お礼はわ・た・し
ベニスが兄弟喧嘩をしながら去ったのを見送ってから、僕は目的地のセミナー会場があった建物まで向かった。すると、その道中で魔術士の調査官が出歩いているのを見かけた。
いくら”魔法”で元通りになったとはいえ、騒ぎがあった認識まで消したわけではなかったので(やろうと思えばできたけど、そこまで頭が回らなかった)、話が広まり偉い人たちの耳にも入って現場を確認や検証をする人員を動員したようだ。
「本当に化け物なんて出たんだろうか? ここらへんの建物を壊したらしいが……そんな風には見えないが」
「すぐに元通りになったそうだからな」
「人数揃えて広域に幻覚魔術でも仕掛けた可能性……はないか。そんな痕跡は微塵もない。……報告書をどうしたものか」
「『どこかで催し物の準備か何かでもしていて、それを見た大勢が混乱して大げさに言っていただけ』っていうのはどうだ? ありえなくはないし、それなりに納得できる報告だろ?」
「そういう風に書くしかないもんな」
調査官は”魔法”が使われたことに気づいておらず、何かしらのハプニングで済ませることにしたようだ。
”魔法”の可能性を視野に入れないのは、一般常識的にそれが空想上の存在であり概念でしかないからだ。
僕が使った”魔法”直接見たベニスは勿論、赤ずきんちゃんの”魔法”であるおまじないを目にした”神”も正確な答えには辿り着かなかった。
それぐらい、”魔法はありえない”と捉えている人が多いのだ。それが”魔法”というものである。
(……まぁその、”魔法”がそういう扱いなのは、変に勘づかれる心配が少なさそうで楽ではあるかな)
珍し過ぎるからこそ、誰もが答えに辿り着けない安心感はある。そういった意味ではストレスが少なく、のんびりと歩いていると気づけば目的地のセミナー会場があった建物に到着した。
僕はそそくさと中に入ると、一部屋ずつ確認して、何かしらの痕跡が無いかを探していく。
しかし、残念なことに、めぼしいものは何も見つけられなかった。
”神”は脱出する際に、精神干渉等の魔術的なものを全て跡形も無く破壊し、あの短時間で痕跡を追えない処置も施していたようだ。
それらは僕の”魔法”の余波の対象にはならず、修復がされていなかったのだ。
僕があの時に使った”魔法”の内容は、”合成魔術で作られた使徒の存在と、その使途によって引き起こされた事象の回帰”だ。
その”使徒を無かったことに”した”魔法”が、”使徒”が引き起こした結果の全ても回帰させる副次効果を引き起こした。
それが余波の正体だ。
要するに、”使徒”の行動が直接的に関係せず、あくまで”神”の行動が直接的な原因の事柄までは元通りにはならないのだ。
「まぁ、探知系の魔術を改変すれば、逃走経路なんかは割り出せそうではあるけれど……」
僕はそう呟きながらも、しかし、今から”神”を追いかける真似はしたくないのが本音でもある。
それなりに複雑そうな魔術が使うことができ、敵国へ潜入して水面下で動く役目を担っていたのが”神”だ。
当然に逃走の為に移動に関する魔術も使えると見て良いだろうから、もう既にかなりの距離を稼いでいてもおかしくはなかった。
仮に隣国にもう到達している場合、その後まで追跡を行えば、万が一にも見つかれば国際問題に発展する。
表面的な戦争の火種になってしまう可能性もあり、僕にその責任は取れないのだからここまでだ。
僕が溜め息混じりに建物の外に出ると、もう空が夕焼け色に染まっていた。
(今日はあと王女殿下への報告を済ませて終わりかな。ミアへのフォローは明日学校でしよう)
とぼとぼと僕が帰路につくと、ふいに、セミナーの参加者の一部と思われる人たちが付近に集まって立ち尽くしているのが見えた。
「あんな化け物が”使徒”だなんて……」
「どうして怪しいセミナーになんて俺は参加してしまったのか」
「私も……ちょっとした興味本位で来たら、何かそのうち変な感じになって……」
赤ずきんちゃんのおまじないで、精神干渉の影響が全て取り払われていることもあって、自らの軽率な行動を省みているようだ。
あのセミナーが、魔術で従わせずとも信奉する信者を大量に育むような禍根を残さなかったことに安堵しつつ、僕は通信用の指輪を使い王女殿下と連絡を取った。
