第31話  五日目その8

【ある男の物語】

男はショックを受ける。

自分より一年後輩の彼女が売り場担当となったのだ。

彼はまだ売り場担当になっていない。

さすがに店長に確認する。

尋ねない訳にはいかない。

「何故です。何故自分には売り場を任せてくれないのです?」

そう尋ねた男にヒゲを生やした店長は返した。

「お前のような醜い亜人に売り場を任せられる訳がないだろう。

 雇ってやってるだけでも感謝しろ」

男は呆然とする。

店長はキミは良く働く。

キミなら任せられると言っていた。

ずっと騙されていたのだ。

店長の部屋を出て店の裏で立ちすくむ男。

その時彼の耳が声を捕える。

彼は普通の人間より耳がいいのだ。

店長室に誰か入って行く。

聞きたくない。

聞くべきじゃない。

そんな気がする。

だけど彼の耳には聞こえる。


「ダメよ、店長。こんな所で」

「くくっ、何を言ってる。職場でするのは初めてじゃないだろ」


「ああっ、いやよ」

「ほら、足を広げろ。いつもより興奮しているくせに」


女性の声と店長の声。

女性の言葉に店長が乱暴を、と一瞬思うがどう聞いても女の声は媚が混じっている。

そしてこの女性の声は聞いた事がある声だ。


口づけの音。

男と女の声。

衣服を脱ぐ音。

女の快感を告げる声。


この声は自分の彼女の声だ。


立ち去ろうと思うが男は動けない。

足が動かない。


やがてコトが終わった。

音が止む。

男女が衣服を着ける音。


「ああ、お前のボーナスだがな、

 あの男の業績をお前の評価にに加えておいた。

 大分多くなるはずだぜ」

「そう、店長。いつもありがとう」


いつも、

いつもとはなんだ。

………



男はフラフラとする足で家に帰った。

もう商会に行く気は無い。

頭の中がまとまらない。

川にでも身を投げるか。

迷宮都市に川は無い。

迷宮の1階に湖が有ると聞く。

そこにでも飛び込もうか。

何か男の中で閃く。

そうだ。

ここは迷宮都市だ。

迷宮に行こう。

………





ショウマ一行は地底湖の魔獣を倒した。

ショウマは『竜巻』を使った後精神的な疲れを感じた。

いやもちろん迷宮の移動やらなんやらで疲れているのだ。

特に隠し通路はひどかった。

あんなのショウマに通れるワケがない。

それとは違う疲れだ。

何か心の中が虚ろになる。

立ちくらみでも起こしたような。

みみっくちゃんは魔力切れを起こすと気絶する冒険者もいると言ってた。

もしかするとそれかも。


『LVが上がった』

『ショウマは冒険者LVがLV16からLV17になった』

『ケロコは冒険者LVがLV10からLV12になった』

『ミミックチャンは冒険者LVがLV8からLV10になった』



「よーし。

 クエスト達成だね」

「やりましたねっ。ショウマさまっ」


『巨大猛毒蟇蛙の喉』『巨大猛毒蟇蛙の胃袋』をそれぞれ10個手に入れている。


ショウマは明るい。

LVアップと同時に精神的疲れが消えたのだ。

魔力が回復したのだろう。

逆にハチ子とハチ美は疲れ切った顔をしている。


「我らが王はさすがだ。さすがだがケタ違い過ぎるのではないか」

「王はさすがです。けどケタ違い過ぎます」


「あのさー。

 ついでだからボス戦もしていこうよ」


「ボス戦てなんですか。いや、言わなくていいです。ご主人様が考える事はろくでもない事に決まってます。どう考えても詳しく聞いてはダメな響きです。みみっくちゃん関わりたくないです」

 

「ケロ子もみみっくちゃんもLVアップしたし、大丈夫じゃない」





女冒険者カトレアと従魔師コノハたちは3階の探索を続けている。

草原に降り立ち、右に進んでいる。

コノハは初めて来た場所なので分からない。

聞いたところこちらが“大型蟻”の出没するエリアらしい。

“殺人蜂”の方が実入りは多いが危険も多い。

今回はコノハがいる。

だから“殺人蜂”の少ない“大型蟻”のエリアという事だ。

コノハとしては申し訳ないなと思う。

けど、どの程度の危険か分からない。

判断は先輩に任せるしか無いのだ。


ふところからスリングショットを取り出す。

木製の物だ。

手に握る部分が有り、二股に分かれた先端が有る。

二股に分かれた部分にゴムが貼ってあり、鉄製の玉を撃ち出す武器だ。


「あれ。コノハちゃん、そんなの持ってたんだ」

カトレアさんが聞いてくる。


「はい。『野獣の森』付近で兎なんかを狩るのに使ってました」


「でも魔獣と戦えるほどの攻撃力は無いんです」


今取り出したのは気休めだ。

コノハにとっては未知の場所に来ている。

気休め程度の武器でも無いよりいい。



“大型蟻”との戦闘だ。

正確には“大型働き蟻”らしい。

コノハにはまだ区別がつかない。


2階に居たガイコツとの違いは素早さだろう。

ガイコツよりはるかに素早い動きで攻撃する。

武器は持っていない。

4本の肢で立ち上がり、2本の肢を差し出してくる。

しかしこの前肢は威嚇程度。

気にしなくて良い。

問題は頭だ。

口の左右に着いた牙。

牙と呼んでいいのだろうか?

