第9話  二日目その3


「冒険者組合には誰でも入る事が出来ます。

 もちろん犯罪歴が無い事など最低条件は有りますが、国籍人種性別を問いません。」


「この街は冒険者のために作られたので、冒険者には優遇制度が有ります。

 公認されたお店では割引で買い物できますし、宿屋、食事処も同様です。

 入都市税も冒険者なら無料です」


結局アヤメは二人に説明をしていた。

ケロコという変わった名前の女の子はいい。

真面目に聞いてるし、やる気も有りそうだ。

問題は男性の方だ。

そっぽを向いてあからさまに聞いてない。

加入した時に説明し損ねたのを怒ってるみたいだ。

説明があるから待っててと冒険者証を渡す前に言うべきだった。

アヤメ側も悪いと言えば悪い。

けど何も聞かないで行っちゃったのはそっちだとも言いたい。


この前はおどおどした美少年風に見えたのに

なんでアタシにはえらそーなの

だいたいどう見ても冒険者志望に見えないよね

冒険者になれば女の子にモテル

そんなカンチガイで来るヤツっているんだ

さすがにそんなバカじゃなさそーだけど

初めて説明やるのに

こっちも緊張してるのに

いきなり二人相手になるし

アタシってだいたい運が悪い



ショウマは特に怒ってるワケでは無い。

習性なのだ。

相手に非が有って、低姿勢に出られると態度が大きくなる。

ろくでもない習性である。

そっぽも向いてない。

『組合加入のしおり』を読んでいるのだ。

アヤメという娘の説明は慣れてないのか教科書丸読みだ。

だったら自分で読んだ方が早い。

すでにショウマは読み終えていた。

たいした事は書いていない。

迷宮を出た街での戦闘行為は禁止だとか、魔獣と戦闘して大怪我をした場合保険金が出るとか組合にお金を預けた方が良いとかその類である。

お金を預けるのは利用するかもしれない。

硬貨が大分増えてる。

持ち歩くのが手間だ。





「冒険者は優遇制度が有る分、義務も有ります。

 月に一件は依頼をこなさないとイケマセン。

 これを怠ると冒険者証を取り消されます。

 再発行する場合手数料がかかります」


「ふーん。

 商人が魔獣と戦う気もないのに冒険者証貰って 入都市税浮かせる、

 そういったケースへの対策?」


「そ、そうです」

「さすがですっ。ショウマさまっ」 


「そしたら月に一件だけ一番簡単な依頼をこなせばいいんじゃない。

 そうして来たら組合はどうするの?」


「ク、階級(クラス)制が有ります。

 初心者にはそこまで大きな優遇は有りません。

 階級が上がれば上がるほど優遇率は上がります」


ちゃんと聞いてたんだ

説明聞いてない風だったじゃない

なんでいきなり変に詳しい質問するの?

アヤメはショウマにたじろぎながら教科書通りの説明をする。


「ケロコさんが付けている冒険者証には

 階級:ラビットと書いてあるでしょう。

 厳密にいうとケロコさんはクラス:リトルラビットです。

 リトルラビットから3件依頼を達成するとラビットになります。 

 さらに条件を達成すれば、クラス:ドッグになります。

 これは件数だけじゃないです。

 難しい案件か、重要な依頼も達成する必要が有ります」


「ラビットからドッグにならずに2年経ったら組合から除名になります。

 冒険者に向いてないので別の仕事をオススメするワケです」


「じゃあ、クラス:ドックから一人前って事?

 正社員?

 お試し期間終了?

 その上の階級は有るの?」


「その上は有ります。

 クラス名は個人の才覚で決まります」


「?」


「魔獣退治が得意な人はクラス:ハンターフォックス

 防御が得意な人ならガードドッグ

 ガードタートルなんて場合も有りますね。

 弓矢が得意ならアローエイプ 

 この辺は同じ階級の人がたくさんいます」


「特別に強い人とかケタ違いの特技を持ってる人は1人しか使わないような特殊なクラス名になります。

 地下迷宮だと有名な冒険者はクラス:シルバーサーペントのキョウゲツさんですね。

 『聖女』と呼ばれる教団の冒険者代表はクラス:ホーリーエレメント」    


「おおっ 何それ?

