第11話 世界に何かが起きている

「我も行こう」

精霊様が言った。返事を出来ずにいると、今度は力強く宣言してきた。

「我も行く」


それは難しいとジュティは思った。

本音を言えば、精霊様がついてくるなんて、なんと頼もしい事か。しかしそれはこの土地を守る精霊様がこの土地から居なくなるという事なのではないかと思うと、躊躇する。

「大丈夫、精霊様。精霊様がいなくなっちゃったら、みんなが困っちゃう。」

「何が困る?祭りの時に帰ってくればよい。我がこの地に居ようが居まいが、誰が知る?我が眠りについていた間、誰が気付いた?よいか、それより獣避けの光が効かぬ獣が再び出たら、お前どうするつもりなのじゃ、ほれ言ってみい」

「えっと、それは・・・・・・・・・・・死んじゃうの・・・かな」消え入るような声で返事をする。

「なんと?何と申した?もう一度言ってみるのじゃ」

精霊様はいじわるだった。

「わ、わかりました!ありがとう、精霊様。でも、どうしてついて来てくれるの?」

理由は、かの男が旅を継続出来なくなった理由を知るためだ。この世界で何かが起こり始めたのは間違いない。いや、もはやすでに手遅れの状態なのかもしれないとさえ思った。

「我の村の大事な娘じゃからの」

精霊はそういって指先でジュティの頬を撫でてあげた。

「さて、では行こうかな」

宙に浮いた状態で移動している。まさかそのまま行くのかと、ジュティは慌てて止めた。

「精霊様、そのままの姿はちょっと目立つんじゃないかなって」

無表情な顔がジュティを見つめる。

「ふむ?そうか?ではその石っコロの中に邪魔しようか」

精霊様は両手を広げた。そうすると精霊をまとう水が、ぐるぐる体の周りを回り始め、量を増やし、精霊の姿を吸収してしまったかと思うと”石っコロ”に向かい一本の線となって、入って行った。

”石っコロ”の中を覗くと、先ほどには無かった水が漂っている様な気がした。


その後、獣避けの光を頼りに村へ帰ると、村の人達がジュティを探す捜索隊を作っている所だった。ジュティに気づいたカルロ青年が駆け寄って来て、その小さな体を抱きしめた。

もう遅い時間だったので、そのまま家に戻る事になったのだが、大人達は獣の話しを聞いたのか、外にはずっと人の気配があった。きっと朝まで交代で見張りがいたのではないだろうか。


ベッドの中で、ジュティは眠れずにいた。

手に握りしめたままの”石っコロ”を間近で見て見るも、精霊様はうんともすんとも言わなかった。



翌日、昨晩の出来ごとと、自分は村を出て旅に出るという事を村の人達に伝えた。みな反対するばかりで賛成する者などいなかった。

このままでは黙って出て行ってしまうと予期した大人数人が、ジュティに提案をしてきた。

ジュティはまず人が多い町に行き、土地に詳しい人を探すと言っていた。そうであれば、都へ戻るカルロと一緒に行き、しばらく面倒を見てもらったらどうか、というものだった。

ジュティは思っても無い提案に喜び、当のカルロ青年も快諾してくれたのであった。


数日後、カルロが都へ戻る日が来た。

村人たちは二人を見送り、中には涙を流す者もいた。バルバルが当然の様についてこようとしたのだが、村人たちに抑えられ、叶わなかった。慣れぬ地に、面倒を見なければならない存在を連れて行くなど負担にしかならない。

「ちょっとの間だから、我慢してね!絶対、迎えに来るから!」

バルバルの長い毛をぐしゃぐしゃに撫でながら、太陽の様な笑顔を向ける。迎えに来るというのは本当の気持ちだ。だけど、ちょっと時間がかかるかもしれない、ジュティはその程度に思っていた。


さあ出発となった時、カルロの母親が、何かを持ってジュティの元に駆け寄って来る。手には薄い藤色の何かを持っていた。

「これ、あなたのお母さんに教えて貰った編み方で編んだひざかけなの、持って行ってくれないかしら」

ジュティの母は、この村の出身では無かった。この村には無い知識を豊富に持っていて、村人たちを何度も驚かせた。手渡されたひざかけを広げると、美しい模様が編まれている。

見惚れていると、カルロ青年がひざかけを手に取り、ジュティの肩にかけてくれた。そして顔の下あたりで止めようとする動作を見せると、カルロの母が布止めの針を刺して固定してくれた。

「ありがとう、おばちゃん」太陽の様な笑顔でお礼する。

その場を離れて、ジュティは何度も村を見返した。バルバルがずっと鳴いている。

カルロは一度も振り向かなかった。さみしい気持ちになるのがわかっているからだ。


ジュティの、いつ終わるかも知れない旅はこうして始まった。

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