後半戦、対策が裏目に……

 今日の講義は居心地が悪かった。いつもは僕とティティとミアの三人で仲良く揃って座るのに、今日は僕とミアだけが一緒で、ティティは少し離れたところに一人でいるからだ。

「今日のティティ、どうしちゃったんでしょうか?」

 ミアは心配そうにそう言うと、しょぼんと肩を落とした。わざと……ではなく、どうやらのティティの心情がよく理解できていないようだ。

 まぁ仕方がないことだ。ミアは過去に僕とティティとの間に起きた諸々を知らないのだから、原因を察するなどできるわけがないのだ。

 ティティは時折にこちらを見て、その度にこめかみに青筋を立てていた。最初は僕に向けていたその視線が、徐々にミアの方へと向き始めているのは、理由にまるで気づかない本人の無垢さにあざとさを感じているのかもしれない。

「……その、三人で仲良くはもう無理だと思いますけど、ティティとは友達ではいたいので理由もなく睨まれると悲しいです」

 ミアが変なことを言いだした。三人で仲良くは無理……とは一体どうしてだろうか?

「三人で仲良くはもう無理とは……?」

「だって、恋人同士の間に割って入るのは、ティティも色々と気を使うと思いますので。こちらから察して、必要以上の距離は取らないようにしないと、見せつけるような形になるじゃないですか。それは性格が悪いです」

 その返答を聞いて、僕はごくりと唾を呑み込んだ。ミアの中で、いつの間にか僕との関係が恋人同士になっている……それは色々と一足飛び過ぎる。

 こちらの了承を待たずに、既に彼氏彼女の関係であると脳内で補完している姿からは、”それ以外の解釈は認めない”という強い意志も感じとれる。

 僕は恐怖を感じた。

 ミアの思考と感情を以前に戻すにはどういう手段が有効か、まるで検討がつかなくなってきたのだ。

 しかし、弱音は吐いていられない。講義が終わって遊びに行くまでには、まだ時間があるのだから、それまでに手段を考えるのだ。

(ここまで頑なだと、単に会話で誘導しただけでは駄目な気がする。精神干渉系の魔術でも使えれば別だけど――)

 ――僕はふと、セミナー会場で見た洗脳の魔術のことを思い出した。そのままは使えないけど、改変を施すことで、上手い具合にミアの思考や感情をどうにかできないだろうか、という考えが湧いてくる。

 人の心をいじくるのは、とても危険で愚かな行為だ。それは事実だ。

 しかしながら、僕は藁にも縋りたい思いであったし、これ以外の方法が何も思いつきそうにはなかったのだ。

 毒も適量ならば薬、薬も過ぎれば毒。そういうものだ。だから、今回だけはどうか許してほしい……。

 僕は誰に求めるでもない許しを心の中で乞いながら、講義と講義の合間にセミナー会場で見て覚えていた魔術式をいじくり回して改変し、ミアの僕への好意を修正する魔術を急いで創り上げた。

 結論から言えば、焦って創ってしまったのが悪かった。多少の粗を気にせず、おおまかにだけ改変してしまったが為に、僕が創ったこの魔術には実は大きな欠点が存在していた。

 僕はそれに気づくこともなく、完成を喜び、ただただ満足して頷いていたのだった。


※※※※


 本日分の講義が終わり、僕はミアと外へと出ると、二人で一緒に散歩をした後にカフェでのんびりと時間を過ごすことにした。

 傍から見ればただのカップルという光景ではあるし、ミアもその気だ。しかし、そうした幻想は今に終わりを迎える。

 創り上げた魔術をミアに掛けることで、全てが元に戻るからだ。

「はい、あーんです!」

 注文したケーキが出されるや否や、ミアはすぐに掬って僕に差し出した。

「う、うん……」

 僕は顔を引き攣らせながらもケーキを頬張った。辛い状況にある僕の今の心情をあざ笑うかのように、ケーキはとても甘くて美味しかった。

「おいしいですか?」

「……お、おいしいよ」

「じゃあ私もたべよーっと。おいしぃですぅ。……あっ、同じフォーク使っちゃいました。これって間接キス……ですよね。恥ずかしいですけど、でも、間接キスぐらいで恥ずかしがっていたら駄目ですね。だって、本当のキスとかもするんですから! 彼氏と彼女なんですから!」

