第30話  五日目その7


【ある男の物語】

商人志望の男は迷宮都市にやってきた。

以前は帝国領にいた。

帝国領は亜人差別のある土地だ。

男は鼠の亜人に産まれついた。

そこで帝国領を脱出して迷宮都市に来たのだ。

多少の蓄えはここまでくる旅費で消えた。

店を出すような元手が無ければツテも無い男だが、大きな商店で雇ってもらえた。

他の街にも支店が有るような大きな商会の支店だ。

最初は下働きだが当然だ。

商人への第一歩だ。

………


必死で頑張る男だ。

ここでは頑張った分給料がもらえるのだ。

当たり前と思うかもしれないが、帝国ではそうはいかなかった。

亜人差別の無い迷宮都市だが、彼の見た目はここでも醜いと言われる外見だ。

顔を隠す方法を考える。

ひょっとこの面でも被れば、商店のキャンペーンに見えるのではないだろうか。

………


男は必死で働いた。

誰より早く出勤する。

店の掃除だ。

お客様を迎える準備をするのだ。

誰よりも遅く帰る。

商品の補充と在庫の整理だ。

キミは良く働くと店長に褒めてもらえた。

同僚たちにも認められた。

彼が仕入れてきた商品はモノがいいと評判になった。

この商店は大きい。

売り場を分け、それぞれ担当者に任せる仕組みだ。

先輩たちは言う。

オマエが売り場を任せられる日も近いだろう。

………


男は必死で働いている。

休日も取らない。

人が担当している売り場を見ていると分かる。

手を入れれば入れるほど売り場は良くなっていくのだ。

先輩から吸収する。

いずれ自分が担当となった時のために。

同期に入社した者の中から売り場担当になった者が出た。

羨ましい。

が人を妬んでも仕方ない。

自分も頑張るのだ。

………


男は必死で働いている。

まだ売り場担当にはなっていない。

だがやりがいが生まれた。

彼女が出来たのである。

一年後輩の女性だ。

仕事を教えながら親しくなった。

男の仕事ぶりは同僚たちにも評価されている。

彼女もその評価を聞いて男に敬意を持ったらしい。

仕事をしていても楽しい。

休日返上も苦にならない。

………


男は必死で働いている。

まだ売り場担当にはなれない。

同期に入った者は全員何かの担当になっている。

男の後に入社した者ですら担当になり始めている。

男は焦りを感じている。

最近彼女が冷たい。

男が話しかければ返すがそれだけだ。

男が貯めた金で送ったプレゼントも以前はすぐ身に着けて仕事していた。

最近送ったプレゼントは身に着けてるのを見たことが無い。

何故か自分が送った商品より上等なモノを身につけている。

それも男の焦りに拍車をかける。

………





「ああ そこが倉庫でさ」


ショウマたちに『迷宮商人』が言う。

黒いローブにひょっとこの面、商売繁盛のハチマキを付けた男だ。


そこは行き止まり。

大きな扉が有る。

金庫の扉のようにダイヤル式鍵が付いている。


「これは『失われた技術』の扉でさ。

 驚くでしょう。

 この鍵、まだ動くんすよ」


「ここですよ、ダンナ。 

 ここに『毒消し』の材料がありやす」

「どこ?

 暗くて見えないよ」


扉を開けた先は暗く、下に広い空間がある。

ショウマとみみっくちゃんが扉から身体を乗り出す。

下方には水面が見える。


「下は水面ですよ。何でしょう。地底湖ってヤツですか? 1階に有る湖は人造湖っぽいですが、これは天然のモノに見えるですよ」


「ええ、『毒消し』の材料は水に沈めとけば傷まないってんで沈めてあるんすよ」

「『カエルの死体』か」


身体を乗り出すショウマとみみっくちゃんをいきなり商人が押す。


ザッパーン


下に落ちるショウマとみみっくちゃん。


「うわ、

 溺れる溺れる」

「ショウマさまっ」


ケロ子はすぐにショウマの後を追って飛び込む。


「キサマ 王に何をする?」

「何をするんですか」


「『毒消』の材料に案内してあげただけっすよ」


「おのれ! ハチ美、この男を捕まえておけ」

「はい。捕まえます。姉様は?」


「私は王を助けに行く。飛翔できる私が助けに行かねば」

「ズルイです。私も飛翔できます。私が行きます」


「アッシは何故お客様にこんな?…

 冒険者は殺す… 

 いやアッシは商人で…

 なんで商人のアッシが迷宮なんかに」


「お前何をブツブツ言っている?」

「何を言ってるんです?」


「アッシは、アッシは誰ですか?」


「何を言ってる? 商人だろう」

「そうです『迷宮商人』」


「冒険者は殺す…

 アッシは…アッシは…」

 

