第3話 こけるのって簡単だ
秘密の大集会は午前零時。
電車もバスも動いていないので、となり町まで歩くことにした。
あたりは静まり返っている。四車線ある大きな道路も、車は一台すら走っていなかった。
無人の道路なので中央を歩いていると、めずらしく後方からヘッドライトがくる。
道路のわきへよけると、車は僕の横で止まった。オンボロなマイクロバスだった。「集会に行くのかい?」と聞かれたので、うなずくと乗せてくれた。
車内に入ると、大音量でロックが流れていて、数人の男女が酒瓶を片手に盛り上がっている。
あの黒髪の彼女もいた。しかも、彼女のとなりが空いている!
彼女も僕のことに気づき、席をすすめてくれた。
「キャスリーンよ。よろしくね」
彼女はそう名乗り、車の前方を気にしている。
「もうすぐよね。ドキドキするー!」
そう言いいながら前列の背もたれに乗せる彼女の手に注目した。クッキー箱がにぎられている。赤い金属製の箱だった。なかなかにカッコイイ箱だ。
待てよ、どうせ燃やすのなら、今開けてもいいじゃないか。でも何と言おう。考えたすえに、遠回しに言ってみた。
「キャスリーンは、どんな型を焼いたか、覚えてる?」
「えっ?」
ロックの音で聞こえなかったようだ。もういちど耳元まで近づいて聞いた。
「きみのクッキーの型は何?」
「覚えてない!」
「知りたいと思わないかい?」
「興味ないわ!」
あっさりと言われた。
「あれが工場跡ね!」
キャスリーンが指さす方向に、大きな建物が見えた。巨大な灰色の長方形。
近づくにつれ、はっきりと詳細も見えた。敷地のまわりには錆びついたフェンスがあり。その入口ゲートには、強そうな学生が四人、見張りをしている。
僕らを乗せたマイクロバスは、入口ゲートでいったん止まった。運転手と見張りが言葉を少しかわし、敷地のなかへと進んでいく。
遠くから巨大な長方形に見えた建物は、うす汚れたコンクリートの建物だ。もとが工場なので、それらしい大きな鉄の扉があり、数人の学生が配置されている。
車が近づくと大きな扉は左右に引かれて開いた。
そしてそのまま建物へと車を乗り入れた。
入って思わず、僕は目を見張った。工場跡と言っても、屋根と壁が残っているだけで何もないと思っていた。それがどうだろう、どこから用意したのかステージや照明、DJブースまである。
すでにDJによる音楽は鳴り響き、大勢の学生が身をくねらせていた。
みなが降りるので、僕もバスから降りた。
中央に円になった柵があり、そこにうず高くクッキー箱が積みあげられている。同じマイクロバスに乗ってきた連中は、その山に自分のクッキー箱を投げこんだ。
僕は山の前で、じっと自分の箱を見つめた。焼いて良いものだろうか。
「グラント、あっちにバーカウンターがある!」
キャスリーンはそう言うと、僕の手から箱を取り、自分の箱といっしょにポイッと捨てた。
それから一時間ほど、僕はキャスリーンやほかの仲間と酒を飲み、踊った。
突然、場内の明かりが落ち、ステージにスポットライトが当たる。オークショットがいた。鳴り響いていた音楽も、いつの間にか止まっている。
「諸君、自由への炎を燃やす時がきた!」
次に、中央に積みあげれたクッキーの山にスポットが当たる。数人の学生が、山をよじ登り、ガソリンを
十! 九! 八!
みながカウントダウンを始める。
七! 六! 五! 四! 三! 二! 一!
ゼロ! の声と同時に、火が投げられた。
クッキー箱の山が勢いよく燃えあがる。
おお! という大歓声がまきおこった。と、同時に「ウー!」とサイレンの音。
建物の入口からパトカーや消防車が何台も流れ込んできた!
パトカーの拡声器から怒号が鳴り響く。
「両手をあげ、その場に座りなさい! 繰り返す、両手をあげ……」
不法侵入に器物破損、僕らの罪はたいしたことなかったが、ニュースに取りあげられ、かなり世間を騒がせた。
集会に参加した生徒はすべて退学。僕は、大学の寮から実家に戻る羽目になった。
実家の生活は三日もいれば、退屈になる。
小さな街は、僕が大学に行く前と比べ、変わった所など何もない。変わったと言えば、隣のジグニーが鼻ピアスを付けていたことぐらいか。家の前でゴミ出しをしている時だった。二人乗りのバイクが止まったと思ったら、ジグニーだった。
「グラント?」
そう声をかけてきたジグニーは、すっかり変わっていた。
昔から男まさりだったが、レザージャケットに身を包み、紫に染めた頭に鼻ピアス。バイクを運転していた彼氏の腕は、僕の二倍はありそうだ。「なんだこいつ?」 と言わんばかりの視線で僕をにらんでくる。
「大学に行ってたんじゃなかったのかい?」
ジグニーが聞いてきたので、僕は集会の話をした。
「すげえや、オメーがやったのか、あれ!」
彼氏のほうが驚いている。ジグニーが彼氏を止めた。
「バカなことを。親の金で大学へ行ったのに」
ジグニーの言葉に僕はむっとした。
「僕の勝手だろ、きみに言われたくないね」
「銀の箱は、燃やしちまったのか?」
「燃やしたさ、パーっとね!」
「……あんなに
僕は頭にきたので、話すのをやめて家に戻ろうとした。しかし、ふと思いだしたことがある。
「ジグニー、自分のクッキーの型はわかったかい?」
ジグにーは首をふった。
「アタシのクッキー箱は子供の頃になくしちまったんだ。忘れたのかい?」
そうだっけ。すっかりおぼえていない。しかしジグニー、箱を燃やした僕をバカ呼ばわりするくせに、自分も同じじゃないか。
「はん、それでよく人のことが言えるな」
言い返してやった。何も言えまい。
実家で一ヶ月ほど暮らしたあとだ。キャスリーンが一人暮らしを始めたと連絡があった。遊びに行ったその日には関係を持ち、僕はそこに住み着いた。
キャスリーンとは、その後、結婚し娘もできた。これで、めでたしめでたし、と行けば良かったが現実は違った。今から思えば、上手く行っていたのは最初の3年程だろう。
30を過ぎた頃には、お互いに憎しみ合っていた。40で離婚を切り出された時には、開放感のほうが強かった。
大した財産もない僕は、家も車もキャスリーンに渡した。そうすると、実家に帰るしか手はない。
実家の前に立つと、なつかしさよりもふがいなさが込みあげる。
僕は玄関を開け、声をかけた。
「ただいま」
「おかえり、疲れでしょ」
母が優しく出迎えてくれた。
「父さんは?」
「となりの町まで、あなたのベッドを見に行ったのよ。昔に使ってたのは小さいだろうって」
「いいのに」
思わず、ため息が出た。男女の愛情とは違い、親の愛ってのは、普遍だ。
自分の部屋に入ると、そっくりそのまま残っていることに驚いた。父といっしょにペンキを塗った青い机。本棚は緑。ベッドは途中で飽きて、半分まで赤く塗っている。
本もおもちゃも、当時のまま。しかも、きれいだ。母が掃除しているのだろう。
荷持を部屋の隅に置き、ベッドに寝転んだ。そして思った。
……足が出る。
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