 二つ名?

 コードネーム?

 他にどんなクラス名が有るの?

 聞きたい、聞きたい」


ショウマの中二心がくすぐられる。


「僕だったら

 マジックホース?

 イマイチ響きが良くないな

 ソーサラーペガサス?

 クラス:ソーサラーペガサスのショウマとか名乗るのか。

 良くない?」


「カッコイイですっ、ショウマさまっ」

良く分かってなくても同意するケロ子。


「よーし、

 ちょっとヤル気が出てきた。

 階級が上がる条件て何?

 詳しく教えて」

「ちょっと待って!

 まだ初心者説明が終わってません。

 特殊クラス名なんてよっぽどの人にしか付かないの」

 

あなたには10年早いわと言う言葉を噛み殺すアヤメ。


「ええ~っ

 秘密事項?

 おかしくない?

 今後の目標だよ。

 具体的な目標が分からないとやる気出なくない?

 新人のやる気をそぐの?」

「あうっ。

 分かりました。

 リトルラビットからラビットに上がる方法は言いましたね。

 簡単な案件でいいから3件達成するだけです」


「一番簡単な案件て何?」

「…その人の得意な事にもよるけど、

 “吸血蝙蝠の退治”

 “湖付近の薬草を取ってくる”

 かな。

 吸血蝙蝠は放っておくとドンドン繁殖し、地下迷宮から出て街を襲うの。

 蝙蝠を倒した場合、証拠の牙か羽を組合に提出してください。

 組合からの常設依頼ね」 


「それを幾つもこなせば、クラス:ドッグになれるの?」

「いーや。

 だから、気が早いってば」


「ドッグになるには組合が冒険者の姿勢を判断してからです。 

 真面目に探索しているという評価や、

 組合が出してる依頼に積極的に参加してくれるとか、

 そういうのを総合的に判断するの」

「うーん。

 めんどくさいな。

 信頼度アップ?

 贈り物でもしないとダメ?」


アヤメも本当はドック以上の階級が上がる詳細な条件は知らない。

今のはキキョウ主任が言っていた言葉の受け売りだ。

それを聞いた新人冒険者は口の中でブツブツ言ってる。

組合は賄賂は受け取らないぞ。


 

「その評価してくれる依頼ってのはどんなの?」

「今なら

 “『毒蛙の死体』を取ってくる”

 でしょうか。

 “毒蛙”からまれにしかドロップしないので運も必要とされる難しい案件です。

 『毒蛙の死体』は毒消しの材料になります。

 毒消しが足りなくて、冒険者はみんな困っています。 

 今一番必要とされてる重要な案件です」


「じゃあさ」


ショウマは手提げ袋を漁る。

服屋で買い物した時貰った袋に持ち物全部入れていたのだ。


「ここに『毒蛙の死体』5個有るよ

 これでクラス:ドッグになれるね」


「えっ

 えっ えっ

 ええええええーっつ!」

 



「オイコラ

 アヤメちゃんの初心者説明に割って入って

 文句着けてるって言うチンピラはオマエか?」


その時、部屋に入ってきた女性がいる。


「クラス:アローエイプのカトレアってもんだ。

 アヤメちゃんに文句着けるんならウチが相手になるぜ」

「カトレアさん!」


「ショウマさまっ、何処へ行くんですかっ?」


ショウマはすでに廻れ右していた。

素早い。

入ってきた女冒険者の目に入らないようしゃがんで移動している。

扉は? 女が入ってきた一箇所しかない

窓は? 鍵が閉まってる

扉から女の目を盗んで抜け出せない?



「カトレアさん。

 違うんです。

 昨日アタシが新人さんに説明をし損なって…」


「ショウマさまっ? かくれんぼです?」


「おいっ、そこの。今なんて言った?

 ショウマって言わなかったか」


ギロリ!

