元に戻れるか、戻れないか、それとも(2020/11/11)

 入れ替わりが起きるのが発端であれば、結末では元に戻るもの。商業作品ではそれがかつては定めのようになっていましたし、今でもその結末が基本ではあります。

 それでも近年は、元に戻れないまま終わる作品も次第に増えてきたように思います(実はちょっと不正確な言い回しですが、それについては後ほど)。

 ネットのTSF小説界隈では昔から、入れ替わって戻れないパターンの方が優勢でした。しかしそれは、メジャーな商業作品における「元に戻るのがお約束」という流れに対する反発あってのものだったように思います。

 入れ替わって、別人として生きる。別人が『自分』として生きる。

 すっかり普及している物語の形式ではありますが、よく考えれば怖い話です。元に戻る方がやはり収まりがよい。時代を遡れば、戻れない話とはたいがいホラーかSFか奇妙な味辺りの短編だったのではないでしょうか。


 この商業作品における戻れないタイプの増加というのは、二つの観点から考えられるように思います。

 一つはジャンルの成熟。

 あまりにも「入れ替わってあれこれあって元に戻る」という流れが定型化しすぎて、受け手が飽きてきたし、作り手も飽きてきた。

 あるいはネットなど非商業の界隈から商業に進出してきた作り手が、慣れ親しんだ手法を取り入れた。

 またはそうした外の風潮を従来の作り手が取り込んだ。

 いずれにせよ、裾野の広がりが変化をもたらしたのではないかと思われます。これに関してはあまり異論はないのではないかと。


 そしてもう一つ、私がちょっと考えているのは、入れ替わりが真面目に扱っても良い題材であると次第に認識されてきたのではないかということです。

 ただのドタバタの一種、コメディのとっかかりなどではなく、シリアスな物語に取り入れても使える素材であるとわかってきた。例えば、肉料理にオレンジソースを使うように(言うまでもないことですが、ドタバタを否定する話ではありません。普通にデザートとしてオレンジを食べるのが何らおかしなことではないように)。

 病気や事故によって人生が一変してしまうことは、現実に起こります。そういう不可逆な変化の一種として入れ替わりを捉え、そこで生じるドラマを描く。そういう作品も、増えていくのかもしれません。


 ただ、「元に戻れない」ことの強制性は、当事者に与える影響があまりにでかすぎないかと、私は最近思うようになっています。

 楽しいラブコメと思っていたら戻れないことが判明し、主人公たちはしかたないからこの人生を生きていきますというのは、例え当人たちが自分を納得させようとしていても、読んでいてあまり楽しくなれません(そこまで積み重ねてきた作品のトーン次第でもありますが)。シリアスな物語なら戻れないと突きつけるのも有効ですが、ジャンルとの食い合わせの悪さによっては後味最悪ということにもなりかねない。


 その辺の対応手段としては、二つほど思いつきます。

 一つは、戻れるか戻れないかは不明の状態をずっと維持し続けること。ある日ぶつかって入れ替わった、くらいの言ってしまえば雑な始まりなら、いずれ何かの拍子で元に戻ってもおかしくないと思えます。当人たちも、いずれは戻れるかもと思いつつ生きていける。そんな日々が続く中で、次第に今の状態に慣れて馴染んで受け入れていく……という展開なら、当人たちも読者も納得しやすいことでしょう。

 そしてもう一つは、戻れるけど戻らない、と当人たちに決断させるもの。冒頭に述べた「不正確な言い回し」とはこのことで、近年私の印象に強く残った入れ替わりものは、二作品とも戻れるチャンスがあった(実際に短期間ながら戻った)けれども、改めて入れ替わって生きることを選択していました。

 この「敢えて戻らない」という選択肢も、もしかしたら今後増えていくかもしれません。新たな人生を生きると自分で決めた主人公たちには、ぴんと背筋の伸びたような凛々しさが感じられました。ここは可逆不可逆の問題とも絡んでくる話であり、それについてもいずれ書こうかと思います。

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