃないの」


アヤメは『巨大猛毒蟇蛙の喉』『巨大猛毒蟇蛙の胃袋』を指さす。


「フム。

 『猛毒蟇蛙の喉』『猛毒蟇蛙の胃袋』だな。

 『毒消し』、『毒抵抗薬』の材料になる」

いきなり現れた老人がそう言った。


珍しいドロップ品が持ち込まれるとフラリと現れる男。

タキガミさんだ。


「タ、タキガミさん」

「おう、アヤメちゃん。

 『猛毒蟇蛙の喉』『猛毒蟇蛙の胃袋』か。

 珍しいじゃないか。しかもこんな大きいのは初めて見るぞ」


タキガミさんご存じなんですか?

とアヤメは言おうとしてやめた。

タキガミさんは何でも知ってるのだ。


「タキガミさん。

 これが『毒消し』の材料になるってホントウですか?」

「ああ。このサイズだったら…そうだな

 腕の良い薬師に持ち込めば、

 『咽喉』一個で1000本くらい作れるんじゃないか」


一個で1000本! 

ええと11個有る。

つまり、一万一千本!


「ええええええええええええええええええええ!」


アヤメの声は2部屋隣にいたキキョウ主任にまで聞こえた。



【次回予告】

LV10を越えたら一人前。

LV20を越えたら中堅クラス。

LV30まで行ったら英雄クラス、誰でも知ってるツワモノ。


そうLV10までならやる気さえあれば、LVは上がっていく。もちろん、運もチームの協力も必要だ。

LV10を越えるとそうそうLVは上がらない。年月だけが過ぎていく。

LV15を越えるとますますだ。同じLVのまま一年を越すなどザラだ。

LV20を越えるなら本物だ。

「いくら腕利きの密偵でも、迷宮都市に来て数日よ…いったいどんな捜査能力なの…」

次回、キキョウは大変だ

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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