第8話 ジュティの決意④

精霊は知っていた、ジュティの事を。

精霊からすれば初めてではなかったのだが、こうして自らの姿を現し話しをするという事はなかったので、”はじめて”と言うのがいいのだろうかと思ったのだ。

この娘は自分を祭る村の娘だ。甘い良い匂いがする。これはパシーの花だ、間違いない。とても甘い香りを放つ花だ。春先でないとパシーの花の香りはしないはずなのに、とても不思議なことだ。


この花の香りに誘われて目覚めたのは少し前の季節だったか。

それからあの男が毎日来るようになり、しばらくして娘もついてくるようになった。


何年ぶりに起きたのだろうか。

世界は眠りにつく前と、何も変わっていない様に思われた。

次の祭りの際には盛大に力を振るおう、人間達はきっと喜ぶに違いない、そんな事を想像して過ごしていたくらいだ。

それなのに。

先ほどの獣は何か。あれはただの獣ではない、何かに指示され、動かされた獣だ。娘がまとう獣避けの光も恐れず向かって来ていた。

娘がまとう獣よけの光は、あの男のものだ。しかし、おかしい。男の気配がしない。

「あの男がおらぬな」

「!!・・あの男って、ヒゲのおじちゃんのこと?」

娘がとても張りつめているのがわかった。今にも破裂してしまいそうな繊細な精神をしている。

「・・・」

ジュティを見つめる。精霊には、人とは違う交流の仕方がある。

それは人にしてみれば、魔法と一言で済まされてしまう事もしばしばだ。

精霊は指をジュティへ向け、円を繰り返し描く。その軌道は光るものの、指を止めると光は消え失せてしまった。だがそれでじゅうぶんだった。

娘がこちらを見ている。この数秒間、娘はじっとしていただけだったが、こちらは全て終わったのだ。どういう事なのか、全て理解した。

「あの男はしばらく来れぬようだな」

男を批難するような、残念そうな声に変化させて精霊は言った。


精霊の言葉によって、”ヒゲのおじちゃんはいない”という現実を受け入れられた。

精霊様はこの土地を守る、神様のような存在だ。その存在が言うのだから、きっとそうなのだ。

胸の中にあった、ヒゲのおじちゃんを探す気持ちが、隠れていくのがわかった。


そして、新しい気持ちが芽生えるのも感じる。

「精霊様、私が、ジュティがヒゲのおじちゃんの変わりに行く!」

本当に出来るのか、さっきは少し不安だった。今も不安ではあるけど、決める事が出来たと思う。

目の前の精霊に決意を伝える。足を踏み込んで、力強く声を発した。

「世界中を旅して、精霊様を起こしに行くよ!」

両腕を広げて、遠くに行く事を大げさに表現する。広げた両腕により広がるパシーの花の香りが精霊に届く。

「ふむふむ、よいのではないか?」

パシーの花の香りで気持ちが高ぶったのか、何かに期待している様な声色だった。顔をゆっくりと少女へ近づけると、ぴたりと動きを止めた。


「・・・精霊様、お顔が近いですっ」

精霊は無表情であるが、その分、声はとても感情豊かだった。他の精霊も、こんな感じなのかとジュティは想像した。

そして精霊は、喋ってはいるものの、口は動いていない。


精霊は人間が認識出来ない所にいる。

精霊の”姿”とは、あくまでも人間がその目で認識出来るよう作られたものであり、精霊の”姿”とは、人間達の様に生きている限り形を変える事が出来ず、消耗し続け変化していくような、不便なものではないのだ。もちろん、人間そのものの様な姿を取る精霊もいるが、ジュティの前にいる精霊はそうではなかった。自分が祭られる存在として”ふさわしそう”な姿を取るべきだと思っているのだ。

祭られ崇められる精霊が、まるで人間の形をして現れたらどうする?迷子か変質者か。この娘だって、自分がこのような姿だから精霊だと認識したのだ。

「フフフ。かわいらしい娘じゃ。名はワッフルと言ったか?」


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