第14話  三日目その5


捕らわれたショウマ。

今ショウマは『賢者の杖』を持っていない。

彼の心に浮かぶ火属性の魔法は二つだけ。


『炎の玉』

『炎の乱舞』


ショウマの火属性の魔法はランク2だった。

『炎の玉』がランク1で使える魔法。

そしておそらく『炎の乱舞』がランク2になると使えるようになる魔法だ。

『賢者の杖』を持っていれば心の中に魔法がたくさん浮かんでくる。

『炎の乱舞』も『舞い踊る業火』も『炎の玉』も。

どれがどれやら分からない状態になる。

『舞い踊る業火』は使えない。

今は彼の心に浮かんでこないのだ。

まあいい。

弱い魔法の方が周りに何が有っても迷惑も少ないだろう。


『炎の乱舞』


ボッ

ボッ

燃えている。

宙に火の玉が燃えている。

暗い迷宮の闇に火の玉が浮き上がる。


ショウマを中心に燃える火の玉は四方に飛び散った。

火の残像が闇を切り裂く。



“屍食鬼”は動転していた。

袋に棍棒を叩きつけようとしたら、宙に火が浮かび上がった。

それも幾つも。

火が飛び散った。

自分の髪も火が付いている。

燃えている。

「グッ! グッ グガァッ!」


ショウマはあっさりと袋から出る事が出来た。

袋を上からかぶせられていただけなのだ。

地面に降りればすぐ出られる。


辺りは火の海だった。

“屍食鬼”の隠れ家に火が付いたのだ。

隠れ家には彼らの食料や着物なのかボロ布が置いてあった。

それらに火が付いた。

釣ってあった屍肉が燃えている。

“屍食鬼”が駆け回っている。

着ていたボロ布や髪に火がついたのだ。


「うわっ。

 サンバカーニバル?

 ただし汚い」



ショウマは驚きはしたが、やらかしたかなという反省はない。

どう見ても周りにいる連中はまともではない。

火を点けても彼が悪いと攻められる筋合いは無さそうだ。

だってその証拠に棍棒を持ってショウマを襲おうとしている。





魔術師と槍戦士、新入りの戦士は酒場で呑んでいる。


「イヤ、魔法を実戦で使えるなんてスゴイっすね。

 おれ、魔術師って王国のお抱えくらいしかいないと思ってました」


「いるよ。冒険者にもたくさんいるさ。

 貴族や王国にヘイコラしなくていいし。

 稼ぎは実力次第。

 そっちがいいってヤツもたくさんいるさ」

「そうなんすね」


ああ。

でも大半は王国のお抱えから落第したヤツらだけどな。

魔術師は心の中で呟く。

おれみたいに。

彼は火属性の魔法が得意だった。

『炎の玉』でどんな敵も倒せた。

若くしてランク2に辿り着いた。

だがダメだった。

『炎の乱舞』が使いこなせない。

一度唱えたら魔力切れを起こして気絶する。

冒険者になってLV20を越えた今では2回までなら使えるようになった。

それでも2回唱えたら、その日は他の魔法を使えない。


おれ独りじゃないさ。

魔術師は自分で自分に言い聞かせる。

未成年のうちから攻撃魔法を使える人間は王族、貴族に目を付けられる。

誘拐同然に親元から買い上げ、使えなかったら放り出す。

王族、貴族のお抱えになるのは一握りの特殊な才能の持ち主だけだ。


「よーし、もっと飲め」

「いただきますっ」








『炎の乱舞』


“屍食鬼”が跳び下がる。

ショウマから再度無数の火の玉が放たれたからだ。

辺りが燃え盛るが棍棒を構えた“屍食鬼”はまだ倒れていない。


「あれ、まだダメか?」



『炎の乱舞』



「もう一発」



『炎の乱舞』



「ダメ押し」



『炎の乱舞』



「あれ?」


ショウマは辺りを見回す。

そこら中が燃え盛っている。

“屍食鬼”はとっくに倒れている。


「マズイかな?

 僕火の海の中にいる?」






「ショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさま

 ショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさま」


ケロ子は迷宮を走り回っている。

目の前に立ちふさがるガイコツを倒しまくりながら。

“歩く骸骨”が何体居ようが体当たりで粉砕する。

“骸骨弓戦士”が弓を番える間もなく突撃する。

“骸骨重戦士”が盾を構えていても破壊する。



「ショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさま

 ショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさま」


その耳が捉える。

爆発音を。

燃え盛る音を。

何度も聞いた音だ。

主のそばにいた時に。



「ショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさま

 ショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさま」


従魔は駆けだす。

音のした方角へ。





「これまずくない?

 孤独な少年 アパートで不審死?

