第2話
ジュティとカロルは10日程かけて都トルアダに来ていた。
正式な名前はもっと長いのだが、正確に言えるのはこの都で生まれ育った人間位である。
この都は、一般の民が住む居住区の先に貴族専用の居住区があり、更にその先に王族専用の王宮が広がっている。
王族専用の敷地は、一般居住区と貴族居住区を合わせた広さの約2倍の広さと言われ、もちろん王族しか入れず、それ以外の人間は外から眺める事しか出来ない。
この都は、花が有名だった。今は冬直前の季節で、限られた
中でも人々を魅了する花は、メイフィと言って、優しい桃色の花だった。
花の都、そう人々は呼ぶ。
ジュティは、カルロが住んでいる宿に共に泊まっていた。
カルロは都で精霊学を学んでおり、その道では有名な先生に弟子入りしている。その先生のツテで、商業区にある宿の1部屋を住まいとして借りていた。同じ部屋にはもう一人、旅人が長期滞在しているのだが、カルロが村から戻って来た時にはおらず、部屋自体もしばらく誰も使っていない様な
都に来てからのジュティの1日はというと、朝ご飯を軽くすませた後、まず広場へ行く。広場で散歩している人を眺めては、ノートにスケッチしていた。ノートというのは、ヒゲのおじちゃんがくれたものでは無くて、別の新しいノートだ。
都に来てからカルロがくれたもので、鉛筆も一緒にくれた。
大体、スケッチしていた人を描ききる前に通り過ぎてしまうのだが、日に日に書ききれるようになっていくのが楽しかった。
最初は顔だけを丁寧に書こうとし、全然時間がたりず。それからはまず全体像を書くようになって、するとただの線の人間しか描けず。今は、描くと決めた瞬間にその人の特徴をなるべく見て、覚えて、全体像を描き、後から特徴を細かく書いていく。描いている時にはすでにその人は居ないので見比べる事は出来ないのだが、それはそれで楽しかった。
髪の毛を実際よりわざと長く描いたりするのもまた、楽しかった。
お昼ご飯は取らない事が多い。なぜなら誰も食べなさいと言わないのだ。
村に居た時から一人暮らしではあったのだが、やはり近所のおじさんおばさんに毎日しつこく確認されていた。「ご飯は食べた?」「お風呂は今日はうちにおいで」、「怖かったらうちで寝なさい」、「昨日はよく眠れた?」「ご飯食べて行きなさい」、・・・
カルロも大体、師事する先生の元へ行ってしまってお昼はいないので、完全に自由であった。
昼下がり頃になるとやっとお腹が空いてくるので、宿へ戻って食堂でご飯を食べるか、広場近くに出店している露商から何か買うのだった。ジュティは真っ先に好物のワッフルを食べたくなるのだが、都には残念ながら無かった。
都へ初めて来た時は、建物の大きさや材質の違い、人の多さに目を丸くしていたジュティであったが、今ではすっかり慣れてしまって、カルロも知らない近道を知る程になった。
夕方になると宿へ帰り、その日1日で描いた絵を見返し、手直しなどする。
そうしているとカルロが戻って来て、ご飯を食べに一緒に食堂へ行くのだ。
それが終れば、お風呂に入って、くるくるの髪を丁寧にといて、ベッドへ入る。
ジュティの1日はこうして終る。
窓から月明かりが差し込んでいる。
ベッドでぐっすり眠るジュティに、月明かりが当たり照らす。
カルロはジュティから離れた所にあるテーブルで、明りを灯して勉強していた。
一息つこうと、ペンから手を離し、顔を上げる。ジュティが見える。
村を出てから、何日経っただろうか。
”土地に詳しい人”は中々見つからず、ノートに書かれている住所を読み解く作業を主にしていた・・・カルロが。
まずはどんな所か目星をつけて、そこから詳しい人に場所を考えてもらおうと思ったのだ。
ただ、あまりにも象徴的すぎて、一向に進まない。やはり、しらみつぶしに向かうしかないのだろうか?
窓から外を眺める。今日は月明かりでとても明るい。
ジュティについて来ているという精霊と話しが出来れば、何か役に立つ事があるのかもしれないが、旅立ってからというもの、一度もその姿を見た事が無い。
ジュティにしても、精霊様は、キレイな石の中に入ってそれっきりだと言っていた。
窓から夜空を眺める。今夜は本当にきれいだ。
窓ガラスにテーブルの灯りが反射して上手く夜空が見えないものだから、窓を開けて眺めたくなる。
カルロは音が出ないよう、静かに窓をあけた。
冷たい風が流れ込んでくる。冬はもうすぐだ。
闇夜を見つめていると、何かが飛んでいるのが見えた。
焦点を合わせ、月明かりが当たるのを待つ。
「竜?・・」
月明かりで見えたのは、黒い竜だった。ここは都である。なぜこんな所にいるのか?
