16. キールの未来を守れ

「ユアン、進路表はもう書いたか?」

「とりあえず貿易関係の仕事に付きたいから、そっち関係の科目を取るつもりだよ」

「なんだよ俺と一緒に騎士団に入るのかと思っていたのに」


 がっくりと落ち込むような素振りを見せるキールを布団の中で寝転がりながら笑って見ていたが、突然そのことを思い出し、布団から飛び起きる。


「キールまだ書き込んでないよな」

「ああ、騎士学部は決まっているんだけど、科目どうしようかと思ってさー」

「ならこの教授の授業がオススメだ」


 一つの科目を指差し力説する。


「そうなのか、まぁどれ選んでも同じようだし、ユアンがそこまで言うなら、それでいいや」


 自分の進路の事なのにそんなんでいいのかとツッコミたくはなったが、今は我慢する。自分が進めた教授の科目を進路表に書き込むのを確認してようやくほっと胸を撫で下ろす。


(危なかった)


 バクバクしている心臓を落ち着かせるように深呼吸をする。それからふーっと息を吐きながらベッドに座り直した。


(忘れるところだった)


 キールが騎士学部から騎士団に入るということは変わらない。ただ前回彼が入ることになった科目の教授は、人気がありすぎたため、キールは抽選ではじかれてしまい、残った科目から新たに選ばなければならなくなるのである。その結果彼はひどいはずれを引いてしまう。

 キールが次にとった科目の教授はプライドの高い男で、自分より爵位が低いにもかかわらず、<剣鬼>というギフト持ちだということでみんなからもてはやされていたキールを目の敵にするような男だったらしい。


 らしいと言うのも、その頃ユアンはメアリーと一緒のクラスになり浮かれていたこともあったし。そして二人とも親しい人は相変わらずいなかったのでクラスメートたちの噂話など聞く機会もなかったからだ。

 それに加え、学部塔も変わってしまったので。キールとお昼をともにすることもほとんどなくなっていた。だからキールが問題を起こしたとき、ユアンは何も力になることも、事前にそれを止めることもできなかった。


(メアリーの事やローズマリーのことで頭がいっぱいで、今の今まで忘れていた)


 今回は問題を起こしたあとキールを救ってくれた教授の科目を進めておいた。人数制限がかかるほどではないが、キールが将来『師匠』とあがめる良い教授だ。


(これで来年キールが学園で問題を起こすことはないだろう、あとは──)


「進路表も書いたし、ランニングでも行くか」

 

 背伸びをしながら椅子から立ち上がる。


「学術祭、キールは何かやるの?」

「色々やるみたいだけど。みんな俺が剣術大会に出るから気を遣ってくれて、特に手伝い振ってくれないんだよな」


 フーブル学園の総力を決して行われるという一大イベント”学術祭”。

 なかでも、騎士学部の生徒たちが中心に行われる剣術大会と魔術学部の生徒たちによって開催される魔術研究発表会と魔術大会は毎年国内、国外問わず多くの見物客が訪れるイベントだ。

 まだどの学部にも所属していない一年生は、クラスのグループごとに食べ物屋などの屋台を出したり、街の子供でも楽しめるイベントなどをして学術祭を盛り上げる。また学部とは関係なく趣味で運動や研究など好きな者たちで結成されたクラブ活動の見学や体験入部などもこの日に行なわれる。

 キールは剣術大会の前座で行われる『集え未来の剣士達!』に出場予定だった。ここで優勝した選手は、本来騎士学部の生徒たちだけで行われる『剣術大会』の参加資格を得られるのだ。


「まあそれは仕方ないよ、やっぱ知り合いが優勝者だったらうれしいからな」

「期待してくれるのはありがたいが、優勝するとは決まってないぞ」


 謙虚に返しながら、キールが勝つ気満々なのは顔を見ればわかる。 


(本当に、今度こそ優勝してくれよ)


 キールを見上げながら思う。

 

『やっぱギフト持ちだともてはやされてるだけで、剣の腕はたいしたことないんだな』

 客席で誰かが投げた言葉を耳にしてユアンはそいつの胸ぐらを掴んで、殴ってしまいたい衝動に駆られた。まるで自分が馬鹿にされたかのような怒りを覚えたことを今でも忘れない。

 ギフトがあることに甘えることなくずっと努力してきたキールをずっと見てきたから──。


 学術祭まで一か月。


(前回の人生のように学術祭前にキールが怪我をしてしまわないように、キールから目を離さないようにしなくては)

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