俺の就職先
桃村
就職難
俺の名前は、小倉翔(オグラショウ)、絶賛就活浪人中の二十歳だ、高校を卒業し短期大学に行き卒業をしたのはいいけども、その後就職ができずいまだに親のすねをかじっている、親不孝ものだ、当初のプランではすでに就職し初任給をもらい親を高級なレストランにでも連れて行こうと思ってたのになぜこんな結果になったのか。
理由は簡単だ、面接になるとあの場のなんとも言えないような空気感に耐えられず上がってしまい、ろくに質問などに答えられず自滅してしまうのだ。
今日も面接の帰りだが結果はどうせ落ちている、なんせ今日は面接に行った会社のダメなところばかり話してしまい、面接の途中で追い出されてしまったのだ。
「はぁー学生の頃に戻りたい」
軽く現実逃避をしているうちに、家に着いてしまった、玄関を開けリビングに入ると俺の最も嫌いな人物がそこにいた。
「よぉ〜翔、早かったな今日の面接もどうせダメだったんだろ〜」
「最悪だ・・・・ゆず姉・・・なんでいんの?」
脱力して、ガックリと首を垂れるままに問う。
「なんでって、そんなのご飯食べに来たからに決まってんじゃん、それより翔〜、昨日お姉ちゃんから聞いたぞ〜、いやはや大変だね〜」
するとそいつはソファから立ち上がりこちらに歩を進め、ケラケラと笑いながら人の頬を指で何度もつついてきた、そこに慰めや気遣いなどの様子などなく、俺の心の傷など、きっとただの笑い話にしか思ってないのだろう。
昔からそうなのだ、人の不幸は蜜の味だという言葉を具現化したような女なのだ、そんな奴だからこそ。
「俺、あれほどゆず姉にだけは何も言うなって釘刺しといたのに」
裏切りやがったな、母さんめ。
「あははは、そりゃ無駄だよ、嘘とか隠し事とか、お姉ちゃん超苦手だもん」
まあ、その見解に関しては悔しいが、前面同意せざるを得ないのだが、いろんな意味で悪意というものに疎すぎる俺の母は、俺の知る限り未だかつて嘘の類を完遂できた試しがないのだ、だから実際のところは、こいつが家にやってきた時点でこうなること───執拗に茶化されることは半ば確定していたようなものではあった、だがしかしまさかこんなに襲来が早いとは思わなかった。
さて、もはや言うまでもないが、この俺のことをいじるのが大好きな女───眉村柚(マユムラユズ)とは俺の叔母である、年のほどは現在、二十五歳・・・と告げると大抵は誰もが驚く、無理もない、見た感じとてもそんな年齢には見えない容姿だからな。
顔は童顔、低身長、お洒落の、おの字もないような服装、どこをどう見てもそこらへんの小学生にしか見えない、だが嘘ではない、確かにこいつは二十五で俺の叔母なのだ。
「なぁゆず姉、学校はどうしたんだよ?、ようやく首になったか?」
そして、驚きの事実はもう一個ある、それはこいつの職業だ、学校といったが通っているわけではなく、教えているのだ、なんとこいつ、教師なのである。
「なるわけないだろ、ようやくってなにさ、翔が面接に落ちまくって就職できないって聞いて有給を使ってまでして駆けつけたのに、にしても面接でド緊張しちゃうってこれまた」
そういってうなだれたかと思うと、すぐさまわざとらしく笑い出すゆず姉、っておい今の俺にそんな冗談を捌く心の広さなんてないぞ。
「・・・殴るぞてめー」
これは流石に堪忍袋の緒が切れたわ。
「おっ、じゃあ久々に本気でやろうかな、腕の一本や二本は覚悟しろよ」
と、俺が怒りを宿した両手の拳を握り込み戦闘態勢に入ろうとした瞬間、ゆず姉は嬉々としてバックステップで距離をとり、構えた、その目には明らかな殺意が込められており、絶望的な威圧感が渦を巻きリビング一帯に満たされていた、俺の体に、二十年間にわたり刻み込まれてきた古傷が、一斉に疼き出す、まるで、ニゲロと懇願するように。
相変わらずちっとも勝てる気がしねぇ。
「なあ、ゆず姉帰ってくるときに買ってきた、ホーゲンダッツのアイス食べるか?」
握りしめていた拳をゆっくり解く、仕方がない、今日のところは勘弁してやる事にしてやろう。なんせ本気で戦ったら、歯止めがきかず殺してしまう危険があるからな。
もちろん言うまでもないがゆず姉が俺をである。
「アイス‼︎、やった、食べる食べる」
アイスの名が耳に入るなり一瞬で武装を解除し、冷蔵庫の中からコポコポと自分専用のマグカップにジュースを注ぎ始めるゆず姉の後ろをそそくさと通り抜け、キッチンの奥へ、べ、別にびびってないぞ、相手の得意分野で仕事をさせないのはあらゆる物事においての基本中の基本なのだ、勘違いするなよ。
くそう穴があったら入りたい。
「なぁ、母さんは?、今日はまだ会ってないのか?」
冷蔵庫から取り出した牛乳をコップに注ぎながら、大きめの声で呼びかける、いつもならとっくに夕飯の準備が始まっている頃なのだが、キッチンどころかリビングにすら母の姿はない、あんだけ騒いだのに姿を現さないところを見ると家にいないのだろうか、ゆず姉は家の合鍵を渡されているので、勝手に上がり込んだ可能性は十分にある。
