第2話 秘密のクラブ

 メイレルにふられて以来、女の子が僕に近づかなくなった。


 ため息まじりに学食で昼食を食べていたら、急に肩をたたかれた。


 面識はないが、スピーチコンテストで見たことがある。確か「オークショット」という名だ。眼鏡の奥に見える切れ長の目が、頭の良さを感じさせる人だった。


「きみにピッタリのクラブがある」

「クラブ?」


 僕はそれほど運動神経が良いほうでもない。ことわろうと思ったが、先に言われた。


「自由恋愛クラブっていう、秘密のクラブなんだ。今晩、ミーティングがあるのでこないか」


 自由恋愛クラブ。見たことも聞いたこともないクラブだ。


 どう答えるべきか考えていると「九時に迎えに行くよ」そう言って、彼は去っていった。


 その晩、オークショットが連れてきてくれた場所は、旧校舎だった。二階建ての、古めかしい木造校舎。


 授業で使われることはないが、小さなクラブや同好会の連中が勝手に使っているのは知っている。


 オークショットが先頭になって歩き、木造校舎へ入った。建物の電気は消えていて、懐中電灯で進んでいく。


 途中、人体標本がドアの前に置かれていて、あやうくさけびそうになった。そのドアの上には「サナダムシ研究会」とあった。何を研究しているのだろう。


 さらに廊下を進んでいくと、どこからか人の話し声が聞こえる。それは、突き当りにある昔の講堂からだった。


 重そうな木の扉をオークショットが開けた。開けるとわかった。聞こえていたのは話し声ではない。歓声かんせいだった。


 開けた扉の先は、内側から光が漏れないようにするためか暗幕がしてある。オークショットのあとに続いて、暗幕の下をくぐり中に入ると驚いた!


 こんな夜ふけに、いったい何人の学生が集まっているのだろう!


 何十、いや何百という学生がいた。それも見たことのない顔が多い。


「今日は、近くの大学五つからも同志が集まってくれている」


 オークショットがそっと耳打ちしてくれた。壇上では、どこかの男子生徒が演説していた。


「これは、陰謀でしかない!」


 壇上の学生が声を張りあげた。


「俺たちは、このクッキー箱があるかぎり、ほかの惑星人と恋をすることも、結婚することもない!」


 そうだ! そうだ! と方々から声がかかる。なるほど、そういう考えかたもできるのか。たしかにこれまで、僕はクッキー箱を持っている人を自然と恋愛対象にしている。


「それにだ!」


 さらに演説は続いた。


「もし一度クッキーを食べてしまえば、次はどうする。無いもの同士で付き合う? それもいいだろう! だが、恋愛はもっと自由なはずだ! こんな箱のせいで、俺たちの恋がパターン化されてしまっていいのか!」


 それも言える。二度目や三度目があってもいいはずだ。


 演説をしていた男は、ポケットからみずからのクッキー箱を取りだした。それを足もとに置いていたゴミ箱に投げ捨てる。


 熱気あふれる会場から、拍手喝采がわき起こった。


 なんというクラブ、いや、なんという世界だろう! 僕は、目からウロコが落ちた思いだった。


「それでは、部長が来られましたので、部長のスピーチを!」


 司会進行の人がそう言うと、会場の学生たちすべてが立ち上がり拍手し始めた。


「ちょっと、いってくるよ」


 オークショットはそう言い残し歩いていった。彼が部長なのか!


 さっそうと壇上に上がると、オークショットは落ち着いた声で話し始めた。


「ありがとう、諸君しょくん。今日はひとりの同志を紹介したい。グラント!」


 オークショットが僕に指をさしたので、会場の人々がいっせいに僕のほうを向いた。


「彼は被害者だ。数ヶ月前に、ひとりの女子生徒と恋に落ち、クッキーを交換した。だが、女は、それをひと目見るなり彼を捨てたのだ!」


 会場から「おー」とあわれみの声が漏れた。


「彼は、すばらしい人物だ。公明正大で慈愛じあいにみちた青年である。偉大なる彼は、恋がやぶれても女を責めることはない。そう、根源的な問題は彼女ではないことを知っているからだ! 問題を引き起こしているのは、クッキーなのだ! 諸君、われらが被害者に拍手を!」


 みなが割れんばかりの拍手をした。


 オークショットとは今日に初めて会ったので、僕が公明正大かどうか解らないはず。そうは思ったが、拍手を受けるのは気持ちよかった。片手をあげてこたえると、さらに大きな拍手となった。


 帰りぎわに「七月一五日零時」と書かれた紙をわたされた。十五日は三日後だ。


 オークショットに聞いてみようと探したが、彼は多くの学生にかこまれていた。


 だれかほかに聞ける人はいないか。まわりを見まわすと、他校の生徒らしい六人のグループがいた。


「これって、何だい?」


 僕が聞くと、ひとりの女性がふり返った。黒くて長い髪と、同じく黒くてピッタリとしたかわのロングパンツがにあう、とてもきれいな女性だ。


「それはね、今度の大集会よ」

「大集会?」

「みんなでクッキー箱を持ちよって、盛大に燃やすの!」


 焼くのか!


 思わず、両親からもらったクッキー箱が頭に浮かんだ。あの高級そうな銀のクッキー箱だ。


「会場で見かけたら、声をかけてね!」


 彼女はそう言って、仲間と去っていった。


 焼いていいものだろうか。自由恋愛クラブの考えは、すごくよくわかる。だが親から貰った箱でもある。それに、まだ中身を確認していない。


 答えがでないまま、その日は、あっという間にきた。


 会場はどこなんだろう。疑問に思ったけど、すぐにわかった。大学の廊下にある演劇部のポスターなどが貼られた掲示板だ。そこに以前の紙と同じ字体で、一行だけ書かれた張り紙がしてあった。


「フェリクス工場跡」


 となり町のつぶれた工場だ。とりあえず、いってみるか。そう思った。イヤになったら帰ればいい。それに、あの黒髪の彼女もいるかもしれない。


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