15. ローズマリーという令嬢

 ローズマリーに子猫を預けてから1週間もたたづ、里親が見つかったという連絡を受けた。

 里親になってくれた人は猫好きな方で子猫を引き取ったあとも猫カフェにきては子猫の今の生活ぶりを話してくれるらしい、そしてそれは従業員からローズマリーに、そしてローズマリーからユアンたちにも伝えられた。


(里親を探してくれただけではなく、その後の様子も伝えてくれるなんて、なんてマメな令嬢なんだ)


『氷のような冷たい心の令嬢。平民は虫けらとしか思っていない。傲慢。嫌味な女』

 前の人生で色んな噂を聞いた。

 そしてそんな噂を耳にしてどれだけ自分も彼女のことを色眼鏡で見てきたか、同級生が自分の陰口を言ってるのを、見た目で人を差別する低俗な人間だと蔑んできたのに、まさに自分も昔は同じことをしてきたんだと今改めて突き付けられてる気がする。


「草しか食べれないほど貧乏ですの」

 そう言っては皿の上に肉をのせ。


「筋肉ばかりつけて、暑苦しいですわ」

 そう言っては熱いひざしの日はランニングに行こうとすることを引き留める。


「よほど学力に自信がおありですのね」

 そう言っては眠りかけるユアンを譲り起こし、ノートを見せてくれる。


ー回想ー

『肉ばかり食べて……』

『その贅肉は……』

『学友一人もつくれないのですか』


 今も昔も一見喧嘩を売ってるようにも聞こえるが、いや、言葉選びとしてはやはり間違っている気もするが、裏を返せば心配して出た言葉だったに違いない。


──家柄も高く、先生方の評判も良い。それでいて容姿端麗。才色兼備。


 ただ生まれ持った家柄のせいか自然と出てくる命令口調。傲慢な口ぶり。怒っているわけではないけれど、ちょっとつり目がちなその目と、その奥に光るあの燃え上がるような真っ赤な瞳が、彼女の印象をきつい性格に見せてしまっている。

 その上であの素直でない言葉のチョイス、またそれがうまい具合に人のコンプレックスを刺激する。

 

(本当に残念なご令嬢だよ)


 成人を迎え結婚までしたことのある今のユアンだからなのかもしれないが、その口調も言葉も、1歩も引かない強気な態度も、精一杯背伸びをしている少女にしか見えない。


(本当になにがあんなに気に入らなかったのか)


 あと二年もすれば、ローズマリーはそれこそ本当に薔薇の花のように美しい令嬢に育つ。

 でも今はまだ大人になる一歩手前の可愛らしい蕾。一生懸命トゲを鋭くするほど美しくなれると本気で信じている幼い少女。


「ちょっと聞きたいのですが、もし、フローレス嬢が転んで凄く太った男の子のお腹に当たったおかげで大きな怪我はしなくてすんだ代わりに、バウンドして尻餅をついてしまったら、その男の子のことどう思いますか?」


 唐突なユアンの質問にローズマリーが怪訝そうな表情を浮かべる。


「全く意味がわからない質問ですわね。お腹でバウンドなどありえないと思いますわ」

「……ハハハ」


 ユアンが乾いた笑いを浮かべる、これで会話は終わりかと思ったが


「そうですわね。怪我を防いでくれたことに感謝しますわ」


 律儀にローズマリーは少し考えてから回答した。


「みんなの前で尻餅をつかされたんですよ」

「尻餅は彼の責任ではありませんわ。つまずいた私の不注意で起きたことですから、逆に彼に要らぬ恥をかかせてしまって、申し訳なく思いますわね」


(あぁ、君はそんな風に考えてたんだね)


 顔を真っ赤にしたのは、ユアンに恥をかかせてしまったことを恥じた結果。

 よくよく思い返してみれば、彼女がユアンを侮辱する言葉を吐いたことなど1度もないのだ。ただ彼女の言葉に周りの人間が便乗して悪く言っていたに過ぎない。

 取り巻きだと思ってた人達も、彼女が注意し去った後に、からかう子たちがいる、ただそれだけだったのだ。


「見た目で人を判断しませんが、ただ人をバウンドさせるほどとなると逆に心配ですわね。誰だって食べる事は大好きです。おいしいものを好きなだけ食べたいと思うものですわ。でもそんなに太っては病気になってしまいますわ……」


 物思いにふけっているユアンに、彼女はまだ答えている。


「わかりました、もう大丈夫です」

「そういえば、入学式の日、同じようなことがありましたね、ハーリング様はしっかりと私を受け止めてくれましたわね」


 上目遣いで見つめながらなぜか口を尖らす。


「ただ、大丈夫だというのに、いつまでも心配しすぎるのは、困りますわ、もう幼子ではありませんのよ」


 あの日のことは彼女の中では子供扱いされたと感じているらしい。


「それにしましても入学当時に比べて、随分スリムになられましたわね。きっと相当な努力をなさったのですわね」


──彼女の言葉はいつだって真っすぐだ。


(僕は太っていたことを後悔したこともないし太っている自分を嫌いだと思ったこともなかった。でもそう思い込んでいただけで、本当はコンプレックスをもっていたんだ。だからそのコンプレックスを刺激してくるローズマリーのことを、嫌な女だと思いたかったのかもしれない)


──時には真っすぐ過ぎて突き刺さる。


「本当にすみませんでした」


 ローズマリーがキョトンとした顔でユアンを見る。


「何に対してです?」

「なんか色々です」


「ハーリング様は本当によくわからないですわ」


 そう言って笑うローズマリーは、ユアンの目に初めて13歳のただの可憐な少女にうつった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る