第4話

ジュティが重いまぶたを何とか開けると、辺りは真っ暗だった。


お日様が沈んだあと?それとも朝?

瞼を再び閉じる。


寒い、暖炉に火を入れよう・・・、そう思った時に自分の置かれた状況を思い出した。

勢いよく上半身を起こしたが、辺りが真っ暗すぎて平衡感覚が無く、また倒れてしまった。


大男と、ヘビを巻いた男に連れ去られたという現実。


ここはどうやら建物の中のようだ。この空間の外に誰かがいるような声も聞こえるが、微か過ぎて何を言っているかわからない。


目を開けていると、真っ暗だった景色の中に色々な物が浮かんできた。

壁に埋め込まれたような本棚、ふかふかそうなベッド、クロスがひかれたテーブルとイス、二重の窓。

立ちあがり窓辺に近づき、一枚目の窓を開ける事に成功した。二枚目は雨風からガラス窓を守る為の木で出来た窓だったが、何度も適当に揺らして見ると開いてしまった。

勢いよく外の風と月灯りが入ってくる。外を覗いてみると、この場所が飛び降りる事の出来ない高さである事を突きつけられた。


遠くを眺めて見れば、見慣れた広場があった。


そこでジュティは、何かに気づいたように肩掛けバックをまさぐり精霊の入った石を探すのだが、手に触れない。

月灯りが当たる場所にバックを持ち上げて目で探すも、無い。


「何で」

力無い声。それは涙が出る前の声でもあった。


***


広場にあるベンチに、ボロボロになった服を着た男がまだ座っていた。

少女に待ってて、と言われたものだから律儀に待っている。

本当はもう戻って来ないのかもしれないが、情けないが自分には他に行く場所もない。


あの少女は良い子だ。

きっと何か理由があって、来れなくなってしまっただけだ。必ず、明日、明後日、いつかまたこの広場に来てくれる。

だからここに居よう、そう思った。


しかし、夜も朝も寒い今日。寝る時ばかりは、風が遠らない所がいい。

ここ数日寝ている、ある場所へ向かおうとした時、必死に叫ぶ一人の若者に目が行った。


「ジュティー!いるか!」


自分より若い少年が叫んで誰かを探している。

なんとなく見ていると、その少年と目があった。

少年は白い息を吐きながら近づいてくる。

「すみませ、、、」

かけようとした声が途中で途切れた。

「す、すみません、女の子を見ませんでしたか?」

しかしすぐさま言いなおす。

臭いのだろうか・・・?男はふと思ったが言わなかった。

「女の子ってどんな?」

「背はこのくらいで、髪の毛がくるくるで2本に分けてます。バックを肩から斜め掛けにして、今日はカゴも持ってたみたいです」

少年が急いで説明する女の子は、自分に食べ物をくれた、ここで待っててと言った少女そっくりだった。

「その子は・・・知ってるかも知れない」

思いがけない言葉に、少年は更に息を荒くした。

「ど、どこで見ました?一人でしたか?いつ頃の話でしょうか!」

矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

「朝の事だけど、僕に食べ物をくれたんだ・・・僕の事を心配してくれて、ちょっと待ってて、ってどこか行ったきり、戻ってこないんだ」

「戻ってこないって・・・朝からずっと?」

少年は怯えた表情を見せた。

「ああ、来れなくなったのかなって思ってたんだけど・・君はあの子の家族?」

「朝からずっと・・・そんなに前から・・・」 

少年に声は届いていないようだったが、しばらくするとまたこちらを向いた。

「朝からずっと・・・ここに?」

驚いた様に少年は言った。

「何か?」

問題でもあるのか。

「い、いえ・・・」

少年は気まずそうに返事した。

「ジュティ、その子、どっち方面に向かいました?」

方角を指差して教えると、少年は礼を言い走り去った。


「・・・」

公園の寝床へ向かうのはもう少し後にしよう。

もしかしたら少女が来るかもしれない。


少年の言葉を思い返す。『朝からずっと・・・そんなに前から・・・』

行方不明になってしまったという事だ。

この街は、裏通りにさえ行かなければ、他の街に比べても比較的安全だと思っていた。

あんな小さい子が行方不明になるなんて。

