”使徒”生誕1/2

 翁は僕を広間まで案内すると、暗闇に紛れるようにすぅっと去った。ここが会場のようで、蝶仮面を着けた参加者たちが続々と集まりつつある光景が広がっていた。

 ところで――広間に入って早々に、僕は蝶仮面から感じたのと同質の何かを感じとっていた。注意深く周囲を観察してみると、天井や壁、それに床など全てに様々な術式が見えないように刻まれているのがわかった。

 どれもが発動と同時に蝶仮面の術式に呼応して精神を一気に深層まで浸食し干渉するものであり、これら全ての効果を複合的に合わせることで強力な洗脳を施す仕組みとなっている。

 なんとも容赦がないやり口だけど……ただ、大掛かりなだけあって、一方で僕は術式上の欠点もすぐに見つけた。

 広間の術式は大量の魔力を別の場所から引っ張る構造となっていて、出力の関係で術式が焼き切れる可能性が高いことから、長時間の動作が間違いなく困難。事実、今日のセミナーが開始する直前まで作動させるつもりがないらしく、今はぴくりとも効果を発動していない状態だ。

(どうしようかな……今のうちに、術式を全て破壊した方がいいのかな?)

 僕は広間の術式を壊すべきか否かを考える。広間の魔術式を破壊すれば安心安全であるし、正気を取り戻す参加者も出てくれる可能性はある。

 ただ、セミナー関係者に遅かれ早かれ僕の存在が気づかれることになる。術式を動かそうとしても動かないのだから、”何かをした不届き者がいる”となる。

 その後は犯人捜しが始まり、突然フラりと現れ参加者となった僕が一番怪しいとなるのも想像に難くない。

 騒ぎになって戦いにでも発展したら、死傷者が出てしまう可能性もある。特に僕の魔術はほとんどが威力が凄すぎる特別製なので……。

 しかし、連鎖する基点となる蝶仮面の術式を破壊しているとはいえノーガードのままだと僕にも些か影響がありそうな出力ではあるので、このまま対策なしでいるわけにいかないのも事実ではあって。

 僕は色々と悩んだ末に、新しい魔術を創る・・・・・ことにした。広間に刻まれた精神干渉系の術式を基に、それらの効果を自動的に相殺させる魔術式を即席で作った。

 対象はあくまで僕のみ、とした。他の参加者にも相殺効果を発動させてあげたい気持ちはあるものの、それはそれで『効果の及ばない人間が出始めている……?』と主催者側が怪しむキッカケを作ることにも繋がる。

 なので、あくまで僕のみを相殺の対象とする。

 ときに……魔術の改変ではなく新規創造は、本来即席で行ってはいけないようなとても危険な行為である、ということを僕は色々と学んだり体感で理解し始めていた。

 本来は綿密な計画を策定し、推定される効果が暴発した場合に備え、万が一の時に被害が出ないように場を整えてからやるものだ。

 加えて僕の場合、赤ずきんちゃんの影響で世界の法則に手が届き得る存在であるからこそ、一歩間違えると自分自身が赤ずきんちゃんのような”魔法”になってしまう危険性を実のところ内包していた。

 しかし、まぁこれらの心配は、今回に限っては些か杞憂が過ぎるのも確かだ。新規創造とはいえ、相殺基の魔術式を参考にしているのである意味で応用と言える範疇であり、世界の法則を変えるようなタイプの創造ではないからだ。

 ともあれ、ひとまずの防衛策を構築した僕は、ほっと一息をつきながら周辺の様子を探る行動に移った。

 そして、ベニスの姿を見つける。外に居た時と違い蝶仮面をつけていたものの、シルエットだけでもわかった。

 よかれ悪かれ、それなりに絡みはあった人物なので、なんとなくわかってしまうのだ。

 ベニスは鼻息を荒くして、広間に設置されたテーブルに置かれている食べ物を、涎を垂らしながらムシャムシャと頬張っていた。

 広間の魔術式はまだ発動していないので、蝶仮面の効果のみで、ここまで様子がおかしくなっているようだけど……これは、複数回の参加の影響のようだ。繰り返しの洗脳を受けたことで、セミナー会場にいるだけで条件反射でこうなっているのだ。

 最初に出会った頃は、鼻もちならない男だと思ったものだけど、それでも一種のプライドのようなものはあるヤツに見えたのに……。

 それが、補助具の魔術式のせいとはいえこんな姿になったのを見ると、なんともいえない同情心が湧いてくる。

「はふっ! はぶぶぶっ!」

 ベニス……君は……。

 僕は声を掛けようかと迷いつつも、いまやるべきことはベニスを元に戻す事ではないとして、そっとして置くことにした。


※※※※


 まもなくして、人がほどなく集まってきたところで、以前に王女殿下から映像で見せられた時にもいた白い背広を着た人物が壇上に現れた。

「おぉ、神」

「神……」

「……神よ」

 参加者たちが、口々に白い背広の男を指して”神”と呼び始めた。

 そして、同時に広間の術式の発動が始まった。

 相殺される僕には効果がないものの、そうではない周囲の人間は一人また一人と精神が汚染されていき、目の焦点が合わなくなっていった。

「今宵もお集まり頂きまして、ありがとうございます」

 壇上の”神”が簡易な挨拶を済ませると、降り注ぐ雨のような勢いで拍手が起こった。

「さてはて、本日は”使徒”生誕の日。待ちにまったその日にございます。――さぁ、選ばれし者よ、上がってくるのです。ベニス・フォンボーくん!」

 ベニスが……”使徒”に?

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