第6話

「…」

カルロとマシューは廃屋の一角にある部屋へ連れていかれ、部下っぽく変装する事になったのだが、マシューはフードを被る程度だった。むしろフードを被った方が、小汚い衣服が隠れて良い。


一方のカルロは、顔を何かで土色に塗られたり、頭をぐしゃぐしゃにされたり、いいようにされていた。

「なんかこう、おぼっちゃま感があるのよね」

おじいさんの仲間である、恰幅かっぷくの良いおばさんが変装の手伝いをしてくれている。

「ま、隠せばいいけどね」

カルロにも同じようなフード付きマントを与えると、そこで完成したようだった。

最終的に隠すのであれば、顔や頭をいじる必要は無かったのでは無いかと思うのだが、当然言わない。なぜならマシューはすっかり潜入の流れに乗ってしまっている。そんな事より、この状況から何とか逃がれたいと、そこに意識が集中していたのだ。


それでも少し余裕があるのは、潜入するだけなら身の危険は無さそうだという事。カルロが下手に問題を起こさなければ、である。ではどうなのかと言うと、誘拐犯と思われる巨漢の用心棒とやらに食ってかかっていきそうでならない。

…ありえる、カルロの思い詰めた表情からはじゅうぶんにありえる、とマシューは思うのだった。


カルロの思い詰めた表情を見て、少女の屈託くったくの無い笑顔を思い出す。あれはまるで太陽だ、暖かい、太陽。

胸が痛んだ。

せめて少女の居場所を突き止める事が出来ればとは思うが、潜入した程度で穏便にしる事が出来るのだろうか。

いやきっとできないし、やはり無事に帰って来れる気が全くしない。


「にいちゃんの盗まれた宝石の事なんだが」


不意に、おじいさんの仲間の男から言われた。

「僕の!?」

「ああ、赤髪に頬に傷のある男に盗まれたって言ってただろ、そいつはトルアダじゃ有名な盗人でな。外国から来た旅行者をよく狙ってる」

「自分、生まれも育ちもトルアダなんですけど…」

「そいつが盗品を流す輩が裏通りにいるんでちょっと聞いてみたんだが、どうやら一般の商人に流れてったみたいでよ」

「つまり…?」

「見つけても、買い戻すしかねえなあ…」

仲間の男は申し訳無さそうに言った。


もしかしたら…もしかしたら、盗まれた宝石が取り引き現場にあって、何かがどうかなって運良く取り戻す事が出来るかも知れない、そんな甘い、大甘な事をチラッと考えていたマシューは、しかしそれも綺麗さっぱり夢となって消えてしまった事に、深くため息をつくのだった。


「よっし行ってこい」

おじいさんの仲間の男が声を上げた。変装は完了し、あとは行くだけである。

おじいさんの仲間の男は、隣にマシュー達と同じ様な格好をした細身の男を連れて来ていた。

顔はフードで見えないし、非常に不気味ではあるがしょうがない。

「よ、よろしく」

引き気味になった軽い挨拶をするマシューの横で、カルロは「よろしくお願いします」と丁寧に言うと頭まで下げているのだった。


「この人について行けば問題ない、気をつけてな」

おじいさんの仲間の男が言い終わらない内に、細身の男は先に廃屋から出て行こうと動き出している。

追いつこうと慌てて走り出した二人に、仲間の男は念を押した。


あっても騒ぎは起こすなよっ」



※※※



真夜中の中の真夜中の刻。

早起きしすぎのご老人はもう起きている頃なのでは?

そんな事を考えながら、細身の男の後ろをついて歩いていく。

裏通りは相変わらず怖い。こんな真夜中の真夜中だというのに、来た時に見たような、目が尋常ではない人達が所々に座ってこちらを見たりする。

「ひい…」

またしても声が漏れる。あの尋常では無い目は絶対に普通ではない。絡まれたら一巻の終わりである。

すると、前を歩いていた細身の男がじろりとひと睨みして来たものだから、また声が漏れた。

細身の男の目もじゅうぶんに尋常では無い。

顔は暗くて見えないというのに、目のぎらつきだけははっきり見えた。

歩いていると、意識していないのにだんだんとカルロに寄り添ってしまう。カルロが無意識に離れていこうとするものだから、だんだんと曲がり進んでしまう。気づいたカルロが困った様にこちらを見るので、カルロは裾を引きながら軌道修正してやるのだった。


前を歩く細身の男が急に足を止めた。


驚いて慌てて足を止めると、目の前に大きな古びた教会があった。


「教会…」

またしても細身の男がひと睨みしてくる。

「ひいっ…」声を漏らすと、男は視線を戻して一言だけ言った。


「喋るな」


古びた教会へ向かって進む、細身の男。いや…。

「お、女?」

今聞こえた声は、女の声だった。女っぽい声の男だと言われれば、そうかも知れないと思うくらいの、微妙な感じ。

しかし前を歩くその姿をよく見れば、ローブに隠れた体の線が女のものに見えなくもない。

「行きましょう」

カルロはそう言って先に進んで行く。

「待って!」

周囲の不気味さにはっとして、いい大人の男が情けない声を出しては小走りで追う。



※※※



教会の中では、すでに人が集まっていた。

40、50人位はいる。てっきり、1体1の取り引きだと思っていたマシューは驚いた。こんな真夜中の真夜中に集まり過ぎだろうと思っていると、とんでもないものが視界の片隅に入ってくる。