広場に戻ってこない理由が、行方不明になったからだなんて。


自分に起きた出来事といい、この街は危険な街になってしまったのだろうか。金を盗まれたのも、強盗にあったのも、宝石を盗まれたのも、すべて表通りでの出来ごとだ。

自分も広場が見える範囲で、探しに行こうか。


そんな事を考えていると、近づく足音に気がついた。顔を向けると、またさっきの少年がいる。

「はぁはぁ・・」

目の前で止まり、息が整うのを待ったあとに口を開いた。

「あの、この街の方ですよね?何かこう、人攫ひとさらいが出るとか、そういう情報しりませんか?」

ほんの少し前まで大きな屋敷の中で何不自由なく暮らしていた彼に、少年は酷な質問をした。

「いや、裏通りは危ないって事を知ってるくらいかな・・生まれも育ちもこの街だけど、あんまり詳しくないんだ、ごめん」

少年はそうですか、と答えたっきり、立ち尽くしてしまった。

本当に僕は何も知らない・・・力もない。


頭に、真っ白なヒゲのおじいさんが急に浮かんだ。裏通りで細々と、かつ器用に暮らし続けているあの人達なら、何か知っているかも知れない。

「っそうだ、詳しそうな人を知ってるよ、強盗に会った僕を裏通りで助けてくれた人達なんだけど」

少年の自分を見る目が変わったのがわかる。

「そういう危ない話とかも知ってるんじゃないかな。道、あんまり覚えてないけど、案内しようか・・・?」

少年は嬉しそうに返事をしてくれた。

なんだか自分も嬉しくなった気がした。



***


裏通りへの道は怖かった。

昼間でさえも怖いというのに、今は夜である。


道の両脇に、目の色が尋常ではない人達が座っている。目が死んでいたり、無駄に力がみなぎっていたり。

「こ、こわい・・・」

そう呟いたのは少年ではなくボロボロになった服を着た青年の方だ。恐怖のあまり、少年にぴったりとくっついて歩いている。

少年が足を止める。

「分かれ道ですけど、どっちですか?」

少年の自分に向ける目が冷たいものの様に見えるのは、きっと気のせいだ。

「どっちかな・・ああ、こっちかな」

不安げに足を進める少年と、くっついて歩く青年。

「そういえば、名前聞いてもいいですか?僕はカルロと言います。」

「ああ、僕は・・・」

名乗ろうとして、声にならなかった。少し前まで自分の名前だったものははく奪されてしまっている。

「G・・・」

「えっ?」

力無く答えたのを聞き返されてしまった。

「G!」

自分の名も言えず、とっさに彼はミドルネームであったものを答えた。

「じ、じい、ですか」

少年はそれ以上聞いてこなかった。少年なりにこれ以上聞いて欲しくないという自分の威圧感を感じとってくれたのだろうか。


「Gさん、じいさん?ここはどっちです?」

まるでおじいさん呼ばわりであるが仕方ない。

表通りまで送ってくれたおじいさんと別れた所から裏通りに入り、記憶を頼りに進み続ける。


「あ」

思わず声に出た。

少し先にたむろする人々が見慣れた人達だからだった。

近づくと、おじいさんの仲間達であるのがはっきり分かって、走って近づく。

最初は少し警戒した様子でこちらを見ていたが、自分だと気づいて表情を緩めてくれた。

「久しぶりだなにいちゃん。・・・なんかあんまり変わってねぇが。宝石売れなかったのか?」

胸が痛い。

「まさか、また盗まれたんじゃねえだろうな」

そういうと冗談めかして笑っていたが、正解なのだと気づいて肩を叩いてきた。

「まぁ、人生そんなもんだよ、悪い時はとことん悪い。」

悪い・・そんな一言ですまされていいのかと思うことばかりだ。

「じいさんも言ってたけどよ、そういう時こそ人生の転換期ってやつだぜ」

両肩を同時に叩き励ましてくれる手が重い。

「がんばれよにいちゃん!」

両肩を連続で叩いてくれる力が強すぎて、全身が浮き沈みした。「ま、こんな所で暮らしてる俺らに言われてもってとこだがな!」おじいさんの仲間の人達はそんな事を言ったが、なんだかとてもかっこよく見えた。

この人達はどんな環境にあっても自分の力で生きている・・・とても力強く見えた。

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