告白の方法

@chauchau

隠れて見ているお母さん


「最高の花束頼んだ! 五百円でッ!!」


「出直してこい」


 カウンターに叩き付けられた大量の小銭をそれでも数え上げる俺の優しさに涙すると良い。


「おぉぉ……ッ! 俺がこの五百円を生み出すのにどれだけ苦労したか知ってるのかよ……」


「知ってる」


 教室であれだけ騒がしく貯めていることを宣言していて知らないほうが難しい。

 付け加えるなら大して苦労していないだろう、お前は。母親からもらった昼飯代のお釣りをちょろまかしていただけじゃないか。


「頼むよ、花屋ァ! お前しか居ないんだ! 俺にはお前しか居ないんだ! とりあえず今はッ!」


「俺の名前は橘だ」


「そこどうでも良いじゃーん! つーか、お前のこと花屋って呼んでない奴のほうが少ないし!」


 初詣だってこれほど拝むことがないほど拝んでくるクラスメートの態度に溜息しか出ないけれど、彼だって伊達にクラスの人気者の地位を確保しているわけじゃない。あの手この手で煽てながら捨てられた子犬みたいな瞳を向けられては動かないこちらの方が鬼かと錯覚を起こしそうになる。


「……分かったから、隅で待ってろ。そこで騒がれたら営業妨害だ」


「抱えるサイズで頼むぞ!」


「桁で金が足らねえよ」


 そもそもが店として頼まれた以上断るわけにはいかないんだ。飛び跳ね全身で喜びを表現するクラスメートを放置して、俺はもう慣れてしまった花束作りに勤しんだ。


「やっぱり持つべきものは花屋のクラスメートだよな! あの話を聞いた時にピーン! と来たね、これはもう来たね!」


 そうだな。


「勝算もあると思うんだよな! この間だって俺にだけ笑ってくれたんだぜ!」


 だから。


「絶対告白成功させるぞォオ!!」


 俺は花屋の仕事が嫌いなんだ。


 五分後。

 可愛らしい花束を彼は氷細工に触れるように優しく持ち上げて、それでいて台風みたいな勢いで店を出て行った。


「いま飛び出して行ったのって友達かい?」


「ただのクラスメート」


「そうかいそうかい、青春だねぇ」


 背後からかけられたのは配達に出ていた母の声。役目を終えた俺はこれ以上なにかを頼まれる前にそそくさと自分の部屋へと逃げようとして、悲しいことに肩に母の手が伸びて捕まってしまう。