左右に動き、ギチギチいいながら迫り出してくる。

弱い酸を口から出してるそうだ。

「バカ高い金属鎧がすぐ修理しなきゃならなくなる

 だからイヤなんだ」

これは槍戦士の言葉だ。


「クゥウォー――ン!」


どんどんマヒの遠吠えを試そう。

カトレアさんはそう言ってた。

効く魔獣、効かない魔獣は使って試すしかない。

だからドンドン試してる。

タマモは少し疲れた風情だ。

人間の戦士のスキルは魔力を消耗する。

タマモもそうなのかもしれない。


動かなくなった“大型蟻”を斧戦士と盾戦士が始末する。


「今日はこの辺までかね」


カトレアが言う。

帰路も戦闘はあるのだ。

体力は残しておかなければ。

戦士たちが息を吐き出す。


ここまでの戦果は

“歩く骸骨” ×15

“骸骨戦士” ×3

“骸骨弓戦士” ×1

“骸骨犬” ×1

“大型働き蟻” ×9

“大型兵隊蟻” ×1


ドロップコインは1173G。

コインは今コノハが預かっている。

「数えといてくれ」とカトレアさんが渡してきたのだ。


ドロップ品は

『アリの牙』 ×8

『アリの外骨殻』 ×1

アリの牙は200Gで買い取りしてくれる。

アリの外骨殻は500G。

良い防具の材料になるそうだ。


合計、3273G。

コノハの感覚では大金だ。

一カ月必死で働いて手に入るかどうか。


古参の冒険者に言わせるとイマイチ実入りが少ないらしい。


「コノハちゃんがお金を仕切ってくれるのが一番ありがたいぜ」

「そうだ。

 このリーダーで一番不安な点はそこだった」


「何か言ったかい」

「いやいや。なーんにも」


冒険者たちに弛緩した空気が流れている。

そこを狙いすましたように上空から音が聞こえる。


ブゥーーンウーーンブゥーン


それは唸り声のように聞こえた。


カトレアが弓に矢を番え放つまではおよそ2秒。

もちろん狙いを付けて撃ち出す場合では無い。

反射神経のみで手が動く。

そうそう当りはしない。

だが運が良かった。

一体にヒットする。

矢を受け地上に墜ちた“殺人蜂”。

タマモと盾戦士がトドメを刺しに行く。

まかせて良いだろう。

もう一体斧戦士と槍戦士が攻撃を受け止めている。

上空からの攻撃に苦戦している。

援護するか。

しかし“殺人蜂”は3体で行動する場合が多い。

もう一体いないのか?

