第10話 ヒゲのおじちゃんの探し物

ノートに書かれた言葉の意味がわからない、と村の娘は言った。

「例えば、ほらこれ。読めるんだけど、これが住所だって言われても、どこの事かわからないよ」

勢いよく喋り始める村の娘。そしてノートを広げて見せてくる。


 パシーの花が生い茂る

 水場にあるのはアウロネの住処

 春にはパシーの花びらが舞い

 冬には氷が閉ざす世界


「ふむふむ、そうじゃな。わかるぞ。」

「ほんと?どこの事?」

「それはわからぬ」

自信にあふれた、精霊の声色。精霊は続けて言った。「我もジュティと同じじゃ、どこの事かわからぬ」

ジュティは力なく腕をおろす。

「これが住所ってどういう事?」

「このページの精霊の居場所をあらわしておる。パシーが沢山生い茂り、水場があり、アウロネが泳いでいるのではないか?あとはそうじゃな、春にはパシーの花びらだけが舞い、冬になると氷が張る、という事ではないか?」

ジュティは思った。住所というより、なぞなぞではないか?

「そんな、これだけじゃわかんないよ~」

それに、ジュティは村の外に行った事がない。世界にはどんな場所があって、どんな形をしているのか知らない。

ヒゲのおじちゃんに聞いた事がある。

世界には、永遠に雪に閉ざされた土地があるのだという。その逆に灼熱の大地であり続ける所もあるらしい。

ジュティはそんな事は全く知らなかったので、恐ろしい世界があるものだと思った。


精霊が声をもらした。

「ジュティ、これは我の住処が書かれたページじゃ!」

精霊に言われ、考えてみた。確かにこの地はパシーの花が咲く。水場はここの事だと思う。アウロネは魚の事で、ここにもいる。

この辺りのパシーは、春になると花びらを落とす。冬には、精霊様が言ったように、水面には氷が張られ、湖は閉ざされる。

「ほんとだ・・・。精霊様、すごいね!」

無邪気に喜ぶジュティに、相変わらず無表情ではあるが、精霊も喜んだ。

精霊はページに書かれていた自分の名を、自分のものだと認識出来ていなかったのだ。精霊は様々な名を持ち、呼ばれ、そもそも名前というものは自分にとっては必須のものではない。

「あれ・・・でも精霊様、精霊様はいつ起きたの?」

「我か?少し前に起きたぞ」

「少し前ってどれくらい?」

「少しは少しじゃ、多くはない」

精霊には時間という感覚があまりない。人間は時間を気にし、常に時計というもので見張っている。精霊にとっては、1日前も1年前も大して変わらない。人間からみれば永遠とも言える時間を生きてる存在なのだから。


「ヒゲのおじちゃんは、ここでずっと探しものをしてたの。それは精霊様の事だと思ってたんだけど、違ったのかな?」

「かの男の探し物は我ではないぞ。我が目覚めた際に生まれる石っコロじゃ」

「石っコロ?」

土地を守る精霊は、起きている間は絶えずその力を土地に送り続け、弱った土地からは淀んだ力を吸収し浄化する。

もちろん眠っている間、それは出来ない。だから目覚めた瞬間、それを行うのだ。

寝起きのそれは、精霊の力が物凄い勢いで各地を巡り流れる。その力の勢いから溢れ生まれるのが、”石っコロ”なのだと、精霊は教えてくれた。

「人間らの間では大変貴重な宝石として取り引きされているようじゃ」

「宝石?」

「しかしかの男、今まで探した事など一度もなかったと思ったが・・・なぜ探していたのかは我も知らぬぞ」

「精霊様を起こすのに必要なものではなさそうだね・・?」

ヒゲおじちゃんが毎日通って探していた石っころ。きっととても欲しかったのだろう。


辺りを見渡してみた。

一本の木の根元が気になる。周りと同じなのだが、ひどく気になった。

小走りで駆け寄ってみるが、何も無かった。

「何をしておる?」精霊が近寄って来る。

「ヒゲのおじちゃんが探してた石っコロ、見つかるかなって思って」

「なんじゃ、そんなことか」

そういって精霊は指をくるくる回し始める。指先が淡く光りそして、水辺にある一か所が光り始めた。そこに行ってみると、石っコロとは表現しがたい、ピンク色に光る石が一つ転がっていた。

手に取り、石の中を覗き込む。透けているようで、透けていない。

「これがヒゲおじちゃんが探してたもの・・・」

自分の力から生み出された石っコロの居場所は、探さずともわかるのだと精霊は言った。ヒゲのおじちゃんことマルコスがその石を必死に探している間、精霊は知らぬ顔をして傍観していたらしい。

仲が悪いんだろうか?と、ジュティは思った。

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