女冒険者が目を光らせる。

そこにはゴキブリのように身を隠したショウマがいた。


「ショウマ! お前何故ここに居るんだ?」


「いや 

 カ…カトレア姉さん…

 久しぶりですね」


ショウマの声は震えている。


「ねえさん?!」

「お姉さまっ?!」

 


「お前、村を出てきたのか。

 どうやって?

 お前の体力で街まで辿り着ける訳ねーだろ」


「馬車に乗って来たんだよ。

 もちろん村長の許可は貰ったよ」

 

「なに~。

 村長のヤロー、

 ウチは乗せなかったくせに!」


しまった!

藪蛇だ!

カトレアが怒っている。

このままだとさらに怒り出す。

怒り出すと止まらないのだ。

ショウマは良く知っている。


「ストップ!ストップストップ! スゥトォップー!」


ショウマはスックと立ち上がり、流れるように喋り始める。


「カトレア姉さん。

 お元気そうで何よりです。

 旧交を温めたいところですが申し訳ない。

 僕はこれからどうしても外せない用事が有りまして、

 忙しい身ですのでこれで失礼致します」


「受付の方、

 丁寧な説明ありがとうございました。

 大変参考になりました」


「ケロ子っ、行くよ!」


「では、

 これにて失礼します」


カトレアとアヤメが唖然としている内にショウマは一礼して部屋を出る、一気に走り出した。


「ショウマさまっ」

「良かった。

 あの人、ずらずらっと一気に話すと理解できなくて硬直するクセが有るんだ。

 今のうちに退散しよう」


「でも焼き鳥…

 今夜のご飯が無いです」

「そうか…

 じゃあすぐ買えそうな物をパッと買おう」




 

ケロ子とショウマは背負い袋を担いで、地下迷宮に入った。

荷物が増えたので、担げるタイプの袋を購入している。

重いので新鮮な肉野菜をタップリとはいかないが、パンにベーコン、干し肉、果物、調味料など数日は保ちそうな量を買った。


「迷宮の足元、岩にコケが生えてて滑るもんね。

 両手塞いじゃダメだよ」

「ショウマさまっ、さすが良く考えてますっ」


戦闘の事はまったく考えていない。

いまだに防具一つ買っていないショウマだ。



………

そいつは獲物を待っていた。

“闇梟”

彼と出くわした冒険者は少ない。

普段の彼は水辺にいる「ケロケロ」鳴くものを食料としている。

2本足の獲物を捕獲する必要は無い。

だが昨夜は食料を見つける事が出来なかった。

あれだけたくさんいた「ケロケロ」鳴くものの姿が無い。

彼は空腹で夜を過ごした。

彼の身体は地下迷宮の暗闇に溶け込む。

誰も見つける事は出来ない。

だが、彼からは見えるのだ。

今日は2本足の獲物が多い。

2本足の獲物は5、6体の集団となっている。

これは襲わない方が良い。

獲物の背後から襲えば、5、6体なら倒せる。

倒したことも有る。

しかし2本足の獲物は仲間を呼ぶ。

さらに獲物が増えてくるとヤッカイだ。

それに食べきれない。

1、2体のヤツらがいないだろうか。

それなら一瞬で捕獲できる。

食べるにもちょうど良い量だ。





『あーかーりー』


「見て見て! ケロ子」

「わわっ、ショウマさまっ。

 すごい大きい光の玉ですっ」


「うん。『明かり』を唱えるときに少し時間をかけてより魔力を込めて見たんだ」


昨日ショウマは魔道具、湯沸かしやコンロに魔力を込めるという事を経験した。

それを応用してみたのだ。

大きな光に警戒したのか、“吸血蝙蝠”も襲ってこない。






湖のある広い空間に出るショウマ。


「うーん。

 ここにも先客がいる」


昨日は冒険者にまったく出会わなかった。

なのに今日は途中で何度も遭遇している。

いずれもショウマは足早に立ち去った。

湖の橋にも別の冒険者チームがいるのが見えた。


「どうしよう。

 隠し部屋に入るところは見られるワケにいかないし」


「ショウマさまっ、

 階段を下りていきますっ。

 彼らが下りたらアタシたちだけですっ」


「よし。

 ちょっと隠れてて、居なくなったら橋を進もう」


ショウマは身を隠しながら、考える。

『明かり』に魔力を込めたら 大きい光の玉となった。

なら『炎の玉』は?