居住区の奥の方が、騒がしい気がした。窓を開けた為に微かに聞こえてくるような小さな声である。
あの竜が原因である事は間違いない。
「何を見ておる?」
背後で、突然声がした。
反射的に振り向くと、そこには精霊様が立っていたのだった。
「精霊様・・・?」
「そうじゃ、我が精霊様じゃ、村の子よ、カルオと言ったか?」
期待に満ちた、一体何が楽しいのかと思えるほど楽しいな声色である。
「カルロです・・・」
「そうであったか、それはすまなかった、そうかそうか」
目の前に、伝説の精霊が居る。
精霊学を学ぶ彼にとって、人生に一度あるかどうかの経験である。
もちろん、その道を極めた者であればその姿を容易に見る事も叶うのかもしれないが。
挨拶をし、ジュティと一緒に次の精霊の場所を探していると伝えた。
「うむうむ、知っておる。見ておった。困難しておるようじゃの」
見ていた・・・山の精霊様にずっと見られていたのかと思うと、少し恐怖を覚えた。自分の名前も知っていたし、本当に精霊様はなんでもお見通しなのだと思った。
「我もその精霊がどこにおるのかは分からぬ。だがこの地に精霊が眠っておるのわかるな。どこかのページの精霊なのではないか?」
この地に精霊がいる!とても貴重な情報だった。
眠る精霊、何もページ順に起こしていく必要はないと思うし、精霊を探しあてられない以上、この地に居ると言う精霊の元に行くしかない。
しかし、場所を特定するための住所が、どのページなのかわからないとどうにもならない・・・。
「意外とその辺りにおるのではないか?」
簡単な事のように精霊様は言い放ったが、確かに精霊様がいた場所も、村では精霊様が眠る場所だとされていた場所である。
この都で、精霊に関係ある場所・・・。
カルロは自分が知りうる情報を可能な限りたどっていく。
花の精霊、その情報を思い出した。この地にはかつて花の精霊がおり国を繁栄に導いていたが、ある日突然去ってしまったのだという。もう200年も前の話だ。
「去ったとな、眠っておるだけなのではないか?我らにとって200年など瞬きする間じゃ」
カルロは苦笑いを浮かべる。
そこに、強い風が吹いた。
カルロが開けた窓から入って来たのだ。
「寒いですね」
閉めようと近づいた時だった。
外の闇夜に、赤く光る目が見えた。
全身に歪んだおぞましい刺激がゆっくりと伝わってきた。上半身から下半身へじわじわと伝わって行く。
カルロが動けずにいると、精霊様が流れる様に窓の外に流れて行った。
「ふん」
精霊様は鼻息の様な声を出し赤い目の獣を見下ろす。
「我の子らに危害を加えとようとする獣よ」
獣は山羊の様な見た目である。
そのあとの言葉を、精霊様に意識を向け待っていたが何かを言う事はなかった。その代わりに右手を振り上げたかと思うと、水流を生み出し、獣に向かい勢いよく振りかざした。
カルロは、その光景を目に焼き付けてやろうと、食い入るように見つめる。
精霊が放った水流は魔法だった。
魔法は通常、"言葉"が必要になる。しかし、精霊は水流を呼び出す"言葉"も無く呼び出して見せた。"言葉"は精霊の力を呼び出すもの、精霊自身が"言葉"など不要であるのは当然なのだ。精霊学を極め、精霊と通じる事が出来る者の中には呼び出しの"言葉"を不要する強者もいるらしいが、カルロにはまず不可能な話である。
水流は、素早い反応で動き回る山羊の獣を仕留め損ねた。しかし次は左手から生み出た水流が見事に山羊の獣を突き刺した。
獣は淡く光り、光の線となって精霊の手のひらに吸収されていく。
(吸収した・・・)
「終ったぞ」
宙に浮き窓から侵入してくる精霊様は、カルロを通りすぎてジュティの元にある石の中へ戻って行った。
カルロはあっけに取られていたが、また強い風が窓から入って来た事で気がつき今度こそ窓を閉めた。
ジュティの方を見ると、獣避けの玉がいつの間にが発現しており漂っている。
精霊様は獣避けで避けられない獣が来たから、出て来たんだろうか?
そんな事を考えながら寝る準備を始めた。早く朝になって欲しかったのだ。
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