商人から面が落ちる。

ローブのフード下には何もない。


「透明人間?」

「中身がありません」


そこにはからっぽのローブが有るだけだった。




ショウマは泳げない。

いや。

小学校のプールで息継ぎ無し10Mなら泳げたはずだ。

遠い昔の事である。

それ以来、海にもプールにも行ってないのだ。

泳ぎ方など忘れている。

中学校の体育の授業に一度も参加しなかったのはダテじゃないのだ。


「ご主人様、ご主人様。大丈夫です。みみっくちゃん、浮くですよ。浮き輪です。ブイですよ。みみっくちゃんに捕まってください。やっときました。ご主人様をみみっくちゃんが助けるターンですよ」

「木の鎧に木の箱。

 イカダみたいになってるよ」


みみっくちゃんに捕まって助かるショウマ。


「あれ、でもここ足が着くや」


落ち着いてみると水位は低い。

水は立ち上がったショウマの胸元くらいまでだ。

 

「ショウマさまっ」


「ケロ子」

「大丈夫ですかっ

 ショウマさまっ」


華麗に着地するケロ子。


「大丈夫だよ

 ケロ子こそ飛び降りて平気」

「はいっ。ショウマさまが買ってくれた丈夫な靴ですっ

 痛くも痒くも有りませんっ」


「みみっくちゃんのターン、もうお終いですか。そうですか…」



「王よ 無事ですか?」

「無事でしょうか」


そこへハチ子、ハチ美が下りてくる。

透明な羽を羽ばたかせている。


「うん。

 商人さんは?」

「それが、あの男消えてしまいました」

「消えたのです」


「消えた?

 素早く逃げたって事。

 神出鬼没?

 怪盗〇ッド?」


「いえ。その、我らの目の前からスッと」

「透明になり、消え失せました」


何かの仕掛け?

隠し通路?

でもハチ子、ハチ美の超感覚を逃れるなんて


「王! お気を付けください。近付いてきます!」

「近づいてきます!」

 

