第32話  五日目その9


【ある男の物語】


男は迷宮に行く。

彼は人より鋭い嗅覚、聴覚を持っている。

魔獣を避けて行動する。

最初は迷宮でしか手に入らない品物を求めてだった。

湖の側に咲く薬草。

回復薬の材料になると言う。

“歩く骸骨”の残す武器。

魔法の武具が混じっていると言う。

それらを手に入れ売るのはそれなりの金になった。

だが男は満足できない。

迷宮で困ってる冒険者を多数見た。

「回復薬を使い切った」

「武器が壊れた」

「食料が足りない」

何が必要とされているのか確実に記憶する。

それを用意する。

冒険者に用意した商品を売る。

冒険者は男に感謝した。

商人としての自分の居場所を見つけた気がした

迷宮には人に気付かれない隠し通路が無数に有った。

男は人知られず魔獣を避けて2階から6階を行き来した。

………


男は人知られず地下迷宮を行き来する商人となった。

だがここは危険に満ちた地下迷宮だ。

男は“屍食鬼”に見つかってしまった。

傷を受ける男。

命からがら逃げだす。

アンデッドたちを避け地下へ潜る。

普段なら喰らう事の無いアンデッドの遅い攻撃もケガをした彼は避けきれない。

そして男は6階へと逃げ延びた。

傷は広がっている。

出血も激しい。

男は意識を失った。

………


意識を取り戻した男。

それからはヘマをしない。

魔獣に見つかる事は無い。

魔獣が男に意識を払う事すらない。

何故なら男は・・・・だから。

男は縦横無尽に迷宮を移動する。

何故なら男は・・・・だから。

冒険者たちに品物を売る。

何故なら男は商人だから。

たまに冒険者たちを地下へと誘い込む。

何故なら男は・・・・だから。









「あれはまさか…

 “迷う霊魂”(レイス)です!

 物語だけの存在かと思ってましたですよ」


「“迷う霊魂”は実体の無いアンデッドですよ。“歩く骸骨”のような物理的な実体がありません。何十年も遭遇した記録は無いはずです。

 みみっくちゃんの知ってる物語上の“迷う霊魂”は亡くなった方たちの無念な気持ちや恨みが集まって出来た存在ですよ。

 実体が無いから物理的な攻撃、武器による攻撃は一切効かないです。

 そして“迷う霊魂”からも物理的攻撃はありません。“迷う霊魂”は魔法で攻撃してくるです」



“迷う霊魂”から声が馳せられる。

うつろな感情のこもらない声だ。



『炎の乱舞』




「わわっ」




『氷の嵐』



“迷う霊魂”から宙を飛んでくる幾つもの火。

それをショウマが水属性の魔法で消し去る。


「危なかった。

 “動く石像”に試してなかったら対応できなかったよ」

  

「だから魔法を使えない冒険者チームだったら一方的にやられるだけなんですよ」

みみっくちゃんが続ける。


「じゃあ王に任せて、我らに見物してろと言うのか」

「見物してろと言うんですか」


「それは騎士として納得いかんぞ」

「納得できないです」


「仕方ないでしょう。ハチ子とハチ美が何したって効かないですよ。二人とも役立たずですよ。みみっくちゃんと同じですよ。

 あれ、いけない。みみっくちゃん役立たずじゃないですよ」


ハチ子とみみっくちゃんが何か言い合っている。

ショウマは気にする余裕が無い。



『炎の乱舞』



今度はショウマから攻撃する。


うつろな声が木霊する。



『氷の嵐』



ショウマから飛び散る火が氷に消し止められる。


「うわ、おもしろい」

「よろこんでどうするんですか。こっちにも飛び火したらどうすんですか。みみっくちゃん木の鎧なんですよ。燃えちゃいますよ」


「ゴメンゴメン。

 でもまだ大きい魔法行くから、

 避けてね」



『舞い踊る業火』



『氷の嵐』



ショウマから火炎の柱が立ち昇り、“迷う霊魂”へ向かう。

“迷う霊魂”からは氷が吹き荒れるが、火の勢いに氷が対しきれていない。

氷が押し負け“迷う霊魂”が燃え上がる。

ショウマの作った魔法表では『氷の嵐』はも水属性のランク2。

『舞い踊る業火』は火属性ランク4、上位の範囲攻撃魔法なのだ。

どうやらショウマの表は正しかった。

『氷の嵐』を『舞い踊る業火』が上回っている。

下位の魔法と上位魔法がぶつかれば上位魔法が勝つという事が分かった。




『氷の嵐』


今度は“迷う霊魂”から唱える。



『舞い踊る業火』


対抗して唱えるショウマ。

これも炎の勢いが氷を消し去り、“迷う霊魂”が燃え上がる。

ショウマにダメージは無い。


「んじゃ、

 風も行ってみよう」




『旋風(つむじかぜ)』



『落雷』



風が上空から降る雷に勢いが鈍る。

しかし押し切ったのか、“迷う霊魂”が吹き飛ばされる。



「ええええ!