それも大きくなるだろうか?



………

彼は獲物を窺っていた。

ちょうど良い2体しかいない2本足の獲物が来たのだ。

しかし付近にジャマしそうな仲間がいる。

湖の上だ。

あれが居なくなった時が狙い目だ。


『ほーのーおーのー…


今だ。

湖にいたジャマ者が居なくなった。

今が襲撃のタイミング。

彼は暗闇から飛び立つ。

フクロウは狩りの名人と言われる。

彼らは音を立てず羽ばたく事が出来るのだ。

他の鳥類のようなガサツな羽音を出さない。

獲物に気付かれず背後から忍び寄る。

“闇梟”も同様であった。

巨大な体にも関わらず、一切音を立てず2体の獲物を上空から襲う。


 …たーまー』 


その瞬間巨大な炎がショウマの頭上で燃え上がった。


「わっ 火事ですっ!

 ショウマさまっ」

「うわ!大きくなりすぎ。

 何これ?

 メテオ?」



『LVが上がった』

『ショウマは冒険者LVがLV12からLV13になった』

『ケロコは冒険者LVがLV1からLV2になった』


声が鳴り響く。


「今、何かあった?」

「ショウマさまっ、

 ケロ子れべるがあがりましたっ。

 これでお役にたてますかっ?」


気が付くとショウマのポケットには銀貨が数枚入っている。





アヤメは落ち込んでいる。

初心者説明を初めて行ったのに半分も説明できていない。

チーム登録の仕組みも冒険者チームの順位発表も伝えていない。


「キキョウ主任に言ったら怒られる~」


「なんだよ。アヤメ、元気ないじゃんか」

「誰のせいだと思ってんですか~」


と言ってもカトレアには強く言えない。

彼女はアヤメがクレーマー冒険者に絡まれてると思って助けに来てくれたのだ。

組合の受付は気の荒い冒険者に絡まれる事も多い職場だ。

カトレアのように頼れる女性は大事なのだ。


「チッ、ショウマのヤツ。

 明日見つけたら箱詰めして村に送り返してやる」

「カトレアさんに弟さんがいたなんて知りませんでした」


「ああ、サボリ魔の不出来なヤツだからね。

 誰にも言ってないよ。

 アイツ絶対なんか勘違いしてる。 

 冒険者は大変な職業なんだ。

 ショウマなんかに出来るもんか」






「ケロ子、明日は下の階に行ってみようか」

「地下2階ですねっ。

 2階に行くの初めてですっ」


ショウマとケロ子は夕飯を食べながら相談している。

ちなみにケロ子はショウマのリクエストでさっそくチアガール風衣装に着替えている。

動くとシャツのすそからおへそが見える。

ショウマはご飯を食べながらハラチラを盗み見している。


「うん。地上の街に行く日、迷宮探索の日を交替でやって行こうかなって思ってる。

 本当は休みの日もいれて3交替にしたいけど。

 まだ迷宮収入と生活必需品購入、収支のバランスが分からないんだよね」


「さすがですっ。

 ショウマさま、考えてますっ」


ケロ子にショウマにツッコミを入れるという選択肢は無い。

だけど周りに常識有る冒険者がいたなら切れていたであろう。


「武器!防具! 彼女まだなんの装備もしてないから!

 薬草も毒消しも何の準備もしてないから! オマエも布の服しか着てないから!」


残念ながら周りにはツッコミ役が誰もいない。 



【次回予告】

表彰します。

貴殿は令和〇年度において積極的な迷宮探索活動を展開し大いに貢献されました。

よってここにその功績をたたえ深く感謝の意を表します。

「うわぁ、なんの嫌がらせ?

 ファブリーズ持って来ればよかった」

次回、 姉は弟に殺意を抱く!

(ボイスイメージ:銀河万丈(神)でお読みください)

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