Ⅵ.君に褒められ
次の日の会社帰り、私は鈴木君家に向かった。
上司には「そこまでしなくても...」と言われたし、加藤と荒川は何やらヒソヒソ話していたけど何も気にならなかった。
向かう途中の電車の中で誠也君が
「お前、少し変わったな」
と話しかけてきた。
「うるさいわね。別にあんたの影響じゃないわよ、愛莉のおかげ」
「その愛莉ちゃんのことだって、昨日までは馬鹿にしてたのにな」
「な、してないわよ」
「してたよ。心の奥底でな」
「うるさいうるさい」
「俺は今のお前、真っ直ぐで可愛いと思うぜ」
「ちょっとやめてよ」
顔が少し火照った。
そして一人で話して一人で火照っている私のことを周りの人が恐怖の目で見ている事に気付き、更に真っ赤になった。
ピンポーン
思ってたよりもお洒落なアパートの305室。
ゆっくりとドアが開くと、鈴木君が控えめに顔を覗かせた。
普段着の彼はいつもより幼く見えた。
去年まで大学生だったのだから、それも当たり前だ。
「あ、あの、本当に来られるとは思っていなくて」
「メールで伝えた通りよ。今日は謝りにきたの。鈴木君、きついこと言ってごめんなさい。私、加藤君と荒川さんの事も何も知らずに」
「いえ、いいんです。すみません」
鈴木君はすみませんを繰り返し、どっちが謝ってるのかわからなくなった。
「ここじゃなんだから飲みにでも行かない?お酒が嫌ならご飯かお茶だけでも」
「あ、はい。すみません」
---
細いわりにはよく食べる。
私達は、鈴木君が良く行くと言う定食屋さんにきた。
「そんなに急いで食べなくて大丈夫よ」
「すみません。今日何も食べてなくて」
「え、ちゃんと食べなきゃだめじゃない」
「すみません」
へこへこする鈴木君。
「別に謝んなくていいのよ」
「すみませ、、あっ、あの、えーと」
すみませんを封じられてパニックになる鈴木君。
「あの」
「ん?」
初めて自分から話し始めたので、ゆっくりで大丈夫よ、と優しい表情を作って続きを待つ。
「あの、自分、その、うまく喋れなくて。その、障がいって言うほどじゃないんですけど、言葉が出てこないんです」
上を見たり壁を見たり、お手拭きで何度も手を拭いたり、バタバタしながらも懸命に話す鈴木君。
「予めこれを話すっていうのが決まってれば大丈夫なんです。だから就活はなんとか乗り切れました。でも、急に話を振られたりすると、その、なんて言えばいいのか分からなくて、あの、だから、すみません」
「それで加藤と荒川にも何も言えないのね」
「すみません。自分が悪いんです。最初は軽い冗談みたいな感じだったんです。あの、お茶100袋とか、でも僕なんて返したらいいか分からなくて」
「それで言う事聞いてしまったのね」
「はい。他の部署の同期とか見て、いいなって思うんです。先輩と楽しそうに話していたり、僕もあの、たまに練習するんですけど、家で、冗談言う練習とか、あの」
家で一人で軽口を言い合う練習をしている彼を想像すると心が痛んだ。
「あの、すみません、変な話して」
「全然変じゃない。寧ろ、貴方が直向きに努力するような立派な人間だってことが知れて良かった」
「そ、そうですか」
「そうよ。立派よ。あとは、私がなんとかするから」
「え」
「なんとかする。任せなさい」
ビシっと決めた私に鈴木君は小さく「すみません」と言った。
でもその表情が少し嬉しそうで私は安心した。
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