デレてはいけないヤツがデレる

 ――赤ちゃんできたらどうしよう?

 赤ずきんちゃんのその言葉に僕はどきっとした。赤ずきんちゃんは”魔法”であるものの、実体化をした時には、当然にその体が一時的に人間となっている。

 でなければ、えっちができないからだ。

 しかし、人間の体になるということは、つまりその、お腹が大きくなってしまう可能性があるという事とイコールでもある。

 欲望の赴くままに体を重ねてばかりであったけれど、やることをやれば子どもができてしまうのは当たり前である。

 言葉で伝えられて、僕は今になってようやくそれに気づいた。

 しかし、赤ずきんちゃんは”魔法”であるので、その力を使えば回避することも出来るハズではある……。

 でも、恐らくそういうことはする気は赤ずきんちゃんにはないのだ。

 にやにやと嬉しそうなその表情を見れば、意識を改めて探ろうとしなくても、もうそれが答えだった。

 僕へ向けた愛が、とうとう結晶を求めるところまで高まっているのだと、そういう雰囲気を全身から発していた。

「ジャンバは赤ちゃん欲しくない?」

「えっ……」

「嫌なの?」

「嫌というかなんというか、その、僕はまだ学生だから……」

「だいじょーぶだよ。案ずるより産むが易しって言葉もあるんだから、赤ちゃんが産まれて顔を見れば、悩んでた時間が無駄だったって多分なると思うな」

「そういう問題じゃ……」

 赤ずきんちゃんは自らのお腹を撫でると、穢れを知らない子どものような無垢な笑顔で、口笛を吹き始めた。

「といっても、必ずできてるとも限らないし……まぁ今回ので出来てなくても、出来るまで何回もえっちすればいいだけだしね」

 僕は頭を抱えて悩み始めた。親になる覚悟が定まるまでは避妊する他にはないけど、赤ずきんちゃんは間違いなくそれを嫌がる。

「……あっ、なんか新しい命が今できちゃった気がする。これから避妊しようとしても既に手遅れかも?」

 赤ずきんちゃんが僕の耳元で囁くように言った。

 お互いの意識までを把握出来るようになったので、僕が何を考えているのか、それが機敏に察知できるがゆえの発言だ。

 こちらの挙動と意識の二つの反応を窺っているのである。

 赤ずきんちゃんは、僕が子どもを求めるようになるまで何度も同じような言動を取るつもりなのだ。

 こっそりと意識を探ってみると、頭の中が子どもに関する事柄のみであった。

 ――名前どうしようかなぁ。

 ――二人で一緒に考えたいな。

 ――男の子と女の子どっちが良いかな……兄弟姉妹もいないと可哀想だから、何人も作らないとね。

 そんな思考が怒涛の勢いで押し寄せてきており、このままだと、半ば強制的に認める他になくなりそうである。

 まぁその、本音を言えば、そこまで嫌なわけではないのだ。

 赤ずきんちゃんのような美少女を孕ませたとなれば、男としての支配欲がくすぐられないと言えば嘘になる。

(凄い俗っぽい言い方になるけど、”完全に自分の女にした”的な喜びがあるといえばあるという……)

 ただ、その一方で色々と複雑な年頃でもあるのだ。心の整理と覚悟が出来るまで時間が必要なのであって、だから、申し訳ないけれどもう少しだけ待っていて欲しいのである。

 僕はとりあえず、この場から離れる為に、後回しにしていた王女殿下への報告を纏める為の情報を集めることにした。

 ひとまず、何か痕跡が残っているかも知れないあのセミナー会場へ向かってみようかな。

「いってらっしゃい、パパ。気をつけてね~」

 部屋を出る僕にそんな言葉を投げかけてきた赤ずきんちゃんは、ちろりと舌先を出しながらウィンクをしていた。

 ――早く覚悟を決めてよね?

 暗にそう伝えてきているのが分かった。どうやら、今しがたのは全てからかっていただけであり、実際には僕が腹を括れるようになるまで待ってくれるつもりではあるようだ。

 心の準備をする時間があることに、僕は安堵したのであった。


※※※※


 さて、それから。僕がそそくさと寮を出ようとすると、沢山の寮生から声を掛けられた。

 眠っていた三日間、僕はどうにも行方不明に近い扱いになっていたようで、顔を見なくて心配したと言われた。

 本当のことは言えないので、僕は『色々あって』とだけ誤魔化して場を切り抜けていった。

 どうにかこうにか寮の外に出て門扉を潜る。すると、そこで意外な人物に呼び止められ、僕は振り返った。

「……おい。どこに行ったのかと思っていたぞ。待っていた」

 なんとベニスだった。化け物となった影響や後遺症もしっかりと無くなっていたベニスはいつも通りの憎たらしい顔をしていた――というのはさておき、一体僕に何の用だろうか?

「……お前が変な魔術を使ったことは、誰にも言っていない。あんな魔術を使えると知られれば、面倒ごとが降りかかってくるかも知れないだろ。だから黙っていてやるんだ」

 ベニスは眉根を寄せながらも、頬を僅かに羞恥の色に染めると、勢い良く回れ右をして歩き出した。

 そして、去り際にまさかの感謝を呟いた。

「……礼を言う。助けてくれてありがとう」

 予想外の発言に、僕は思わず「えっ」と目を丸くして驚いた。

 どういう風の吹き回しなのだろうか?

 絶対お礼は言われないと思っていたから、どう捉えれば良いのか、僕は困惑せざるを得なかった。

 徐々に遠ざかり小さくなっていくベニスの背中を眺めていると、ふと立ち止まり、突如として横から現れた実兄と喧嘩を始めるのが見えた。

「に、兄ちゃん⁉」

「ベニス! お前、夜な夜などこに行ってたんだ最近。変な心配ばかりをかけるんじゃあない」

 変に自尊心が高く、階級差を意識しているだけで、それらを除けばベニスも根が悪い男では無いのかもしれない。

 なんとなく。

 そう、なんとなく僕はそんな風に思った。

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