せ.『選択』とは

「『最悪の選択肢』は……うお、走り出した俺が車に轢かれてる」


 予見によるグロテスクな映像だが拓真は動揺していない。むしろこの選択肢を見せてくれた事に感謝し、命拾いをしたとまで思っている。


「『最善』の方は? ゆっくり歩いて行ってフィギュアは手に入れてるけど、チケットを買い逃してるな……クソっ! どちらかと言うとチケットの方を優先したいっていうのに!」


 フィギュアは最悪転売屋から買えばいい、という考えを拓真は持っていた。しかしチケットの場合はそうもいかない。彼自身の譲れないプライドがあった。


「推しの握手券付きチケットだ。これだけはなんとしても、俺自身の手で買ってやりたい! 俺の金を……推しの元へと流すんだ!」


 チケットも転売屋によって出品されるはず。だが拓真にとって優先順位と信念はフィギュアと比べても段違いに誇り高い。好きな物と言っても差が出るのは当然。


「どうする? 選択肢にない答えなんて……」


 予見による『選択』は不定期で、いつ訪れるのか分からない。拓真はこれまでの人生において『選択』に頼りきりだった。偶然が重なりこのような状況に直面したのも当然、これが初。


「誰かの『最善』は誰かの『最悪』だ……俺がチケットを手に入れられなかった分、他の誰かがチケットを手に入れるはず」


 予見による『選択』はその都度調整されている。特定の人物にのみ頻繁に『選択』は与えず、全国民平等に。いつ訪れるかなんて予測はできないものの、この手法をとる事で均衡を保っていた。

 とその時、拓真の記憶からとある一言が呼び起こされる。


『第3の選択肢、って知ってるか? 最善最悪、どちらも選ばずに進み続けると……最高の幸福が訪れるらしい』


 親族か、はたまた通行人の会話を盗み聞いたのか。誰から聞いた話なのかは、今の拓真にとってはどうでも良い事。


「やってみるしかないだろ」


 推しのチケットだけはどうしても自分の手で購入したい。その心意気を決め、どちらの選択肢でもない行動を取り始めた。

 走り出した場合は事故死、歩いた場合は間に合わない。彼が選んだのは、路地裏から先回りする近道だ。

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