 何今の?

 ズルくない。

 僕知らないよ」







「キョウゲツ!

 なんでアンタがここに居るんだい?」


女冒険者カトレアは叫ぶ。

自分の所属するチーム『花鳥風月』のリーダーの登場に驚いている。


「フム。

 余計な事をしたでござろうか?」

「いや。

 コノハちゃんは嫁入り前の美少女だ。

 ケガしないに越したことは無いよ」


侍剣士キョウゲツが従魔師コノハを襲う“殺人蜂”を両断したのだ。

カトレアはこの男以外に“殺人蜂”を一刀で倒せる者を知らない。


「なんだ。キョウゲツ。

 いきなり走り出したと思ったら」


後ろから現れたのは『花鳥風月』の副リーダー、ガンテツだ。

その他古参のメンバーも一緒だ。


「なんだい。

 ガンテツ、新人はどうしたんだい?」

「新人は今日は休みだ」


「休み? 二人揃ってかい」

「休みを合わせたんだよ」


「新人に休ませて、時に俺らは下層に行っとかないとな。

 なまっちまうぜ」

「そういうやり方か。

 ウチは聞いてないよ」


「当たり前だ。

 休みの取らせ方くらい好きにしろって言ったろ」


他のメンバーも合流して世間話を始める。

コノハとタマモは挨拶して回ってる。


「へー。

 『花鳥風月』は4階まで降りたと聞いてたんですけど

 本当は5階にも行ってたんですね」


「そうだよ。

 でもあそこはまともに探索できるところじゃないのさ」

「4階だってまけず劣らずイヤなところだぜ」


その時、全ての冒険者に聞こえた。

機械的な音声だ。


「重要連絡、重要連絡 これより新ダンジョンが解放されます」






『旋風(つむじかぜ)』



『落雷』



「ええええ

 何今の?

 ズルくない、

 僕知らないよ」


ショウマは大慌てだ。

聞いた事の無い呪文。

『賢者の杖』を持っても心に浮かばないヤツ。

『落雷』

名前から言って雷属性?