居た。

コノハの後ろだ。

上空からコノハを狙っている。

カトレアの手が動く。


しかしそれより先に音がする。


叢を走る音。

そして声。

それはこう言っていた。



『蛇切り』



カトレアは知っている。

それは片刃の細身の刀を下から上に切り上げる。

その一瞬後上から魔法のように剣先が下に向かって切り裂く。

はたして

“殺人蜂”はキレイに両断されていた。

カトレアは刀の一撃で“殺人蜂”を両断できる男を他に知らない。


「キョウゲツ!」


「なんでアンタがここに居るんだい?」





ショウマ一行は6階を逆に進む。

ハチ子、ハチ美の超感覚で先導してもらう。


「なんか強そうなのが居る場所に向かって~」


ショウマの無茶な注文にハチ子、ハチ美は答えようと必死だ。

研究室らしき場所を出て進む。

と部屋に入って行く。

広い部屋。

石畳だ。

中には彫刻が飾られている。

翼の生えた獅子と大きい人型の彫刻。

中央には人が立っている。


そこにはローブを着て顔を面で隠した人物がいた。



「商人さん?」

「驚いたダンナですね。 

 ここに辿り着くなんて。

 “巨大猛毒蟇蛙”からは上手く逃げたんでやすかい」


「いや倒したよ。

 ありがとう。

 『毒消し」の材料が有るってウソじゃなかったんだね」

「何の冗談ですかい。

 面白いダンナだ。

 だけどここで死んでもらいやすよ」


「何で?」

「何で? 何でだ? 何でアッシは…

 冒険者を殺す…

 いやアッシは商人だ…」


部屋に有った獅子と人間の彫刻が動き出す。


ショウマたちを襲ってくる。

“動く石像”、“石巨人”である。


「みみっくちゃん」

「なんですか、ご主人様」


「あの石像、んがってやってよ。

 ライオンの方」

「イヤですよ。冗談やめてくださいよ。胃が壊れちゃいますよ。シンドイですよ」


「みみっくちゃんの見せ場だよ」

「ううっ。今回いいとこ無しですからね、みみっくちゃん。やるしかないですかね」



みみっくちゃんは口を開けて“動く石像”に突進する。

石礫が飛んでくる。

が、全部飲み込んでる。

「うわー。

 魔法使われても飲み込めるんじゃないかな。

 今度試してみようかな」


石像を飲み込むみみっくちゃん。



『丸呑み』



「んがっこっこ」

「むぐむぐ んがっ むぐむぐ」


みみっくちゃんの中で抵抗してるみたい。

そっちはみみっくちゃんにお任せして。

ショウマは“石巨人”に向き直る。

巨人と言ってもそこまで大きくない。

ショウマより頭一つ高い程度。



『旋風(つむじかぜ)』



“石巨人”が天井に叩きつけられる。

落下して石床にも叩きつけられる。

いたるところ壊れかけだけどまだ動いてる。


「ハチ子 ハチ美

 経験値ゲット」


「はい。打ち取って見せます」

「果たして見せます」


石巨人はまだ抵抗する。

石で出来た腕で巨大なパンチを繰り出すが、遅い。

ハチ子、ハチ美なら喰らわないだろう。



「みみっくちゃん。ぺっして」


「んがっこっこ」

「むぐむぐ んがっ むぐむぐ」


「ぺっ」


みみっくちゃんのお口から少女の身体より大きな彫刻が吐き出される。

いつ見ても謎だらけだ。

出てきた“動く石像”は半分溶けてる。


「消化しかけてる?

 みみっくちゃん、すごい。

 『石溶かし薬』要らなかったじゃん」


「みみっくちゃん。LVアップしたからだと思います」


そうかLV10まで上がったもの。

『丸飲み』の破壊力も上がってるのか。



『旋風(つむじかぜ)』



石巨人と同じく天井に叩きつけられ石床に落下する“動く石像”

すでに破壊され動く気配はない。

ショウマは何となく分かったのだ。

こいつら剣や矢には強い。

けど、ぶっ飛ばされたり壁に叩きつけられるのは弱いんだ。



ハチ子、ハチ美は戦っている。



『矢の雨』



石巨人に無数の矢が振り注ぐ。

ハチ美の矢が止むとハチ子が槍で石巨人を牽制する。

巨人の大振りパンチを避けるハチ子。

攻撃後のスキの多い巨人に槍攻撃を仕掛ける。



『一撃必殺』



ハチ子の攻撃が一息つくと、またハチ美が弓矢で石巨人を攻撃する。

堅実なコンビネーションプレイだ。


「必殺と言ってる割に倒せないね」

ショウマはもう観戦状態だ。

ハチ子が真剣な表情で槍を構える姿は女騎士と言った風情でなかなか恰好良い。

ハチ美はハチ美で細身の体で立ち、弓矢から矢が放たれる様は優美だ。


攻撃スキルも使いこなしてるなぁ

あれやっぱり魔力を消費してるんだろうな

ハチ美からどう考えてもあり得ない量の矢が石巨人に向かって飛んでいくのだ。

ケロ子は近接戦士にも関わらず魔力量が多かった

魔法を使わなくても戦闘スキルに魔力を消費するからなんだな

ショウマは一人で納得する。

てことはみみっくちゃんが飲み込んで“動く石像”が溶けてたのも魔力かな

そこはあんまり考えたくないや


「ご主人様が今、みみっくちゃんを雑に扱った気配がしました」



そうこう言ってるうちに石巨人は砕け、石のカケラになる。


「終わったのかな」


しかしドロップコインが現れる気配もハチ子たちがLVアップする気配もない。



「ダンナ。恐ろしいダンナですね…」



商人さんのローブから面が落ちる。

そこには何も無い。


「商人さん

 あなたは何者ですか」


「アッシは…アッシは…」


ローブの下から見えていた足も無い。

さらには人の形を取っていたローブも地に落ちる。

そこには何もない。

いや。

何か光るものが有る。

プラズマのような物が彷徨っている。



「あれはまさか…

 “迷う霊魂”(レイス)です!

 物語だけの存在かと思ってましたですよ…」




【次回予告】

“迷う霊魂”

 それは実体の無いアンデッド。何十年も遭遇したという記録は無い。

 伝説上の“迷う霊魂”は亡くなった人々の無念な気持ちや恨みが集まって出来た存在だ。それには実体が無いから物理的な攻撃、武器による攻撃が効果無い。しかし“迷う霊魂”からは攻撃してくる。魔法による攻撃だ。

「よろこんでどうするんですか。こっちにも飛び火したらどうすんですか。みみっくちゃん木の鎧なんですよ。燃えちゃいますよ」

次回、魔法に対抗できない冒険者は一方的に攻撃されるだけ。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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