64. 月のきれいな夜

 月のきれいな夜だった。


 華やかな衣装に身を包んだ生徒たちがパートナーがいる者もまだいない者もみなソワソワと会場に入っていく。


「キール君ごめんなさい」


 アンリは申し訳なさそうにまずそう謝った。たぶんアンリはキールと二人で会場に入りたかったのだろうが……


「先輩きれいです」


 しかし、キールはうなだれているアンリとは裏腹に嬉々とした声でそう言った。


「当たり前だろ」

「アンリが可愛くてきれいなのは、当たり前すぎて誉め言葉にならないぞ、もっと気の利いたことを言え」


 アンリの後ろに当たり前のようについているアレクとアスタなど、しかしキールの目には一ミリも入っていない様子だった。


「アレク先輩とアスタ先輩は誰かを誘わなかったんですか?」


 ユアンが少しあきれてキールの代わりに問いかける。


「俺は誰のものでもないからな」


 たくさん誘われすぎて選んでしまうのがかわいそうだ。そう言いたいらしい。でもそれはあながち誇大妄想ではない。遠巻きにアレクを狙っていると思われる令嬢たちがこちらをチラチラと伺っているのだ。

 確かにアレクはルックスも魔法使いとしての実力も伴っているのだから至極当然のことなのだが、その性格を知っているユアンとしては少し釈然としない。


(まあ、アスタよりかはだいぶマシだが)


「僕はアンリに変な虫が付かないよう監視する役目があるからな」


 「変な虫はつかないですよ。誰もこの学園で剣術大会圧勝の剣鬼様の恋人にちょっかいだそうなんて考える命知らずはいないですから」とは言えなかった。


「ユアン君はメアリー嬢と待ち合わせか?」


 ユアンを見る眼差しはからかっているようで温かい。ユアンももう諦めたとばかりに頭を掻きながら素直に頷いた。


「はい、まだ来てないのでどうかみなさんは先に会場に入っていてください」


 頬が火照る。


「一緒に来るの待ってるぞ」

「キールはいいかもしれないが、アンリ先輩が風邪を引いたらどうするんだ」


 ドレスの上からファーを羽織っているとはいえ、すっかり夜風が冷たい時期になった来ているのだ。


「それは大変だ、キールはおいてアンリ先に入ろう」


 アスタがここぞとばかりにそう言ったが、


「アンリ先輩、行きましょう」


 キールも負けじとアンリの前に腕を突き出した。


「お前」


 言いかけたアスタをアレクが止める。


「ハイ」


 アンリが嬉しそうにキールの腕に自分の腕を絡める。 

 チェッ。と舌打ちが聞こえた気がしたが、それも会場から流れ出した音楽にすぐにかき消された。


「じゃあ、ユアン先に入ってるぞ」

「あぁ。僕もメアリーが来たらすぐに行くから」


 キールとアンリのその後ろをアスタとアレクが付いて会場に消える。


「メアリー、まさか待ち合わせの場所間違えてたりしてないよなぁ」


 ブルリと身震いをすると、夜空の月を見上げてそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る