『反撃の狼煙』
突如として現れた『魔物』と名付けられた謎の生命体どもが闊歩する街中の光景は、正にアニメや漫画の世界そのもの。現実であるとは到底に思えない。
子供の頃に遊んだゲームに出て来たゴブリンは、魔物の中ではザコも同然の部類に属していたはず。それがどうだろうか、実際に目の前にしたゴブリンの姿は余程ザコとはかけ離れた印象しか抱けない。
筋肉質の腕は太くて大きく、血走った眼は合わせるだけで殺されてしまいそうな程の畏怖を覚えさせる。口元からはみ出した牙も凶悪で、でっぷりと突き出た腹の所為でただでさえアンバランスな体つきを一層に醜くさせている。
ドアやフロント部分がひしゃげている車の陰に身を潜める
周囲への警戒を維持したままスマホのディスプレイに目をやる。すぐに周辺をうろつく魔物の方へ視線を戻したかったのだが、そこに映し出された名前の意外さに目を奪われてしまう。
「胡堂……こんなタイミングで」
注意深く周囲を見渡してから通話を開始する。
「取り込み中だ」
「だろうね。そんなタイゾーに朗報だ」
変わってしまった日常を前に、いつもと変わりない飄々とした胡堂の態度が癇に障るものの、現状を打開する術を伝え聞かせてくれるというのであれば目も瞑れる。
「お偉いさん方の許諾が得られた。あくまで試験的な運用を限定的に、ではあるが」
確かに朗報だった。そして、胡堂が言うところの『お偉いさん方』の出方も概ね彼の予想通りだったらしい。
「なら」スマホを耳に押し当てたまま泰造はゆっくりと立ち上がる。「遠慮なくいくぞ」
この瞬間、人類側の反撃の狼煙が上がった。
会議室の最奥に位置するスクリーンに映し出されるライブ映像を見ていた全員が揃って呑んだ息を吐き出すことを失念していた。ただ一人を除いて。
「いかがでしょうか。これぞ人間の底力ってやつですね、まさに」
胡堂の得意気な口調が沈黙を破ると、会議室に灯りが戻される。スクリーンの映像は明かりによって薄くなり、この場の全員を驚嘆させるに至った衝撃的な映像はその成りを潜めることで全員の意識を胡堂へと向けさせる。
「なんなんだ、これは……」
どこからか覇気のない呟きが漏れる。
「これこそがスキリングシステム……この世界を救う切り札ですよ」
胡堂の口調から軽々しさが消える。
円卓に集う長たちの表情には少しの困惑が残るも、一様に理解はしている様子である。何かを決断し、肝を据えた目つきをしている。
「しかし、こうして目の当たりにしたと言うのに未だに信じ難いが、異世界とやらは本当に存在していたのだな」
「ええ。そうでなければ僕がここ居る事さえも叶えはしなかったでしょうからね」
胡堂はそう答えると首にそっと手をやり、自嘲じみた笑みを浮かべた。
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