精神操作系の魔術は上手に使えばえちえちな展開に出来る可能性を秘めている気がする
ベニスたちと遭遇しないように、僕は少し時間を空けてから建物の扉をそっと押し開いて中に入った。屋内は僅かな明かりだけが頼りで薄暗く、湿気があるのかジメジメしており、鹿の剥製などの調度品もそこかしこに置かれていた。
「……みぃなぃ顔ですな。初めてぇのご参加で?」
室内奥の暗がりから出てきたのは、杖を頼りにしながら歩く腰の曲がった翁だ。イントネーションが大きく違う訛り方から、この国の人間ではないのがわかる。
「ぁなたも”使徒”を目指しぃたぃと?」
嫌な予感はするものの、ここまできて帰るわけにもいかないのであって、僕は相手の勘違いを利用して新規参加者を装うことにした。
「初めての参加……はい。ただ、”使徒”目指すと言いますか、その前に、ここがどういう場所なのかと興味がありまして」
「なぁるほどぉ」
翁は僕の適当な言い訳を信じてくれたようで、「ひっひ」と笑いながらも頷いた。
「わぁかりぃましたぁ。大丈夫ぅでぅす。安心しぃてくださぁぃ。ごぉ覧になれぇいば、全ってわぁかりますよぉ。丁度今日は”使徒”の生誕のぉ日ぃですので運がよぉろしい」
そう言って翁が手渡して来た蝶仮面は、ベニスの待ち人が着けていたのと同じものであった。
「……”使徒”の生誕の時にはみぃなこの蝶仮面を着けまぁす。ここにきぃてから着ぅけるべきものでぇすが、待ちきれずに外で着ぅけて来る人もおりまぁすねぇ」
どうやら、今日が生誕の日とやらで、その時の正装ということでベニスの待ち人はこの仮面を着けていたようだ。
本来はセミナー会場にきてから着けるべきものらしいけど、逸る気持ちが抑えられなかった、というわけだ。
それだけ、どっぷりと浸かってしまっている人がいるのだ。
「……蝶とぃう生き物は、羽化せねばなれませぇぬで、これはそれを模ぉしてぃるのです。芋虫でぁる今の自ぃ分からサナギとなて羽化し、そぉして蝶――つまり”使徒”になる心のぉの現れとして着ぅけるのでぇす! ”神”に従ぃし使ィ徒にっ!」
オカルト染みたその発言を僕は特に気にはしなかった。怪しさしかないセミナーであるのは既に分かっているのだ。
それよりも、渡された蝶仮面から感じる妙な違和の方が気になった。翁の視線が一瞬逸れた隙を見計らって蝶仮面を注視してみると、自動発動の魔術式が施されているのがわかった。
(……この仮面は補助具)
判断能力を鈍らせる魔術式だった。この仮面で精神状態をフラットにさせ、本命の洗脳魔術が会場で掛けられるという流れのようだ。
随分と周到な手であり、これで何人も信者に仕立て上げたわけだ。一回嵌れば抜け出せなくなるような、蟻地獄のような恐ろしい構図ができあがっているのだ。
しかし、魔術式を視認し楽にイジれる僕はこれを容易に見つけることができたし、対処も可能である。こっそりと改変を使い、施されている術式を破壊無効化する。それから僕は蝶仮面を着けた。
「ひひっ、ぉ似合ぃですよ……? それを着けると、みぃな、少し最初くらっと来るんですよ。しぃかし大丈夫です。すぐ慣れまぁすから」
「そうですか。……言われてみるとそうかも知れませんね」
術式を破壊しているので、僕に効果は全く及んでいないけど、幾らかは掛かったようには見せないと不審がられてしまうので少し大げさに立ち眩みを演出した。それを見た翁は嬉しそうに笑った。
「……ひっひ。ぁぁこれでまた一人使徒候補が……。……さぁて、こぉちらですよぉ。ぉあし下にはぉ気をつぅけて下さぃね……それにしても、初参加で”使徒”生誕を見られるのは運がよぉろしぃですね」
翁は先ほどから今日が”使徒の生誕”と言っているが、一体何をする気なのだろうか?
肩書や名誉の授与、といった雰囲気ではないけど……謎は深まる。まぁ何が起きるのかは嫌が応でもこの先でわかる。
焦る必要はない。
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