<外伝> 騎士の誓い3

「ググリス──」


 ググリスとは熊の仲間で、体が大きく二足で立ち上がると優に二メートルは越える。そしてこの時期のググリスは冬眠前で気性が激しいことでも有名だ。


 とっさにルナを背にかばうように立つと腰に下げていたナイフを手に持つ。


 ググリスはまだこちらに気が付いていないようだ、このまま林まで後ずされば大丈夫なはずだ。

 ググリスから目を離さないように後ろ向きでそっと後退する。しかしそこには先ほど串代わりにしていた枝が大量に転がっていることを忘れていた。


 バキッ。


 そんな大きな音ではなかったが、その時のキールの心境は辺り一帯に鳴り響いたような気持ちだった。


 ググリスが顔を上げこちらを見た気がした。喉がカラカラに乾く。

 背中にルナの押し殺したすすり泣きが聞こえる。


「グルルル」


 ググリスはひときわ高く唸り声をあげると、一歩足を前に出した。そしてそのままバシャバシャと水しぶきを上げながら自分たちの方に迫ってくる。


 野生の生き物に背を向けたらいけないというが、すでに狙われている状態で後ろ向きのまま走ったらそれこそすぐ追いつかれてやられてしまう。今ならまだ距離があるから背中を向けて全速力で走れば追いつかれる前に林の中に逃げ込めるだろう。

 林までいけばググリスも見失って追いかけるのを諦めてくれるかもしれない。

 しかし──


 背中にしがみついて震えているルナを見る。ルナを担いで走ったら確実に追いつかれる。


「くそっ」


 震える手でナイフを前にかざす。足がガクガクと震えているのがキールにもはっきり伝わってくる。


 その時だった。


「ワー!ワー!ワー!」


 大きな声を上げながら自分の身長の倍の長さはあろうかと思われる葉っぱがたくさんついた細い枝を、ブンブン振り回しながら自分たちの方に走ってくるユアンの姿が見えた。


「ユアン!」


(どうして逃げなかったんだ!そのまま隠れていればお前だけでも助かったはずなのに)


 言葉にするかわりに、グッと唇を噛みしめる。


「キール、足元にある鍋をナイフで叩け!」

「鍋を……」


 考えてる余裕などなかった、それに有無を言わせないユアンの強い瞳にキールは言われるがままに、足元にあった鍋をナイフで思いっきり叩いた。


 カンカンカン!


 甲高い音が鳴り響く。川を渡っていたググリスがその音にビクリと歩みを一瞬止める。

 その間にキール達のもとまでたどり着いたユアンがバサバサと持ってきた枝を立てや横に大きく振ってググリスを威嚇しようと試みる。


「キールももっと叩いて!声出して!」

「ワーワーワー」

「ワーワーワー」


 言われるがままに鍋を叩き声を上げる。


 甲高く鳴り響く音と、バサバサとおかしな動きをする葉を沢山つけた枝が、ググリスにどのように映ったのか。

 ググリスは回れ右をすると、そのまま元居た方の川岸にもどっていくとそのまま林の中に姿を消した。


 それでもしばらくそのままワーワーと騒ぎ続けていたが、ゲホゲホとユアンがせき込むとそのままバタリと倒れた。

 キールも叩くのをやめその場にへたり込む。


「ユアン、やったな、ググリス、逃げてったぞ」


 ゼイゼイと肩で息をしながらユアンに声をかけたしかし返事がない。

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