※※※※
僕が指輪を通じて王女殿下に伝えた情報は、”神”が”使徒”という化け物を作ろうとしていた事と、その”神”に逃げられ痕跡を掴めなかった二点だ。
ちなみに、僕が”使徒を無かったこと”にしたことについては、教えないことにした。王女殿下の性格を考えると、間違いなくどうやったのかについて興味を持たれるからだ。
四六時中質問され続けるのは普通に嫌だ。
『……なるほど』
「期待に応えられず、申し訳ありませんでした」
僕は”神”の捕縛が出来なかったことを素直に謝り、言い訳はしなかった。経緯を詳細に話せば、”魔法”を使ったことにも触れないといけなくなるので、全ては僕の至らなさゆえとして覆い隠すことにしたのだ。
王女殿下は怒ったり落胆したりはせず、その代わりに柔らかくゆっくりとした口調で僕に感謝を述べた。
『”使徒”なる存在を作ろうとしていた、という情報だけでも十二分に私の期待に応えてくれました。礼を言います。……あなたには、相応しい報酬を与えなければなりませんね』
「僕は”神”を捕まえられませんでした。つまり、結果的には失敗してしまったのです。報酬など貰えません」
『確かに結果は思うようには行きませんでしたが、しかし、今仰ったように”使徒”の存在については分かったのですから全く駄目であったわけではありません』
「ですが……」
『……強情な方ですね。結果がどうこうよりも、一生懸命に私のお願いを聞いて下さったその姿勢に対して、報酬を与えたいのです。王女ともあろう立場の者が、尽力して下さった方に労いの一つもできずどうしますか。そのような王家を誰が敬うと言うのでしょうか。ですから、私が王家の品位を落とさずに済ませる為にも受け取って下さいませんか?』
僕が報酬を受け取らなくても、別に誰かに言うわけでもないので王族の評判が落ちる可能性などないけど……まぁその、気持ちとか姿勢の問題、ということなのだろう。
日ごろからそういう心持ちでいなければ、イザという時にボロが出るとか、そういう類の話だ。
些か奔放には見える王女殿下ではあるけれど、自らの立場をそれなりには理解して相応しくあろうとしているのだ。
こういう言い方をされたら反論もできない。僕は王女殿下――ひいては王族の品位を貶めたいわけでもないので、項垂れながらも「わかりました」と伝えた。
『理解して頂けて嬉しく思います。それでは、報酬をお渡しする為にも、あなたの部屋に向かわせて頂きますね』
「え……? そこまでされなくても、こちらから伺いますけど……」
『いいえ、あなたの部屋でないと駄目です。私の部屋だと使用人が複数名おりますから。見られるわけには行きません』
「……隠す必要がある物なんですか?」
「どうでしょうか……まぁとにかく、今夜日付が変わる頃にあなたの部屋にお邪魔致しますので」
一体どんな報酬を持ってくるつもりなのだろうか? なんだか不安になる。日付が変わる頃の深夜というのも少し変な感じがする。
結論から言えば、僕の嫌な予感は当たってしまった。世の中というのは、斜め上の展開が起きることが往々にしてあるのだ。
夜更けに僕の部屋に来た王女殿下は、下着が透けて見えるネグリジェを羽織り、男の性欲を刺激するような甘い香水の香りを漂わせていた。
もじもじと俯きながら頬を朱色に染め、視線をあちこちに向けては戸惑う仕草を見せつつ、王女殿下はこう言った。
「……報酬ですが、その、私自身です。王宮の物を勝手に差し出すわけにも参りませんので、私が差し出せる報酬はこの体のみですから。ただ、体が報酬とは言えど、やはり私も女ですから、我儘かも知れませんが肉欲だけを求めないで頂きたいです。……できれば、心も寄り添って頂ければと」
一体全体どうしてそういう報酬になったのか。僕には理解ができなかった。ただ、後ろで透明になっている赤ずきんちゃんが、ものすごい殺気を放っていることに冷や汗を掻くのみだった。
『……心も寄り添って頂ければ? は?』
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