66. 赤い瞳
「あれ、ユアン……」
キールはユアンの顔を見るなり何かを察して口元を引き締めた。
「何かあったのか?」
「メアリーさん見なかった?」
「見てないぞ」
近くに立っていたアンリが「ちょっと待ってね」そういうと、何かに集中するように目を閉じる。
「アレクとアスタも見てないそうよ」
アレクは本人が言っていたように、先ほどから代わる代わる令嬢たちとダンスを踊っている。
アスタもそれなりに交流のある生徒たちとおしゃべりしていたようだが、二人ともメアリーの姿を会場内で見ていないようだった。
「まだ支度してるとか」
「いやマリーさんと学園の門までは一緒だったらしい」
そんなやり取りをしていると、アレクとアスタもその場にやってきた。
「なにかあったのかもしれない」
この学園は目に見えない魔法の城壁で守られている。学園の中でローズマリーと別れたのなら不審者に襲われたなどはないはずだが、でも何かしらの事故に巻き込まれた可能性は否定できない。
「ユアン様」
その時生徒会のメンバーとして舞台の方に向かっていたはずの、ローズマリーが青ざめた顔で小走りに走ってきた。
「マリーさんなにかわかりましたか?」
最後まで言葉が言い終わらないうちにローズマリーがガッとユアンの腕を取る。
「時間がないわ」
そういった視線の先、生徒会メンバーに囲まれた舞台の上にもう一人のローズマリーの姿が見えた。
「あれは陽炎よ。五分は持たないわ」
皆には幻影で舞台の上にローズマリーがいるように見せているのだ。
「いまレイモンドの隠密部隊の認識阻害魔法で私たち二人は誰の目にも映ってないわ」
会場の外。入り口の脇にユアンをつかんだまましゃがみ込む。
「今から言うことを落ち着いてよく聞いて」
嫌な予感で寒さとは別に背中がひんやりとする。
「メアリーがさらわれたわ」
「!」
思わず声を上げそうになったユアンの口をローズマリーが両手で塞ぐ。
「相手は第二王子派ですわ。私とレイ様はここを抜け出すわけにはいきません」
「どうしてメアリーが!」
ローズマリーが紅を塗った唇を噛みしめる。
「私が彼女を必要としてしまったから。敵に弱身を見せてはいけないと教えられてきたのに。初めてできた友人がうれしくて」
必死に涙を流すまいと努めるローズマリーのその震える肩をつかむ。
「マリーさんは悪くありません。それよりメアリーは今どこに」
「レイ様の隠密部隊がいま必死に探してるわ」
隠密部隊の存在は王族しか知らない。今学園で動かせるのは三人だけだ。
「いったい何が目的で……」
「彼らの要求は、今日ここで婚約破棄の宣言と私の学園追放よ」
目を見開く。
「なんでいまさらそんなこと!何の意味があるんだ!」
闇魔法はもうほとんど解けている。今ローズマリーを叩いたところでなにもおかしなところはでてこない。
「だからよ。相手は私を陥れることを諦め逆にそれを利用して、レイモンドを貶めることにしたのだわ」
メアリーのおかげですっかり親しみやすい令嬢として人気者になったローズマリーを、馬鹿で無能な王子は噂を信じて婚約破棄して学園を追放する。これが今夜書き変わった筋書きらしい。
結局どちらでもよかったのだ、相手は噂を流した時からきっと。ローズマリーが嫌われ者として追放されるか惜しまれながら追放されるかそんなことは。ローズマリーかレイモンド二人のうちどちらかが潰れさえすれば。前の人生でローズマリーの名誉は法的には回復したが、一度付いたしまった世間の目は変わることはなかった。今回もローズマリーも承諾の上の芝居だと後から説明したところで、レイモンドの王子としての資質や信用は回復しないだろう。それを相手は狙っているのだ。
だがいまそんなことを考えてる場合じゃない。
「メアリーの命には代えられない。私とレイモンドはそれを飲むつもりよ」
ローズマリーとレイモンドは会場から抜け出せない。たぶん抜け出したらすぐにメアリーをさらった相手に連絡がいくだろう。
ならキール達は。きっと相手はメアリーの交友関係も分かっている、もう皆会場に集まっているのに今更出ていくのは不自然だ。
「でもあなたはもともとメアリーと約束していた」
そうユアンだけが事情を知らないまま探していてもおかしくない存在なのだ。それに──
「きっと相手はあなた一人ぐらい気にもしないはずよ」
少し言いいずらそうに告げる。しかしそれは事実だ。このメンバーの中で特に剣術が優れているわけでもなく、魔力もないただの一般貴族。
ユアンがメアリーが来ないことで一人で探そうが、振られたと勘違いして会場を立ち去ろうが、きっと敵は気にも止めないだろう。
「だからお願いよ」
小刻みに震える手で引き裂かんばかりにユアンの服をつかみながら、ローズマリーが真っ赤な瞳にありったけの魂を込めて懇願する。
「このダンスパーティーの最後の曲が終わるまでに、どうかメアリーを助け出して!」
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