 見るからに告白に向かう息子の同級生にニヤニヤしている母ではあるが、表情とは裏腹にがっちり回された腕には一切の容赦がなかった。


「ところで……、あれ。いくらもらったんだい」


「……お代ならそこにあるから後で数えておいてよ」


「ほほう……、五百円くらいか」


「……」


 どうすれば離れた場所からたくさんの小銭で形成されたお代をぴたりと当てることが出来るのだろうか。


「いだだだだッ! ぎぶっ! ぎぶぅ!」


「サービス精神旺盛なのは良いけど、限度ってもんがあるだろうがッ!」


「そこまでおかしなものを作ってな、ぁ痛たたたッ!」


「千円分はあっただろうッ! あたしの目は騙せないよ!」


 気付いてくれるだろうか、少しだけ豪華に包んだ花束に込めた思いを。


「偶になら見逃しもするけど、あんた最近いくら何でもやり過ぎなんだよ!」


 惨めな俺の精一杯の強がりを。


「損失分は働きなッ!」


 次の配達準備を始める母の背中に、たとえ悪いことをしていなくても店番を続けさせる気満々だったろうと言ってやりたいものだが、俺はまだ命が惜しい。

 また独りぼっちの暇な店番に戻ってしまった俺に出来ることは、眠気と戦いながら頬杖をついておくことくらいであった。


「やッ! 暇そうだね!」


 クラスメートの襲来に母からの折檻と続いてもしやと思っていたけれど、どうやら今日も間違いなく厄日らしい。

 暇な店番ライフをエンジョイしていた俺がいま一番会いたくない奴が夕日を背負って現れた。それよりも。


「手ぶらかよ」


「そうだよ? 手土産なんてあると思う?」


「別に」


「さっき君のクラスの人に告白されたんだけどさ」


「聞いてねえよ」


「断ったよ」


「もっと聞いてねえよ」


 これ以上は見ていられないと顔を下げる。入ってきた途端に手元を確認してしまった自分が情けない。

 玉砕した彼には悪いけれど、どうしてこんな女がモテるのか……、分かるからこそ腹が立つ。


 ずっと。

 ずっと彼女は評判の的だった。


 美人で頭が良くて運動神経も良くて人当たりも良いと来た。

 非の打ち所がないとはまさにこのことだ。中学に上がって、まわりが色めきだったことも彼女の人気を加速させた。

 上級生まで彼女に声を掛けているらしい。


 昔は一緒によく遊んだものだけど、いったいどこでこんなに差が生まれてしまったのか分からない。

 今となっては、こいつと幼馴染だと言える勇気すら俺には備わっていない。


「次の日曜日さ、暇なら遊びにいこうよ。久しぶりに」


「店番」


 いつからか。一緒に居るのが恥ずかしくなった。

 言われているはずないのに、俺たちを見る周囲から馬鹿にされているように聞こえだしたんだ。そんなはず、ないのに。


「またそんなこと言う」


「俺のせいじゃないだろ、仕事は仕方ねえじゃねえか」


「やだやだ、中学生からそんな台詞言っているようじゃ先が思いやられるね」


「ほっとけ」


 それでもこいつは俺の傍に居ようとするから。

 嬉しいよりもやっぱり恥ずかしいが大きい。俺なんかと一緒に居るとこいつまで悪く言われるから。そんな理由じゃないんだ。ただ、俺が恥ずかしいんだよ。あんなのがあの子の傍にどうして居られるんだ、と思われるのが。


 勇気がないなら諦めてしまえば良い。

 手を伸ばすことも出来ないんだ。だって、俺は根性なしの駄目駄目男だから。


 一ヵ月前。

 女子達が、理想の告白方法なんてくだらない話をしたらしい。


 放課後の教室だとか、観覧車のなかだとか、分かり易いキラキラした理想が語られていくなかで、


 ――花束を渡しながらが良いかな。


 そんなことをこいつが言い出したものだから。言い出したことが噂となって広まってしまったものだから。

 学校近くで花屋を営むうちに貧乏学生どもが押し寄せることになってしまったんだ。金もない連中が無理を言ってくるなんて営業妨害以外の何物でもない。


 それでも、客は客なんだ。

 頼まれた以上断るわけにはいかないんだ。


 何回も、何回も、何回も。

 俺は花束を作り続ける。


 男子がこいつに告白するための手助けをし続ける。


 根性のない俺が出来ないことをやろうと張り切る男たちを見続ける。ますます俺は惨めになるしかないじゃないか。

 だから、俺は花屋の仕事が嫌いなんだ。


「おばちゃんは?」


「配達」


「ふぅん……」


「暗くなるぞ」


「そうしたら送っていってよ」


「嫌だよ」


「幼馴染に暗い夜道を一人で歩けと言うのかい?」


「だから今の内に帰れって言ってんだろうが」


「お客様に向かって帰れはひどいと思う」


「誰が客だ」


 告白があった日。

 俺が花束を作った日。


 こいつは決まってうちにやってくる。

 告白は断ったと言いに来る。


 俺だって馬鹿じゃない。

 それがどういうことなのか。分からないなんて言うつもりもない。


 それでも、やっぱり俺は怖いんだ。

 漫画の主人公を笑えない。うじうじしてしまうんだ。一歩踏み出す勇気がどこにもないんだ。どうやっても自分から踏み出せないんだ。情けないと笑いたければ笑えよ。俺が一番俺を笑ってやりたいんだ。


「ねえ、勇也」


「俺は花屋だ」


「なにそれ? でさ、勇也。ちょっと面白い話して良い?」


「ハードルを自分でよく上げられるな」


「されたいなんて一言も言ってないんだよね」


「……は?」


 突拍子がなさ過ぎて、思わず顔を上げてしまった。

 絡まってしまった視線に、彼女は満足げに微笑んだ。


「告白の方法」


 彼女が財布から取り出したのは、小銭なんかじゃない。きちんとした千円札。それが三枚。


「ちょっとお小遣い貯めるのに時間かかったけど」


 逃げられない。

 彼女の視線が、俺を逃がさない。


「花束、作ってよ」


 どんな奴でも、金を出して注文してきた以上は客なんだ。

 そもそもが店として頼まれた以上断るわけにはいかないんだ。


 ああ、

 だから。


「お願いね」


 俺は花屋の仕事が嫌いなんだ。

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