書店

 王女殿下はどうして怒ってしまったのか? 僕は頭を捻って考え、そして、女の子だからという答えに辿り着いた。

 女の子は、気分や雰囲気で極端な行動を取る時もある。僕はそれを身を持って知っている。

 以前にティティから襲われたけれど、確かその時の理由が、”そういう雰囲気とか気分だから”というような感じだった。

 恐らくそれと似たような感じで、突然キツい言葉を浴びせたい気分になった、とかなのだ。

 特に王女殿下は、昨夜の接近もそうだけれど、意外と突発的な部分もあるようなので尚更である。

 あまり重く捉える必要もない、と僕は王女殿下の心境を分析して整理し終えると、とりあえず、休日になる度に今度は気づかれないように細心の注意を払って慎重にベニスを尾行した。

 休日のベニスはいつの間にか作っていた貴族の友達と遊ぶ普通の日常を送っていることが多く、一見しただけではやはりおかしな点は見受けられなかった。

 ただ、そうだとしても、セミナーには通っているのだから遠からず会場に向かうハズだ。

 ベニスが動いたのは翌々週のことだった。楽しく休日を遊んで過ごした友達と別れたベニスが、妙に周囲を警戒し始めた。そして、路地裏へと入り、適当な街灯を背に立ち止まり動かなくなった。

(誰かを待っているのかな……?)

 もう少し様子を見ようと思い、僕はベニスの観察を続ける。ベニスの妙な素振りから察するに、恐らく今からセミナーへ向かうつもりなのだ。

 僕はじっと待った。しかし、一分、二分、三分と時間が経過してもベニスはじっとして動かないままだった。

 そうこうしているうちに、物陰に隠れている僕を通行人が怪しみ始めた。僕は慌てて、窓ガラス越しにベニスを視界に収められそうな近くの書店に避難した。

 不審者扱いされるワケには行かないので、一般客を装う為に、適当な本を手に取り立ち読みをするフリも始める。

 すると、背後で誰かが「……あっ」と声を上げる。どこかで聞いた事がある声で、振り返るとミアがいた。どうやらミアはここで働いているらしく、書店の名前が書かれたエプロンをつけていた。

「……ここで働いてるの?」

「は、はい。私は平民の一般家庭の出なので、入学金とかで精一杯で仕送りとかもなくて……ここでアルバイトしてます」

 ミアはおどおどした見た目とは裏腹に、日常生活面ではとてもしっかりしているようだ。

「アルバイトね……なるほど。立派だ。僕も見習ってお金を稼ぐ方法でも後で考えようかな」

 下級とはいえ僕も貴族なので、働かずとも一般的な生活に困らない程度の金銭的余裕はある。

 ただ、こうして働いているミアを見ると、そんな自分の立場に甘えたままなのもどうなのかなと思えてくる。今すぐではなくとも、そのうちに自分でお金を稼げるようにはなりたくはある。

「確か貴族……なんですよね? お金の心配とかはしなくてもいい立場……」

「男爵家だから、そこまで裕福じゃないんだ」

 僕がそう言って肩を竦めると、にぱっとミアは笑った。

「……僕なにか変なことを言ったかな?」

「ち、違います。そんなに遠い人じゃないんだなって思ったら、それが、少し嬉しくてっ」

 ミアはもじもじしながら俯くと、服の裾をぎゅっと握りしめた。可愛らしい仕草である――というのはさておき、ミアの言っていることは僕にも十分理解できた。

 うだつが上がらなかった生前に、僕も貴族と自分に似た部分を見つければ、恐らく同じ感情を抱いていた。

 立場が違うと思っていた人に親近感が湧くと、なんだか嬉しくもなってくるのが人の性だ。

「ところで、何の本をお探しですか……? 言って貰えば探します!」

「別に今すぐ欲しい本があるわけじゃないんだ。ただ、少し寄って見ただけというか。……ごめんね」

 セミナーの調査云々は密命なので、事情の説明はできない。僕は上手に誤魔化すのだった。

「僕のことより、何かやらなきゃいけない仕事とかはないの?」

「――け、検品がまだでしたっ」

 ミアは「それでは」と言って頭を下げると、ぱたぱたと店の奥へと走って行った。

(お仕事頑張ってね……)

 僕は心の中でエールを送った。一生懸命に頑張る子を見ていると、心が温かくなる気がする。


※※※※


 窓ガラス越しにベニスの様子を窺い続けていると、ただでさえ少ない路地裏の人通りが完全に消え、外灯の明かりだけが目立ち始めるようになった。

 その頃になって、蝶仮面で顔を隠した人物が現れた。

「~~~~?」

「~~~~」

「~~~~! ~~~!」

 謎の人物はベニスの待ち人であったようで、二人は会話をしながら路地裏のさらに奥へと進んでいった。僕は本を棚にそっと戻し、店を出て二人を追いかける。

 どんどん狭くなる路地裏の道の突き当りを曲がり、その先にあった短い階段を降り、外灯の明かりも僅かにしか届かないその道の突きあたりに、一つの建物が見えてきた。

 二人は建物の中に入っていった。……あそこがセミナー会場のようだ。

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