【短編】ポロン星のクッキー

代々木夜々一

第1話 ふしぎな習慣

 ポロン星には、ふしぎな習慣がある。


 三才までに、自分の好きなかたのクッキーを焼く。


 そして焼いたクッキーは、専用の小箱に入れて保管する。


 このクッキー、おどろくべきことに腐るという心配はない。「エポートル」という特殊な小麦粉を使っているからだ。


 この「エポートル」という小麦粉は貴重すぎて、三才までに一度きりしか買えない。つまりこの腐らないクッキーは、人生でたったの一回しか作れない。


 自分のクッキーが入った箱を見つめた。


 手のひらに乗るサイズだが、銀で作られていて表面には花の彫刻が入っている。これは当時、両親が用意してくれた箱だ。開けてみようと力を入れてみたが、やっぱりビクともしない。


「ごめん、おまたせ」


 フローラがやってきた。卒業式のローブは付けたまま、帽子もきちんとかぶっている。ぼくもローブは付けているが、帽子ぼうしはどこかで無くした。


 そう、今日はハイスクールの卒業式。


「じゃあ、これ」


 僕は、クッキー箱をさしだした。


「ほんとにするの?」


 フローラがとまどいながら、ポケットから自分の箱を取りだした。たがいに箱を交換する。


 僕のクッキー箱を手にしたフローラが、びっくりしたように目を大きくした。


「うわ、すごい豪華な入れ物。それも花の彫刻なんて。グラントのご両親って、けっこうセンチメンタルなのね!」


 その通り。こんなコテコテのクラシックデザイン、ちょっと恥ずかしい。フローラの箱は、淡いグリーンのプラスチック製だった。


「じゃあ、開けよう!」


 クッキー箱は、特別な鍵がかかっている。まず、ふたつの箱をくっつけないといけない。そうすると第一の鍵が開き、それから急いでふたつを同時に開けないといけない。


「待って、待って!」


 フローラが止めた。


「やっぱり、今開けるのは早いわ!」

「そんな事はないさ。フローラ、僕のこと好きだろう?」

「うん。好きよ」

「卒業式の日にクッキーを開けようって、約束したじゃないか!」

「うーん、でもこの箱を見てたら、軽い気持ちで開けちゃいけない気が……やめとくわ!」


 これが、フローラとの最後。結局、違う大学にいったフローラとは、だんだんと疎遠になりわかれた。


 永遠の愛を誓った恋人同士が、たがいのクッキー箱を開ける。古くからのならわしだけど、はたして意味があるのだろうか?


 一説によると、相手の箱を開けた瞬間、その恋が本物かどうかわかるらしい。けれど、三才の時に作ったクッキーだ。それを見て何がわかるのか?


 ちなみに、どんな形のクッキーを作ったのか、僕はおぼえていない。星型のクッキーだった気がするが、なにせ三才だ。はっきりとした記憶ではない。


 両親と作ったはずなので聞いてみたが、教えてくれなかった。


 子供のころ、ズルをして開けようとしたことがある。


 当時よく遊んでいたおさななじみで「ジグニー」という子がいた。となりの家に住んでいて、年齢は僕よりひとつ下だったが、自分のことを「僕」と呼ぶような男まさりな女の子だった。ジグニーも自分の型を忘れてしまったらしく、ふたりでこっそり開けようとしたのだが、父にバレてしまった。


 あの時ほど、父に怒られたことはない。でも、僕のクッキーは何型にしたんだろう。気になる。


 フローラとはわかれたが、大学に入ると、恋はそこら中に落ちていた。


 しかし、クッキーを見せ合うまでにはならない。


「永遠の愛なんて、考えなくていい。僕は自分の型が何だったのか知りたいんだ」


 そう前置きすると、何人かは寸前までいった。でも僕のクッキー箱、花が彫られた銀の箱を見た途端とたんに、どの女の子も怖気おじけづいてやめた。


 まったく、大層なものにしてくれたよ、うちの親は。


 最大のチャンスは大学三年生の時だった。


 相手の名はメイレル。栗色の髪に、栗色の目。ふっくらしたほほと、大きな目がとても印象的だった。


 メイレルは「結婚したらこうでなきゃ!」と、ずいぶん前から決めていることがあるらしい。子供は五人で、男の子が三人。家は大きくて、ピンク色の壁がいいそうだ。


 ピンクの家なんてぞっとする。でも相手がいなきゃ、箱は開けられない。


 箱を開けた場所は、夕日をバックにした砂浜だった。儀式は夕日にらされて、と彼女が決めていたからだ。


 僕らはたがいのクッキー箱を交換し、くっつけた。


「カシャン」と鍵が開く音。


 そして同時に開けた。


 彼女のクッキーは「うさちゃん」だった。彼女らしいと言えば、彼女らしい。


 僕は、くすりと笑って彼女を見ると、彼女は僕のクッキーを見てわなわなと震えていた。


「どうしたの?」


 彼女は僕の箱をバチン! と閉めると、僕の手から自分のクッキー箱をもぎとり、駆け出していった。


 ぼうぜんと、彼女の後ろ姿を見つめた。何が悪かったのだろう。彼女が思っていた形ではなかったのだろうか。


「クッキーを見せ合って振られた男」といううわさは、またたく間に大学内で広がっていった。すれちがいざまに、皆がクスクス笑うのだ。こんなの、あんまりだ。僕はメイレルを呼びだした。


「学校中に言いふらすなんて、あんまりじゃないか?」


 彼女は申しわけ無さそうな顔をして話しだした。


「同じ部屋のサリーが……」


 要点をまとめると、あの日の夜、泣いて帰ったメイレルは、同室のサリーって子になぐさめてもらったそうだ。その時、メイレルは忘れていたらしい。そのサリーって子が、とてもおしゃべりな子だったことを。


「ごめんなさい」


 泣きだしそうな顔をしているメイリルを、これ以上怒ることもできない。


 もうひとつ聞きたかったことを聞いてみた。


「僕のクッキーの形は、気に入らなかったのかい?」


 彼女はうつむいて黙っている。


「どんな形だったのかだけ、教えてくれないか」


 顔を上げた彼女は、首を振った。


「だめよ。結ばれない相手の中身は誰にも言えない」

「知ってるよ。でもそんなの迷信じゃないか」


 しかし彼女は、かたくなだった。何度お願いしても、けっして教えてくれなかった。


 たかだか、クッキーの型を確かめるだけなのに、上手くいかないものだ。


「ごめんなさい。婚約破棄こんやくにして下さい!」

「婚約破棄。ああ、そういう言いかたもできるか!」


 ちょっと、いやかなり反省。真面目な子にとって、クッキーは婚約になるのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る