マシュー達は入り口付近にいたのだが、奥の方の集まりの中に、蛇を体に巻き付けた男が見えるのだ。

マシューは、蛇やトカゲといった系統の生き物が大嫌いだった。どこが嫌いかと問われれば、即答できる。それは、皮膚だ。


細身の男(女の疑いあり)に喋るなと言わているので必死に耐えているが、早く喋りたい気持ちでいっぱいだ。何て言いたいか?もちろん、帰りたい、である。


視界の隅で男の挙動を確認していると、蛇の男は周りにいる男と話をしていたのにも関わらずなぜかこちらを見た後に近づいて来る。気の所為だと思い込んで視界を動かすが、つい見てしまう。


蛇と目が合った。


「…っ」

声をグッと堪える。

蛇は黒く、パッと見ると蛇を巻いているとは気づかないが、首に、腕に、足にも巻きついている。どれだけ長い蛇なのか、巻かれた感触はどうなのか、想像したくもないのにしてしまう。

「ぁぁぁ…」

堪えた声が堪えきれずに漏れた。

予想してはいたが、細身の男(女の疑いあり)がひと睨みして来る。


「おい」


やはり女の声に聞こえる。

細身の男(女の疑いあり)は蛇の男に背を向ける形でこちらに近づいてそして、言う。


「喋るな」


今度はトドメの睨みを効かせての一言だった。

小刻みに頷くと、納得したのかどうかはわからないが振り向いて解放してくれた。


カルロの様子を見てみれば、まあフードでよくわからないが、おそらく用心棒を探して周囲を見渡しているのだろう、フードの布が頻繁に動く。


チラッと見れば蛇がもうすぐそこにいた。


「やっと来たか、いつもより遅いじゃないか」

蛇男は細身の男(女の疑いあり)に話しかけている。

蛇に気を取られて、巻き付けている方には全く目がいかなかったが、こうして近くで見ると中々特徴的な男だとわかる。目の周りを赤く塗り、頬には黒い紋様を描いている。蛇が服のつもりなのかも知れないが、体の線がはっきりわかる黒い皮の服を胴体に着ている。女の様に足をあらわにし、これはかなり目を引く。

そのまま視線を上げると、こちらを見ている蛇男と目が合い、心臓が止まりそうになった。

向こうはこちらの怯んだ顔はフードのせいでよく見えて無いかも知れない。

「連れか」

「ああ、このままダッハへ行く」

「へぇ、しっかりやって来てくれよ」

やはり細身の男は女かも知れない。

ダッハへ行くという言葉が気にはなったが、蛇男の手前、聞けない。

「…ジャグが居ないな」

細身の男(女の疑い)がそう言うと、蛇男はそっと近づいて小声で話した。

「すこーし人目を気にする仕事をしてるんだ」

蛇男が笑った気がした。

「どこだ?」

「お構いなしか?全くしょうがないな」

そう言って腕を動かして奥に行くように促した。

「…どうぞ」


細身の男(女の疑い)がまず歩き、そのあとカルロが続いた。蛇男は動く気配が無く、慌てて二人の後を追った。


周囲では、商談が行われているようだった。皆、マシュー達と同じように顔を隠したままの者もいれば、蛇男の様に完全に出している者もいて、美しく光る宝石に傷がつかないように、布越しに持ったり取ったりしては相手に見せて話込んでいる。ここは裏の宝石商が来る様な会場だ。一体どんな経緯で手に入れた宝石なのか、恐ろしくて考えたくも無いかった。


昔、マシューの家にも宝石商がやってきてはたくさんの宝石を見せられた事を思い出す。しかし母はあまり宝石に興味がある人では無く、どちらかと言えば宝石を装飾する方に興味を持っていた人で、「職人はどの様な方?」などと職人について知っているかもわからない宝石商相手に質問していたのをよく覚えている。

母は、美しいウェーブがかった茶色の髪をした、優しくほがらかな女性だった。


母に取り入ろうと、装飾の職人についても調べあげてやってくる宝石商もいた。母の横で一緒に話を聞いていたが、装飾や宝石の話よりも、何とか地方の気候はここと全く違うだとか、この季節になると何とか地方では祭りが開かれるだとか、そういった話に興味があって熱心に聞いていた。

しかし皆、取り入りたい人間が興味を持つような話はたくさん持ってくるのだが、マシューの興味を引く話を持って来てくれるような人は、誰一人としていなかった。なので少し気になって質問しても、詳しく知らずマシューの知識欲が満たされる事は無かった。むしろ迷惑そうな顔をされ、視線を逸らされるのだった。


そんな時、奇妙な男がパントティア家に滞在するようになった。

奇妙な男は、マルコスと言う名前の旅人だった。

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