 火元は『炎の玉』みたいな?」



『氷撃』


駄目だ。

氷魔法を使ってみるが辺りの火の強さに敵わない。

それでもショウマの近くだけ少し火が弱くなる。


『切り裂く風』


「うわ~、

 火が強くなる~。

 酸素を送り込んでるからだね。

 って、小学生の理科の実験じゃないんだよ~」


もしかしてマズイ

もしかしなくてもマズイ


『氷撃』


ショウマは自分の周辺を少しでも冷やそうとする。

『賢者の杖』があれば水属性の魔法がいくらでも使えた。

今心に浮かぶのは『氷撃』だけだ。


不安が押し寄せる。

ケロ子は何処にいるんだろう。

自分もマズイけど彼女は大丈夫なのか。

彼女は何処に居るんだろう?

自分は何処に立っているんだろう。


その時ショウマの耳に声が飛び込んでくる。

聞き慣れた声だ。



「ショウマさまっショウマさまっショウマさまっ」


「ケロ子! ケロ子! ケロ子!

 何処にいるの?」


「ここですっ、ショウマさま!

 ケロ子はここですっ」


声は近い。

が姿は見えない。

声は壁のほうから聞こえている。

どうやら壁を隔てた先にケロ子がいるのだ。



『氷撃』


壁に魔法をぶつけてみる。

壁が少し崩れるが、まだ先は見えない。


『氷撃』


さらに壁に魔法を撃つ。

壁の薄くなったところに少し穴が開いている!


「ショウマさまっ」


そこからケロ子の声が聞こえる。


「今、行きますっ!

 待っててくださいっ」






「ショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさま

 ショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさまショウマさま」


ケロ子は走る。

音が聞こえたのはこの近くだ。

だけど何もない。

通路だけだ。


その時かすかに聞こえた。


『氷撃』


ショウマさまの声だ!

間違いない! 


「ショウマさまっショウマさまっショウマさまっ」


「ケロ子! ケロ子! ケロ子!

 何処にいるの?」


「ここですっ、ショウマさま!

 ケロ子はここですっ」


ついに聞こえた。

ショウマさまの声っ。

今すぐそのお姿を見たいのに見えないっ。


『氷撃』


かすかに聞こえる声。

ケロ子の少し先、通路の壁が揺れる。

ショウマさまどこ?


『氷撃』


又壁が揺れる。

壁に小さな穴が開いている。

穴から懐かしい音が聞こえる。

炎の燃える音。

そして知っているニオイ。

ふところに宝物のように大事にしまっている杖。

その杖についているニオイと同じニオイ。



「ショウマさまっ」


「今、行きますっ!

 待っててくださいっ」


ケロ子は少し後ろに下がる。

今まで何度も練習して来ている。

ガイコツを一撃で倒してきている。

こんな壁が破れないハズが無い。

ケロ子は金属製の手甲を付けた腕を前に押し出す。

頭部を庇う前傾姿勢。

全身の筋肉に力を込める。



『体当たり』




壁が崩れる。

通路と室内が繋がる。


室内で火が燃えている。

だけど従魔の少女は気にしない。

飛び込む。

飛び込んで主の胸に抱き着くのだ。


「ショウマさまっ ショウマさまっ」


周辺は火が燃え盛っている。

氷魔法の影響で火の弱い場所がある。

火の弱い場所を選んで従魔師の少年と従魔の少女は抱き合う。


「ケロ子! ケロ子!

 駄目だよ。

 火傷するよ。

 衣装が燃えちゃうよ」


ショウマは注意するけど声は怒っていない。

むしろ優しい、包み込むような、甘やかすような声だ。






その頃冒険者組合では…


「アヤメ~、大変だったんだよ~」

「はいはい。ご苦労様です」


「もっとちゃんと聞いてくれよ。

 ウチ新人の面倒みるなんて向いてないのに」

「もう聞きましたって」


「キョウゲツとガンテツがウチに押し付けるんだ~」

「もう3回目です」


アヤメがカトレアのグチに着き合わされていたのだった。


こうして冒険者たちの夜は更けていく。










拙作を読んでくださった方

ありがとうございます。


ここで一区切りです。

次回から新展開。

新たな従魔少女も加わって さらに面白く

なる…のか…?


章編成も考えてますが、もう少し進めてからまとめてやります。


ご意見ご感想など下されば、作者が嬉しさに震え上がります。

☆評価も是非。

お待ちしてます。


では次回予告です。



【次回予告】

「ご主人様ですね。よろしくお願いします。昨日は挨拶もしないでゴメンナサイでした。あの時は実は混乱していまして、脳に負荷がかかったと言いますか、あまりの衝撃を受けたと言いますか、で身動き取れなくなっちゃったんです。誰でもビックリしますよね?四角かった自分の体が丸や長方形、楕円色んな形を集合させた複雑な形状の物体になってるんです。驚きです。レゾンテートル崩壊です…」

次回、新たな従魔の少女がまたひとり…

(ボイスイメージ:屋良有作(最後の部分のみ)でお読みください)

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