「分かるよ~」


だって水面が揺れている。

ショウマにも聞こえる。

何かが動く音。

大きい。

大きい何かが近付いてくるのだ。

水が大きく揺れる。


「ショウマさまっ。

 大きいカエルですっ」


「カエル! みみっくちゃん知ってますよ。“毒蛙”の体長は50cm前後です。あれはどう見ても“毒蛙”じゃないです。

 だって私たちが見あげるサイズですよ…


「近づいてくるのは一体ではない」

「一体ではありません」


「何匹くらいいるの~?」


「…およそ10体ほどです」

「10体ほどです」


ショウマにも見える。

“巨大猛毒蟇蛙”の集団。

まだ相当離れているはずだが、巨大すぎて距離がわからない。



みみっくちゃんはパニックになってる。

「怪獣ですよ。バケモノですよ。大きいですよ。山が動いてるですよ。

 見ろよ、山が近付いてくるぜ! ですよ 

 子供のころ、俺はあの山を動かそうと思って歌い続けていたんだ! ですよ」 


ケロ子はビックリしている。

「大きいカエルさんっ、親兄弟がいたんですね。

 でもマズイですっ。ワタシたちカエルさんが歩いただけで潰されちゃいますっ」


ハチ子、ハチ美は冷静に考えている。

「あれはデカすぎる。我らでも敵う相手ではない」

「敵わないです」


「王よ逃げましょう。敵に背を向けて逃げるは騎士の恥」

「ですが、あれはすでに魔獣と言うレベルではありません」


「いうなれば嵐とか火山です。ここは逃れるべきでしょう」

「逃れるべきなのです」



“巨大猛毒蟇蛙”が近付いてくる。

どうやら奥の方は水面下が深いらしい。

頭部しか見えなかった“巨大猛毒蟇蛙”が胴体まで見えてくる。

徐々に体が大きく高くせりあがってゆく。

辺りの水が大きく動いている。

“巨大猛毒蟇蛙”が一歩歩く。

“巨大猛毒蟇蛙”が跳ねる。

その度に大波がショウマ達を揺らす。




「みみっくちゃん 死んじゃうですか。せっかく生まれてきたのに、こんなうす暗い水たまりでカエルに踏みつぶされて死ぬですか。

 ご主人様の寵愛だって、まだ一回しか受けてないですよ。短い人生でした。

 というか待ってください。本当に短くないですか。みみっくちゃん少女になってからまだ3日しかたってないですよ。しかも一日目は気絶してましたから、実質二日ですよ。

 いくなんでも短くないですか。泣きゲーだってそんなヒドイ目に遭うヒロインいないですよ…」


「ショウマさまっ

 逃げましょうっ」


「……

 やったね!」


ショウマは明るく笑っている。


「王よ、あなたは?」

「王よ、あなた様は?」


「ケロ子とみみっくちゃんの分だけじゃなくて、ハチ子、ハチ美の分まで来てくれたじゃない。

 『毒消し』の材料が有るって。

 商人さんは本当のこと言ってたんだな。

 騙されたかと思っちゃった」


「ショウマさまっ?」

「ご主人様 ついについに頭おかしくなったですか。いやもともとおかしい人ではあったんですが、そういう意味でヤバイ人間では無かったですよ」

 


 


『絶対零度』




凍り付いていた。

ショウマの前方が。

音を無くした空間。

水面はもう動いていない。

見渡す限りの氷。



音がしなくなった世界でみみっくちゃんが喋り出す。


「何ですか、なんですか今の。みみっくちゃん聞いた事無いですよ。見たことないですよ。

もしかして、もしかして、もしかして、ランク5の魔法ですか?

 ランク5って伝説級!なんですよ。

 ランク4ですら普通人間の魔術師は一生かけて辿り着かない、辿り着けないんですよ。もしも覚えたとしても魔力が足りないですよ。使いこなせないですよ。

 そういう域なんですよ。それを…今日、何回魔法を連続して使ってると思ってるんですか。10回や20回じゃないですよ…」


「王、これはいったい…」

「王、これはいったい…」


「さすが ショウマさまっ」


全員呆然としてショウマを見ている。

いや全員じゃなかったみみっくちゃん、ハチ子、ハチ美だ。

ケロ子はいつも通りショウマを賞賛している。

ケロ子以外の従魔少女たちはケロ子もオバケでも見るような目で見てる。



「えー。

 前にも使ったじゃん。

 あれ、でも使ったのは一人の時だっけ?」


「寒いっ!

 水が冷たい~。

 ハチ美、

 僕を抱えて飛んでよ」


確かに水が冷たい。

少し先から水面が凍り付いてるのだから当然だ。


ハチ美がショウマを抱えて飛翔する。


「ハチ子、

 ケロ子とみみっくちゃんをお願い」


「アタシは大丈夫ですっ」


ケロ子はジャンプしていく。

突き落とされた扉は遥か上の方だが、岩壁を蹴り上げながら進んでいく。


「王の命令だ。仕方ない。みみっくちゃん先輩掴まれ」

「ふん。助けられてやるですよ」


「まだ倒しきれてないんだよね~」


ショウマは奥に目をやる。

“巨大猛毒蟇蛙”は凍って入るが、氷に割れ目が出来ている。

動こうともがいているようだ。


これでトドメかな



『竜巻』



“巨大猛毒蟇蛙”たちが地底湖の水ごと風の渦に巻かれて上空へ舞い上がる。

そのまま地面に地底湖の水が叩きつけられる。

“巨大猛毒蟇蛙”たちの姿は見えなくなる。


「……ご主人様、ご主人様、今の魔法もひょっとして…」

「うん。

 ランク5」




【次回予告】

『地下迷宮』の最下層。

それは何処なのか。まだ誰も辿り着いた者はいない。

4階に有るのは冒険者を待ち受ける罠。

では5階に有る物は?

「消化しかけてる? みみっくちゃん、すごい。『石溶かし薬』要らなかったじゃん」

次回、ショウマの出番だ。

 (ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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