「会ったけど、さっき買い物に行ったよ、カレーライスのカレー粉、買い忘れたんだって」
うわーアホすぎる、料理名に入っているのに、ま、母さんにはよくあることなんだが。
つまり夕食は少し遅くなるということか、軽くお菓子でも食べるか、アイスはこいつにあげちゃうしな。
「オラよ」
「おっとっと」
アイスをゆず姉に向かい投げるとゆず姉は、優しくアイスをキャッチした。
「で、本当のところ何しに来たんだよ?有給使ってまで来て」
ダイニングテーブルにゆず姉と向かい合って座り、キッチンから持ってきたお菓子の包紙を破りながら単刀直入に訊いてみる。
成人する前まではそれこそ毎日のように押しかけてきていたゆず姉だが地元の国立大に入学し教育実習が始まった頃にはだいぶその頻度も落ち着いてきた、就職先が人工学園島と聞いてよっしゃーと思っていたが、最近は日曜祝日に現れるようになりようやくそのリズムにも慣れてきた、なのに、突然こんな平日の夕飯前にお出ましである、ただ俺をからかうために来た、とは少し考えにくいだろう。
「そんな対したことじゃないってば、ちょっとお姉ちゃんの味が恋しくなってな」
「いや、ついこの前の日曜も来てたじゃん、で本当のところはどうなんだよ」
「まぁ、実際のところはね、ちょっと頼みごとがあってやって来たのだよ」
「頼みごと?母さんに?」
金でも借りに来たのだろうか、こいつは基本的に浪費するタイプじゃないのだが、時たま店にあるお菓子やアイスやらを一つ残らず買い占めたりするから油断ならない。
「違う、あんたに、四歳の頃私のファーストキッスを強引に奪った、小倉翔くんにお願いしたいことがあってやって来ちゃいました」
ほう、それでこの物言いか、もはや感心するしかない、つーかそんなことしてねぇ、絶対でっち上げだ、してないよな。
「よし、帰れ」
何がお願いだ、世の中なめんな。
「残念だよ翔、交渉決裂か、私の口から君の特殊な性癖を世間様に吹聴して回るのはいささか気が引ける部分があったが、致し方ない、それでは邪魔をした」
とゆず姉は立ち上がり、くるっと背を向けてリビングから出ていこうとする。
ハハハハハ、この女二十五にもなって交渉の意味をはき違えてやがる、ばかめそれは交渉ではなく、脅迫というのですよ、俺の性癖なんて捏造し放題じゃないか。
「まて、慌てるな、話だけでも聞こうじゃないか」
去りゆく背中にそう声をかけた、くそこのまま行かせたら本当にあることないこと撒き散らすからな、仕方なくだ。
「ふふん、やっぱ持つべきものは優しい甥っ子だね」
そう返してくるのを確信していたかのように含み笑いで、元の椅子に座り直すゆず姉。
「なんとでも言え、で頼みごとって?」
「えっとねー、あのさ実は私、今年からクラス担任になっちゃたんだ」
「ほう、すごいことじゃねーか」
「だろ、それでなんだけどクラスの中にあるクランの中でちょいやばい成績のクランがあるわけよ、私は担任という立場上一つのクランにそこまで肩入れができないわけよ」
「それで?」
「うむ、お願いというのは他でもない、アカデミー十二校代表主席さんよー、お前ちょっくら、あいつらのコーチになっておくれよ、今のままじゃ成績不十分で留年しちゃうかもなんだよ、だから頼むわ」
「ふざけてんのか?」
「大真面目だよ、だいたいあんた今暇でしょ、頼むなら格好の時期じゃんか」
ああ、暇だとも、だからこそあり得ない話なんだろーが。
「なあゆず姉、なんで今俺が暇なのか母さんに聞いたんだよな」
「聞いたよ、それが?」
「それがじゃねよ!」
思わず立ち上がって声を荒げる、何考えてんだ、ただでさえとても乗り気になれないような話だってのに、この時期だぞ、嫌がらせにも程がある。
だって。
「あんたのとこアカデミーアイランドじゃねーか」
人工学園島───通称:アカデミーアイランド:。
真のエリート育成を掲げて運用を始めた島で、これまでに優秀な卒業生をこれでもかと言わんばかりに輩出している一大都市だ。
「ねぇ翔、翔はさ学園島に遊びに行くみたいに思われるのが嫌なんでしょ、就職もしてないのに」
「そうだよ」
「でも大丈夫、これはちゃんとした就職だから、お給料もでる、これなら断る理由ないでしょ」
「そうだけど、俺がいた頃にコーチなんて制度なかったぞ」
「そりゃそうよ、今年からできたんだもん」
「でも俺は」
「もう決まり、やっと就職できてお給料をもらえて、お姉ちゃんにいろいろと恩を返せるんだよ、迷うことないじゃん」
「あーもうわかったよ、やるよやればいいんだろ」
「そうこなくっちゃ」
こうして俺のアカデミーアイランド行きが決定した。
END
俺の就職先 桃村 @momomura
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