雷属性ってだいたいカッコいいヤツじゃん。


「ご主人様、いい加減にしてください。こっちは寒かったり熱かったり大変ですよ」

「分かったよ。

 僕も疲れてきたし」


まだ試してない魔法が一つある。

ここで試すのがちょうどいい。




 『灼熱地獄』





輝く物。

大地から赤とオレンジに輝く物が噴き上げる。

どろどろとした奔流。

それは火なのか。

いや。

溶岩。

マグマ。

惑星の内部で渦巻くエネルギー。

鉄をも溶かす熱の奔流に“迷う霊魂”が呑み込まれる。


『……』

“迷う霊魂”はもしかしたら対抗魔法を使ったかもしれない。

でも見えない。

聞こえない。

熱の奔流に溶かされる。

熱気がショウマたちにまで届く。


熱が消えた後には何も残らない。

宙に飛んでいた光るもの。

その有った空間には何もない。



何故か下に落ちていたローブだけ残されている。



「アッツー。

 一瞬だったけど、

 すごい暑さだったね。

 サウナ?」

「…ご主人様…だからですね。ランク5の魔法というモノはですね…

 一日に何回も使うモノじゃないんですよ。分かりますか。言葉通じてますか…

 みみっくちゃんの言う事聞いてますか…

 ご主人様はみみっくちゃんの扱いが雑です…」




『LVが上がった』

『ショウマは冒険者LVがLV17からLV18になった』

『ケロコは冒険者LVがLV12からLV15になった』

『ミミックチャンは冒険者LVがLV10からLV13になった』 



ローブを持ち上げて見るショウマ。

中には何かあった。

商人さんが持ってたメモ帳だ。


ショウマはメモ帳を開いてみるけど、汚れていて読めない。


「ご主人様、みみっくちゃんにください」


みみっくちゃんに渡してみると んがっと飲み込んでしまった。


「あの人は本当に商人だったみたいですね。亡くなって一年と経っていません」

「分かるんだ?」


「…はい」

みみっくちゃんは涙ぐんでいる。

どうしたのかと思うと話し出す。


商人さんは帝国領で生まれました。

帝国領は亜人に対する扱いがよくありません。

なので商人さんは迷宮都市に来ました。

ここなら亜人差別も無いですし、商売のチャンスも有ると思ったのです。

商人さんは迷宮都市にツテも無いですし、元手も有りません。

商人さんは大きな商会に下働きで雇われました。

待遇は良くは無かったですが、商人さんは必死で働きました。

朝は誰より早く出勤し、売り場の掃除をします。

帰りは誰より遅く帰って商品の補充を欠かしません。

商人さんは良く働くと店長に褒められました。

ところが商人さんはなかなか売り場を任されません。

商人さんと同時期に入った子たちは次々と売り場を任されていきます。

商人さんはもっと頑張って働きます。

それでも下働きのままです。

ついには後輩の子たちまで売り場を任されるようになります。

さすがにガマンしてきた商人さんも店長に聞いてみます。

何故自分には売り場を任してくれないのかと。

店長はこう答えました。

「醜い亜人のオマエに売り場を任せる訳ないだろ。

 雇ってもらえるだけでも感謝しろ」

商人さんはずっと騙されていた自分に気付きます。

商人さんは大きい商会を飛び出します。

どうしよう。

今まで働いたお金は貯めいているけれどお店を出せるほどじゃありません。

商人さんは思い立って迷宮に行きます。

商人さんは罠に詳しく、鼻も利きます。

他の人より先に魔獣が近付いてくるのに気付けるのです。

迷宮の隠し通路を見つけ、地下にまで降りていきます。

地下迷宮で困っている冒険者さんたちへの商売です。

『回復薬』が足りない、食料がもう無い、武具が壊れた。

そんな冒険者さんたちに必要な物を売って歩くのです。

冒険者さんも感謝し、商人さんも儲かるのです。

商人さんは頑張りました。

『迷宮商人』の名前を知る者も出てきました。

だけど迷宮は危険な場所です。

いつまでも魔獣から逃げてはいられませんでした。

商人さんは“屍食鬼”にみつかりケガを負います。

傷を負いながら逃げ出した商人さん。

隠し通路に逃れ地下6階に行きつきます。

そして力尽き息を引きとりました。



「悲しい話ですっ」


「しかし、我らは商人さんと会ったし話もしたぞ」

「話をしました」


「多分6階で“迷う霊魂”に取り込まれたんだ」


みみっくちゃんはショウマの言葉に頷く。


「はい。“迷う霊魂”は亡くなった方たちの無念な気持ちや恨みが集まってできた死霊と言われてます。商人さんの気持ちも取り込んだんでしょう」


“迷う霊魂”に取り込まれた商人さん。

そして商人を続けたかった商人さんの気持ち。

取り込まれながらもその気持ちが『迷宮商人』として現れた。


「ちなみにみみっくちゃん

 その大きい商会って」

「はい。ルメイ商会です」


「そう…」


「商人さんを騙した。

 それもあのヒゲ店長の仕業…」


「許せなくない?」


昨日の出来事と合わせて納得いかない想いが募るショウマだ。



「重要連絡、重要連絡 これより新ダンジョンが解放されます」


その時機械的な声が響いた。


「えっ何これ」



「ダンジョン『地下迷宮』にて特定ボス魔獣:“迷う霊魂”の敗北を確認しました。

 特定ボス魔獣:“迷う霊魂”の敗北を確認しました。」


「これによって、ダンジョン『静寂の湖』『竜の塔』が解放されました」


「『地下迷宮』はこれより『地底大迷宮』と名称を変更し、7階より下への侵入が可能となります」


ショウマがリーダーを務めるチーム:ペガサスは“迷う霊魂”に勝利し、『地下迷宮』を踏破した。

それはショウマが冒険者組合に加入して5日目の事だった。




【次回予告】

ガンテツは地下迷宮の実力者ならだいたい知ってる。

魔術師を中心としたチーム 『暗き黄昏』

重戦士ハンドレッドベアーをリーダーとした 『誇り高き熊』

やり手婆さんサラが仕切る大人数チーム 『名も無き兵団』

狂戦士ブラッドサースティタイガーの 『獣の住処』

「キキョウさんが逃げた!あれは逃亡!間違いなく逃亡!」

次回、ショウマとチーム『ペガサス』の名前は無い。 

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)



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