 ミアは暴走している。恐らく、男の子と仲良くなったりとかもしたことがなくて、だからこそ恋に恋をしているような状況なのだ。多分。

 僕の為にも、ミアの為にも、いち早く元の関係に戻る必要がある。それがもっともよい答えだ。

 僕は強い確信をもってそうした答えを出していた。

「……そろそろ日も暮れるから、帰ろうか」

「はい♡」

 空を仰ぐと蜜柑色に染まっており、そろそろ夜の帳も降りてくる。あとは適当な路地裏に入って、誰にも見られないようにミアに魔術を掛けて……それで全てが終わる。

 僕は「ちょっとこっちに行ってみようと」と丁度よさげな路地裏へとミアを誘い込んだ。

「こんな薄暗いところに来て、どうしたんですか? なんだか、凄くドキドキします。何をされるのか、期待しちゃいます」

 ミアは些か興奮した様子で頬に熱を帯びさせると、僕の腕に腕を絡め、ぴたりとくっついてきた。愛を囁き合う為に人気がない路地裏にきたのだと思っているようだ。

 しかし、残念ながらそうではないんだ。僕はこっそりと魔術を発動させ、ミアの精神を半ば強制的に誘導した。

「えっ……?」

 ぐらり、とミアが意識を失って倒れた。副作用のようなものはないように調整してあるし、単に精神の干渉によって引き起こされる感情の変化に伴う立ち眩みのようなものだ。

 様々な心理的な整理も行われることで、数十秒ほど眠ることになる作用があるだけである。

 次に目覚めた時にはミアはいつも通りに戻っている……ハズだ。僕が改変を施し新に創りあげたこの魔術は、特定の好意を過剰促進させることで一巡させ元に戻す仕組みである。

 とても単純な原理だけど、一瞬で全てが終わるので、魔術を受ける側にとって負担が非常に軽い術式になっている。微細に調整していく術式にすると複雑になり過ぎて、正しく運用したとしても他の感情への影響が懸念されるので、そういった方向での改変はしなかった。

「……ぅぅ」

 僕は呻くミアを抱きとめると、「ごめんね」と小さく呟いてから、目覚めるまで優しく背中をさすってあげることにした


※※※※


「う、ぅぅん……」

 目を覚ましたミアは、瞼を擦りながら、ぼうっと焦点が定まらないその瞳で僕を見つめた。

「私……寝ちゃって……」

「ちょっと疲れちゃったんだろうね。寮まで送っていくから、あとはゆっくり休んで。今日のミアは変に高揚したりおかしな行動を取ってたけど、それも全部疲れからきているんだと思う」

 僕が何食わぬ顔でそう伝えると、ミアはゆっくりと一度瞬きをしてから――

「――ゃぁなの。変じゃないもん」

 いきなり僕にキスをしてそのまま押し倒してきた。僕が改変して創り上げた魔術の効果がないどころか、むしろさらに悪化している現状に、僕は硬直して困惑することになった。

(なんで⁉ どうして⁉ ミアの感情も心も以前と同じになるハズなのに……)

 僕はぐるぐると考えが纏まらない思考の中で、原因を探す為にも今一度に魔術式の仕組みを再確認をした。

 そして、この術式にとんでもない欠陥があったのに気づいた。

 ブーストさせた好意を一巡させた後に特定の場所で留めるブレーキを設定し忘れており……つまり勢いが弱まって自然に止まるまで巡回し続けるというルーレットみたいな術式となっていたのである。

 今のミアの好意がどの位置にあるのかは、今まさに僕の口中に舌をねじ込んできているのが答えだ。

「さっき食べたケーキの味がして、甘くておいしいですぅ♡」

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