第3話 声

 翌朝、と言うか寝てから数時間後……。


「梛ぃーもう出かけるの?」

 眠気まなこで寝癖だらけの髪型の常田くん。あくびもしている。

「出かけるわよっ、あなたは車の中で寝れるけどわたしは寝られないんだからっ。ヒゲも今剃らなくていいから、朝ごはんも車の中!」

「眠いー、もっと寝たいー」

 ダラーっとした常田くん。わたしだって眠いの! しかも今キャリーケース運び出すために夏姐さんと息子くん三人来てるし。


「この部屋とももうお別れやな……さようなら、て部屋に言ってもな」

 眠そうな目をしながらも冗談を口にして常田くんはそう部屋を後にした。短い間だったけど二人愛し合った場所からあなたは出て行く。

 これは良い意味でのさよなら、でありますように。


「常田くん、手術成功すること祈ってるわよ」

 夏姐さんはギュッと常田くんの手を握って、さらに抱きしめた。

「わぁああ、姐さん!」

「頑張れよ、常田!」

 夏姐さん、泣いている……。次はわたしの前に来た。


「まだあんたは仕事残ってるから。今は常田くんを見届けてやってね」

 と手を握ってくれた。温かい。わたしはうなずいた。息子くんたちを見るといい笑顔をしている。ほんといい男たちに育ったものだ。

 三男坊はこないだのクリスマスに夏姐さんに、ディナーをバイト代で支払ってくれたそうだ。そりゃウキウキして夏姐さんがクリスマスの日に帰ったわけだわ。


「じゃあ、いってきます」

「いってきます」

 わたしと常田くんがそういって四人に見送られて出発した。


 駅について電車に乗り新幹線へ乗り継いだ。しばらくゆっくりできる。眠かったから。

 常田くんは夏姐さんから渡された封筒の中にCD‐ROMに気づき、CDラジカセで聴いている。わたしも片方のイヤホンで聴く。


 夏姐さんの声が聞こえてきた。少しいつもよりも高い。よそ行きの声だ。

『常田くん、5年間お疲れ様でした。このCDには常田くんに向けたメッセージが入っています。大阪に帰ってしまうのは悲しいけど……同じ司書同士、いろんな人たちの本との出会いを助け、本を守り、仕事をしていきましょう』

 夏姐さん……常田くんは口元を抑えて泣くのを堪えている。新幹線の中では泣くのは恥ずかしいようでタオルで顔を隠している。

 パートさんからボランティアの人たちや読み聞かせボランティアの人たち、仙台さんも?! あと警備員のでんさんも。


 普通なら寄せ書きなのだろうが、わたしは声の方がいいんじゃないかって。一人一人声を録音するのも大変だったけど。

 わたしも常田くんにつられて泣いてしまう。文字でもいいけど声は声色、大きさ、抑揚……人それぞれ。なんだろ、文字よりも温度が伝わる。

『おい、常田っ。……お前がっ、いなくなったら寂しい! 早く目を治して帰ってこい。また、また、話し相手になってくれよなっ』

 でんさんだ。常田くんと何かと話しているのを見たことがあった。声が震えている。


 常田くんと本当に仲良かったとか、楽しく仕事してたとか、寂しいとか、反対にただ一緒の職場にいたからという義理でお別れの挨拶を言っているとか、緊張していてうまく言えないというのがわかったり……。ちなみにわたしの声は入ってない。入れれば良かったかな。

「みんなありがとう……」




 って泣いてたけど数分後には爆睡していた常田くん。五年前に親戚を頼って一人で見知らぬ土地に来て働いていた彼。

 本当に頑張ってるなぁって上司としても思っていたけど、彼も一人で孤独に生きていた。でもこの五年で多くの人と出会い、彼のことを思ってメッセージを残してくれたのだ。

 彼は故郷に戻るけどまた違う環境で働かなくてはならない。わたしも……だけどさ。


 彼がわたしの方に頭を乗せる。わたしも眠くなっちゃった。

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