第28話 モテキ
「常田くんもちゃんと治療してバリバリ働いてもらわないとーっ」
「わかってますってぇー、その間は輝子さん……頼みます」
「りょーかい、あと梛ちゃんに変な虫がつかないように見張っておくよっ」
輝子さんがハッハッと大きく笑いながら作業している。その口から出るものがなければ完璧なんだけどね。常田くんはいつもの調子でかわしてへらへら。よくできたもんだ。
わたしはそう思いながらカウンターで受付している。開館からわずかあっという間に人が増えてきて借りていく。今日も忙しくなるわね。
「あ、お願いします。それと……予約していた本ですが」
あっ、じろーだ。エセメガネが少し曇ってる。来たばかりか。外は寒いかしら。鼻の先が赤くなってる。わたしは彼の予約履歴を見て探し出して渡した。
「外は寒いですか?」
つい聞いてしまった。じろーはびっくりしていた。いきなりだったからか驚いてあたふた。
「……は、はい。今日は寒くなるけど明日はまた暖かくなるようですよ」
あらま、そこまで教えてくれた。ごていねいにどうも。
「ありがとうございます。では返却は二週間後……」
「あ、あのっ」
ジローが小さい声で止めた。すると彼のポッケから何か紙みたいのが。さっと渡されて彼は本を持って階段をかけて行った。
わたしはポッケに入れて事務所に戻り誰もいないのを確認して紙を開いた。
『今度どこかでお茶しませんか 次郎』
意外と可愛い丸文字で書かれたこの文字。そうなのよ、じろーはそのまま本当に次郎さん。偶然。
少し紙が古いからきっとずっと持ち歩いてわたしに渡すタイミングを伺っていたのかしら。
そしてようやく今日……。
どこかでお茶って。なんか古めかしいけど彼なりの精一杯のアプローチなのね。なんか可愛い。
可愛いとか言いつつも年齢はわたしより少し上なんだけどね。
まさかじろー……いや次郎さんから好意持たれるなんて。妄想が飛び出してるっ。
「東雲さん、例の先生来てますよー」
「は、はいっ!」
……例の先生って。もうあの人しかいない。仙台さん。慌てて受付に行くともちろんいた。ニコニコして。
「梛さん、こんにちは」
「こんにちは。今日はどうされたんですか?」
「ちょっとあちらでご相談が」
仙台さんの視線はわたしの後ろ。視線を追って振り返ると常田くんと他の司書たち。
!!! ちょ、なによぉー。仕事や、仕事! わたしは仙台さんと受付から離れたところへ移動した。常田くんはジーッと見てるし。
仙台さんも苦笑いしてて。
「君の彼氏さんは本当に好きなんだねぇ。今日は卒業制作作りのためのご相談でね」
「すいません、公私混同するなって言ってるんですけど」
「愛されてるんですよ。羨ましいです」
羨ましい……か。仙台さんは卒業制作のモニュメントを子供達と作りたいとのことで何かいい資料はないかとのこと。
工作のコーナーかな……。美術のコーナーだとさらに本格的にできる。まぁ全部回ろう。
「ではご案内します、まずは……」
仙台さん? どうしたの、立ち止まって。わたしをじっと見てる。
「……僕は諦めていませんから」
「えっ?」
「……案内してください、おねがいします」
「は、はい……」
えっ、何を諦めない?! なに、なに、なに?!
仙台さんを見送ったあと、返却ボックスを取りに行く作業。常田くんはどこか違うところ行っちゃったみたいだけどまぁいいか。
輝子さんはニヤニヤわたしを見てるけど。本当嫌。わたしは苦笑いしてワゴンをひいてエレベーターから降りると、でんさんがやってきた。
「シノノメナギちゃん、ちょっと来てくれよー」
「な、な、なんですかぁ」
久しぶりにがっついてくるなぁ。なんだろう。
「うちの息子パート2なんだが、そいつの写真も見てくれないか?」
「パート2?」
なんかすごく迫ってくるんだけど。それよりもパート1の郵便局員は見たかったのだろうか、相手。
「35歳、家電販売員。パソコンオタクでなー陰気なやつで……冴えない。彼女なし、童貞!」
ちょっと、人の多いところでそんなこと言わないでよ。わたしも童貞ですけど何かっ?
それにでんさん、パート1の容姿からしてあまり期待しない。
「ほれ、かっこいいだろ」
どーせ、期待して……。
「な、かっこいいだろ〜。しまったなーまずこいつから見せるべきだったか。こいつは妻に似て美形なんだよ」
「い、いえ……わたしにはもったいない。仕事がありますので、また」
でんさんがわたしを追いかけてくる。……なによ、パート2がカッコ良すぎる、どタイプ、なによあの子犬みたいな……ああああっ、そっちを早く紹介してよぉおおお。
って、わたしには常田くんいるのにー。なにこの変に無駄なモテ期!!!!
仕事を終えるといつものように常田くんが先に車の中で待っていた。
「お疲れさん、梛」
「お疲れ様。……ねぇ、公私混同はダメって言ったよね?」
「……ん、なんのことや」
「覚えてないならいい」
とわたしは車を走らせた。
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