第5話

「人攫いなぁ」

おじいさんの仲間は、考えるような素振りをしてそのままだった。

「いませんか!?」

カルロが勢い余って前のめりになっている。

「思い当たる奴らが多すぎてなあ」

おじいさんの仲間は椅子代わりの石に座って考え出す。体勢を変えて頭を回転させてるのだ。マシューもよく、貴族であった頃は庭に出てその様な事をしていた。

何を捻り出そうと思っていたのかは正直覚えていないが、貴族的に必要な貴族的な何かだったとは思う。


「ちょっと待ってろよ」

おじいさんの仲間はそう言って近くの廃屋の中に入って行った。


廃屋から出てくるのを、カルロと待つ。ちらりとカルロを見てみれば、もの凄く心配なんだろなと一目でわかるような酷いしかめっつらをしている。


「あの子、妹さん?」

話しかけるのは気が引けたが、同時に話しかけずにはいられなかった。

「え…?」カルロは頼みの綱から情報が貰えるか貰えないかで頭がいっぱいのようで、すぐに質問を理解していなかった。

「ああ、そんなもんです。同じ村出身で、ジュティは家族もいないし」

カルロの返事で、マシューの中のジュティの印象が変わってしまった。明るくて、幸せそうで、きっと家には優しい母がいて、父の帰りを待って、…そんな生活をしていそうな女の子だったのに。

「早く、…見つけないとね」

ありがちな言葉しか思い浮かばなかった。


廃屋からおじいさんの仲間が戻ってくる。

「待たせたな!」

心なしか表情が明るい。これは何か期待できそうだ。

「小さい子供を攫うような奴等は心当たりが無いんだが、巨漢の男が見慣れない女の子を担いでいたって情報があるな。その巨漢の男っつーのが、アヴィヴィの用心棒をしてる奴だ。なんか心当たりないか?宝石とかよ」

「宝石?」

マシューはむしろ自分に心当たりがあった。

「ああ、アヴィヴィは裏の宝石商だ。表向きは武器商人だがな、どうだ?にいちゃん」

カルロは青ざめた顔で答え始めた。

「…青い、珍しい石を持ってました。このくらいの」

手の平で大きさを作って見せた。ちょうど、マシューが持っていた宝石のサイズと同じくらいである。

「ああ、ビンゴだな、うーん!困ったなあ」

おじいさんの仲間は、声を張り上げて空を仰いだ。

「や、やばい人達なんですね?」

思わず体を退けながら聞いてしまう。

「そうだな、ある意味やべぇな、あいつは」

「どこにいるんですか?」

カルロが食い気味におじいさんの仲間に詰め寄った。「ちょ、カルロ君…」止めようとして肩に触れた瞬間に振り払われる。

「早く行かないと…どこにいるんでしょうか、そのアヴィヴィって奴は」

「教えてもいいが、二人で乗り込んでどうにかなる相手じゃないぞ」

乗り込む人数に加えられているのは気になったが、訂正する雰囲気では無かった。

「そ、そうだよ、カルロ君、ここは正攻法で行こう!」

「正攻法?」

取り敢えず止めなければと思い出た言葉の意味が自分にもわからない。

「えっとだからね、そうだな、向こうは裏の人間だ、力ずくでやりかえされてしまうさ。だからここは、えー、えー、そうだな、街の治安部隊を頼ろう!」

言いながら思いついた提案は思ったよりまともだと思ったのだが、おじいさんの仲間は唸った。

「治安部隊が動くか?最近は黒い竜の出現でばたついてるみたいだしよ」

「やっぱり僕が行きます、場所を教えて下さい」

カルロは深刻な顔をして、再びおじいさんの仲間に詰め寄っている。

それでもおじいさんの仲間は答えたく無い様で、「でもなぁ」などと言いカルロの気が収まるのを待っている。


「ジュティは、俺が村から任された子なんです。僕がもっと気をつけてれば…。僕がもっと気をつけてないといけなかったんだ、僕が…」

カルロが呪文の様に後悔の念を唱え始める。

もうどうにもならない、後悔するという気持ちは、マシューにも痛い程よくわかった。おじいさんの仲間もそれは同じらしく、カルロの肩をぽん、と叩いた。

「…ちょっと待ってろ」

おじいさんの仲間はそう言うと、また廃屋へ入って行った。

一体あの廃屋には何があるのか、もの凄く気になる。


横目でカルロを見ると、一層深刻な顔でうつむいていた。


今度はおじいさんの仲間は中々戻ってこなかった。

廃屋をじっと見つめていると、窓に人影がうっすら見える。目を凝らして見ると、それは女性のシルエットに見えた。シルエットは、窓際から動かなくなる。もしかしてこちらをみているのだろうか。


シルエットに集中していると、いつの間にかおじいさんの仲間が廃屋から出てきた。


「待たせたな!」


戻ってきたおじいさんの仲間は、またしてもいい知らせを言いそうな顔だった。

「アヴィヴィは今夜、裏通りのある場所で商談予定らしい。そこに潜入出来るようにしてやる」

「せ、潜入??」

「ああ、ただし騒ぎは起こさないこと。用心棒がいたからって、突っかかっていかない事、これが条件だ」

巨漢に突っかかってなど行くわけがない。カルロはやりそうな気もするが。

「行きます!」

カルロは真剣な顔で答えた。

「よし、じゃ、ちょっと説明しよう。アヴィヴィには結構な数の部下がいるんだが、俺たちの仲間もそこに入り込んでたりする。今回、そいつの力を借りて潜入するって流れだ」


裏通りで暮らすには、綺麗事だけでは済まないのだと実感する。あの人の良さそうなおじいさんも、やはり人には言えない事をしていたりするのだろうか?

というかすっかりカルロと一緒に潜入する方向で話が進んでいる、これはマズイ。

「にいちゃんはいいとして、そっちのにいちゃんはちょっと綺麗過ぎるな」

カルロを指さしておじいさんの仲間が言う。

「僕は潜入…」

「ようし!潜入準備といこう、さあ、こっちに」

マシューの声はおじいさんの仲間の気合いの入った声にかき消されるのだった。


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