05. 二度目の学園生活スタートです

 ユアンは鏡の前に立ち仕立てられたばかりの制服に袖を通す。


 あれから1ヵ月。欠かすことなく朝夕キールとランニングをしたおかげか、自称ぽっちゃりではなく、一般人的感覚のぽっちゃり位までには体重を減らすことができた。

 制服もダイエット前に採寸していたので、先週慌ててウエスト周りを一回り小さく仕立て直してもらった。


「よし、待っててね、メアリー」


 鏡に向かって気合を入れる。


 フーブル王国。高い山々の絶壁を背に扇状になだらかに広がる台地に海と山の両方を持つ豊かな王国。

 王宮は山の絶壁を削りながら長い年月をかけて作られ、その前に広がる丘には貴族の屋敷が立ち並ぶ、そして緩やかに下っていく草原の先にユアンたちが通う学校はあり、またさらに下っていくと、放牧地や田園風景が広がり、平民たちの住む市街地、港へと続く。


 ユアンは学園に着くまで馬車に揺られながら、ぼんやりそんな風景を見つめていた。


「──!!」


 一瞬目の前が真っ赤に染まる幻影を見て、ユアンは口元を押さえる。


「坊ちゃん着きましたよ。あれ、酔われましたか?」


 馬車な中で真っ青になっているユアンに御者が慌てた様子で声をかける。


「いや、大丈夫」


 心配かけまいと無理に笑顔を作る。


「じゃあ行ってくる」


 御者の心配気な視線を感じながら、ユアンはフーブル学園の門を潜った。

 懐かしいというのはおかしいかもしれないが、二度目の学園生活のスタートである。


 フーブル学園。国で唯一魔法学部があるので、王族や近くに住む貴族だけでなく、魔力や特別なギフトを持つものなら辺境貴族や平民も通う事が許されていた。

 1クラス60人ほどで 1年生は8クラス。1年生は魔力の有無に関係なくクラス分けされる。

 まずは一通り基礎科目を習得したのち、選択科目を選び、それらをふまえ、2年生から各専門学部へ別れていく。

 メアリーとは2年生で同じ学部のクラスになるのでこの教室にはいない。


「早くメアリーに会いたいな」


 それでも同じ学園内にいるとわかっているので、期待を胸に朝早くから門の前をうろちょろしていたのだが、先生に早く入るよう促され結局会えず仕舞いに終わった。


 落胆しながらしぶしぶ教室に入る。教壇を1番下に階段状に上へと広がる扇状の教室。ユアンはとりあえずその一番廊下側の真ん中より数段下の段あたりの席に座った。そしてそのまま机に突っ伏す。


「今日から寮生活か」


 放課後メアリーを探しに行きたいが、今頃寮の部屋に届いているだろう荷物を解かないといけないしあきらめるしかないか、と落胆していると何やら生徒たちがざわざわと騒ぎ出した。

 学園では建前上は身分がないと言うことになっている、それでもそこに入ってきた金髪の巻き毛を頭のてっぺん1つにポニーテールにまとめた少女のそのルビーのように真っ赤な赤眼は語らずともこの国唯一の公爵家であるフローレス公爵の令嬢だと言うことを物語っていた。


「ローズマリー・フローレス」


 眉間にしわを寄せその人物を見る。

 1回目の人生でローズマリーは何かにつけて、難くせをつけてつっかかってこられた記憶しかないので、できれば今回の人生では関わりたくない1人である。

 そんなことを考えながら見ていたせいか、何かに引かれるように彼女が不意に振り返った。

 ユアンは慌てて目をそらすと、とりあえず声をかけられまいと再び机に突っ伏す。


 しばらくするとチャイムが鳴り、ざわついていた教室もガラガラと椅子を引く音に変わっていった。しかしその時「アッ」と言う小さな声とともにいく人の悲鳴のような声が聞こえた。

 今起きたと言わんばかりに腕を頭の上に伸ばしていたユアンも、その悲鳴にびっくりしてそのまま後に振り返る。

 そこに丁度バランスを崩して前のめりに倒れるばかりのローズマリーがみてとれた。

 とっさに上に広げていた腕を横に広げ一歩通路側に飛び出す。一瞬のことだったがどうにかローズマリーの体を受け止めることに成功した。


 その瞬間目撃した生徒全員がほっと胸を撫で下ろしただろう。ただユアン本人を除いては。


(そうだあの時も今のように彼女がつまずいてちょうど前にいた僕が受け止めたのだ)


 正確には受け止めたと言うより彼女がユアンのお腹にダイブしてきたのだ。

 そしてユアンのお腹がクッションの役割を果たし、彼女は大きな怪我をする事はなかったが、逆にあまりの弾力に跳ね返りその場で尻餅をついてしまったのだ。

 しんと静まり返った教室で、恥ずかしさのあまり瞳と同じ位顔を真っ赤に染め、自分を睨みつけてきた彼女の顔を今でも忘れない


(やばい今回の人生では彼女とは関わらないようにしようと思っていたのに、これでは同じになってしまう)


 少し青ざめた顔で慌ててすっぽり腕に収まった彼女を引き剥がす。


「わざとじゃないんです」

「危ないところを助けていただき、ありがとうございますわ」


 凛とよく通る声。冷静さを保とうとしているが、微かに震えているのがわかる。

躓いて転げ落ちそうになったのだから12歳の女の子にしたら普通の反応だろう。しかし、ユアンが知っているローズマリーからしたら、予想外の反応にしばし言葉を失う。


「もう大丈夫ですから、いいかげん手を離していただけませんこと」


 いつまでも肩を掴まれているのでローズマリーは今度は鋭い視線とともに強い口調で言い放つ。だが、その威嚇じみた言葉さえユアンと目が合ったとたん、しりつぼみてきに小さくなる。


 余計にマジマジと見つめるユアン。


 流石のローズマリーも「もう、嫌ですわ!」と小さく呟くとドンとユアンを突き飛ばし上に駆け上がって行ってしまった。


「みんな席に着け。皆さん入学おめでとう……」


 教室から飛び出さんばかりの勢いだったが、タイミングよく先生が入ってきたので、ローズマリーも仕方なく一番扉側の空いてた席に座る。

 そうしてその場はおさまったのだが、結局ユアンの頭にはそのあとの先生の話など全く耳に入ってこなかった。


(なんだこれは)


 ローズマリーのあんな顔は見たことがない。


 スッと伸びたまっすぐな背筋、公爵家の証とも言える真っ赤な瞳はたえず辺りに鋭い眼光を放ち。生徒たちの些細な行動にさえ目を光らせていた。

 先生たちからは模範とすべき素晴らしい生徒と称えられていたが、生徒たちからは、いろんな意味で一目置かれる存在だった。

 美しいが冷たい氷のような少女。それがユアンの持つ彼女の印象だ。

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