第11話 願うだけはタダ
帰ってからはわたしと常田くんに電話をした。寂しい寂しいって甘えた声を出してくる。
その声は他の部屋にいる家族には聞こえてないかしら?
残りの正月休みは寝正月もあれだし、次郎さんに年始のメールを送ったら年始セールに誘われて名古屋まで買い物に行って。(もちろん次郎さんは女装していた)
その夜は夏姐さんに誘われてそのまま三人でわたしの家で飲んだ。
夏姐さんは相変わらず荒れ模様で仙台さんとはたまに会うそうだが全くなびかないとのことで愚痴をずっと聞かされた。
すると次郎さんも好きだった人にふられたと言ったところから二人は意気投合してすごく会話盛り上がってて。その隙にお風呂に入って出てきたら二人がキスをしていた。見ていることはバレなかった。
そのあと二人はわたしの家に泊まってあっちの方でも意気投合してしまって。一体なにが起こるかわからないものである。
年が近い二人はそのまま付き合うことになった。
夏姐さんは次郎さんの女装する趣味はわたしのおかげか(わたしは趣味じゃない、何度もいうが)免疫があり、特になんとも思わない。
朝、二人は仲睦まじく手を繋いで帰って行った。羨ましい……。
こんな恋の始まりもあるのか。ああ、わたしは大阪に常田くんという恋人がいるから、もうこんな恋なんてできない。
常田くんのいないうちに、だなんて……ダメよね。ため息しか出ない。
愛してるとか電話先で言うけど何か心が満たされない。彼と付き合うまではいろんな人からアプローチやら何やら妄想が楽しかった。でも今は彼ができてしまって他の人たちとの妄想すらもいけないんじゃ無いかって思ってしまう。
妄想してた頃がとにかく楽しかった……。
彼とは手術の始まる六日までは毎日のように電話をした。途中わたしの仕事始まりもあったのだが、寝る時間を削ってでも彼の声を聞かないと自分が浮ついてしまいそうだったからだ。
常田くんとの電話が終わったあと、ネットのニュースで新型ウイルス関連のニュースが最近増えたと思いながら何も理由もなくダラダラとニュース記事を見てアパレルブランドのサイトを見てしまった。
新年セールでネネのお店で可愛いニットを買った。色違いで二つ。明日仕事で着よう。
そういえば館長に明日からマスクの着用をと言われたなぁ。確かあったはず。帰りにも買いに行こうかしら。
毎年冬はインフルエンザが流行るからわたしは自主的に付けていた。
マスクにしたら化粧も薄めでいいのかな。
でもマスクで隠れない目元はしっかりメイクして……口紅は隠れるからしなくていいかな? でもカウンターではマスクだけど事務所ではしないだろうからマスクに付かない色付きリップ塗っておこうかしら。
あーそういえば。それよりも大阪で住むアパートも調べなきゃ……まぁ明日でいいか。
気づけば常田くんとのことよりも違うこと考えながら寝てしまった。と言うくらいこの時は呑気に過ごしていた。
常田くんの手術の日。付き添うわけでも無いし大阪にいるわけでも無いが休みを取った。慶一郎さんから電話をもらった。そしてその電話先で常田くんと変わってもらう。
『梛、がんばってくるで』
「うん。がんばって……」
『梛まで元気無いとあかんやろ、大丈夫やでー』
いつものようにヘラヘラ笑ったような声。でも少し不安さも滲み出てる、て声だけでわかるようになってしまった自分もすごい。
『あ、兄ちゃんのスマホやからビデオに切り替えてええか』
「あ、え、う、うん!」
普段スマホを使わない常田くん。わたしのスマホに彼の顔が映る。少し顔が浮腫んでる?
やはり少し不安な顔をしている。わたしの顔も映るけどどう見えるかしら。少しメイクしておいたけどいつもよりも薄め。まさかビデオ通話するとは思わなかったもん。
『手術前に梛の顔をこの目に焼き付けたいんや』
「また手術したら見えるでしょ……」
『そやな。なかなか会えん時は覚えてる梛との記憶と写真で補ったったんや。夜んときも梛の顔思い出しながらでもアレできたしな』
アレ……? って、卑猥な話っ。お兄様とか他に看護師さんもいるのよ? ほら、笑い声もする。そこまでして無理して笑わせることしないでよ。恥ずかしい! バカ!
『悪い悪い。でも想像だけじゃ補えん。もっと顔見せてや……なに泣いとんのや、笑え』
気付いたらわたしは泣いていた。カメラにも泣き顔が映る。ブサイク、インカメラだと余計にそう思う。
わたしは頑張って口角を上げた。
『そうや、その笑顔や。かわええ、かわええ。しっかり焼き付けたで。ほな、頑張ってくるで』
「うん、頑張って……」
本当なら常田くんのそばで手を握っていた。抱きしめていた。キスもたくさんして……。
神様、いやお医者様。どうか常田くんの目を良くしてください。
と願うしかなかった。
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