手放さざるを得ないもの・与えられてしまうもの(2020/11/5)
入れ替わり物語が好きなことは、私にとってはなかなか業の深いことだと認識しています。
もちろん、私以外の入れ替わり物語が好きな方は、私とは違った意味でそれらを好んでいるはずです。好きの理由には色々あります。皆が皆、私のようだと思わないでください。
同性同士や無性存在との入れ替わりもありますが、入れ替わりは基本的にTSが付随しやすいものです。
TSF――ファンタジー的な性転換の物語は、基本的にどれも喪失と獲得の物語ではあります。現在の性別でなくなる代わりに、異性になる。股間に生えているものがなくなる代わりに胸が膨らんだり、声が低くなる代わりに背が伸びたり。
しかし、主に手段によって三分類できるTSFにあって、変身(皮も基本的にここに含むでしょう)・憑依(転生や脳移植もここになるかと)に比べると、入れ替わりは喪失と獲得の当事者に与える影響が、特に大きく描かれるように思います。
変身なら今の自分に元の自分の面影が残ることもあります。憑依なら元の自分のことは無視できる場合も多いです。しかし入れ替わりは、元の自分を別人の視点から眺めることになる可能性が非常に高い。
入れ替わる前は当たり前だった、自分の身体、自分の立場、自分の人生。それがすべて、今は自分のものでなくなっている。そして代わりに、別人の身体で、別人の立場で、別人の人生を(期間は様々にせよ)生きることになる。これを日々意識せざるを得なくなるのが、入れ替わり物語の当事者たちです。
そして読者である私は、業の深いことに、そういう彼ら彼女らの姿に強い刺激を受けてしまいます。
長身のスポーツマンが、運動が苦手で背の低い女の子と入れ替わる。元の『自分』が体育のバスケで活躍したりするのを横目で見ながら、自分は簡単だったはずのドリブルができなくなってしまう。
お嬢様が使用人と入れ替わる。本来の『自分』がパーティで美貌を称えられるのを見つつ、今の自分は言いつけられた下働きをせっせとするしかない。
でも何かを得てもいて、小さい女の子になった長身の少年はみんなに可愛いとちやほやされるかもしれないし、使用人になったお嬢様はいけすかない連中との人間関係から解放されて気分爽快かもしれない。
そこに性別変化も絡むわけで、元の『自分』を好きになってしまう・あるいは逆に惚れられてしまうという展開も大いにあり得ます。『元の自分』との関係性が欠かせないのも入れ替わり物語の特徴ですね(入れ替わり直後に一方が死んでしまうというパターンなどもありますが、あれはずいぶんもったいない話だと思います)。
入れ替わりのみならずTS・TF物語全般において、「このまま元に戻れなかったら」という問いは、たとえ元に戻る手段が作中ではっきりしていなくても、ギャグでは完全に無視されますし、ラブコメでも比較的軽く流されるものです。そこを突き詰め始めると、どうしても物語のトーンが重くなりますので、書き手としてはカットするのもいたしかたないところがあるのは認めつつ……でも、その辺の心理的な葛藤もやはり読者としては読みたいし作者としては描きたいのが、私にとっての本音です。
幼なじみ同士が入れ替わって、情報交換でどうにか互いのふりをして、がんばって今の生活に馴染んでいって、やがて元の『自分』と恋愛関係になって、「このまま元に戻れなかったら、結婚しようか」などと最終的に言ってしまうシーンなど、当人二人の葛藤があるからこそ非常に魅力的なものになっていると私は思うのです。
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