私のことは襲わなかったくせに!
「いかがなさいましたか……? 顔見知りでもおられましたか?」
「……」
ベニスがこんな怪しいセミナーに通っているとは、思いもしていなかった。ベニスのことを王女殿下にもきちんと伝えた方がよいだろうか?
いや――これは内緒にしておくべきだ。他国に洗脳されている、という事態が明るみに出れば、ベニスはこの国にはいられなくなるかもしれない。確かにベニスの性格は悪いし僕も犬猿の仲だ。
しかし、だからといって機会があれば徹底的に追い詰めてやりたい、と思うほど僕も悪辣な性格ではないのだ。
「全員知らない顔です。一人も知り合いはいません」
「そうですか?」
「はい。それよりも、これが隣国の諜報部隊による世論扇動の実態だと?」
「……如何ような手法を使ったのかはわかりませんが、参加者はこのように虚ろとなり、壇上に上がった人物を”神”と崇めるように洗脳されるそうです。人々は”神”に認められ、そして、”使徒“になる為に参加しているらしく……」
使徒になる……世論扇動という前提を考えると、隣国ファストゥーバの為に動くようになる存在の呼称、という感じだろうか?
こうした怪しげな事件がこの街で起きているのは、どうにも信じがたい気持ちもあるものの、ベニスの姿がある――魔専の学生が信徒になっているのだから、夢幻ではなくこの都市で現実に起きていることだ。
「このセミナーに通っている者たちが虚ろであるのは会場内のみで、外ではいつも通りなようです。それゆえに気づく者も少ないのが現状です」
「部屋そのものに魔術がかけられている、といった状態なのでしょうか。精神に作用するような」
「絶対とは言い切れませんが、恐らくは。……ひとまず、”神”と呼ばれる人物を捕え、色々と聞き出してみたいと思っています」
要するに、”神”なる人物を捕縛するまでが王女殿下の”頼みたい事”であるようだ。
「一般市民に混ざる為に私は学生の身分を得ました。しかし、それでも些か目立ってしまいます。ですから、私自身は大々的に動けません。……状況が進展次第に連絡をください。これをお渡しいたします」
王女殿下は僕に指輪の一つを渡した。この指輪には通信用の魔術式が刻まれているらしく、指定された相手と、暗号化された連絡のやり取りが可能だと説明された。
値打ち物の補助具であり、現代魔術の粋を集めた逸品であるのが見ただけでもわかる。
ただ、僕からすれば粗が多い魔術式だ。もっとよくなるように改変してみたくなる気持ちが湧くものの……王女殿下の興味深げな視線を受けたことで、僕は断念することにした。
「そういえばなのですが……対抗戦でジャンバがお使いになっていた魔術について、お話を伺いたいのですが……宜しければ……」
王女殿下は僕の扱う魔術に強い関心を持っていたようで、興奮気味に話題を変えた。
きらきらと瞳が輝いている。
この様子だと、下手に通信魔術の改変を行うと、今度はそれについても余計な興味を抱かれること必須だ。
幾つも謎の魔術を見せてしまえば、王女殿下は恐らく更にしつこく食い下がってくるようになる。僕にお願いを了承して貰う為に取る予定だった24時間体制――それと同じ事をしようとするのではないかと僕は思った。
とりあえず、魔術関係についてはひた隠しにした方がよいのはわかる。
王女殿下は教えたら興味本位で試しそうな性格をしていそうだし、もしもそうなれば待っているのは死だ。
「えーと、その……あれは秘密なので……」
「いけずなことは言わないで下さいませんか……?」
「いけずって……言葉が古いような……」
「世間の流行り廃りとは無縁の王宮生活でしたので、古い言葉なのかどうかは分かりません。ですから、なんでしたら、魔術と一緒に普通の女の子のすることも私に教えて下さいませんか……? 男の子と女の子が夜に二人きりだと、何かが起きると聞いたことがあります。何が起きるのか、何も知らぬ私に教えて下さいませんか?」
王女殿下はうるうると瞳を潤ませると、その長い髪を耳にかけつつ、頬を朱色に染めてこちらへ近づいて来た。
よく見ると服装も薄い生地のワンピースであり、スリットの隙間から、艶めかしい白い肌の太ももが見えている。
突然に訪れた淫靡な雰囲気に、僕は唾を呑み込む。
(このままだと大変なことが起きてしまう気がする……)
僕の直感がそう告げていた。
なので、自制心をしっかりと保ちながら、王女殿下の落ち着かせることに全力をあげたのだった。
「話はここで一旦終わりということで、時間も時間ですのでお帰りくださいませ王女殿下……」
「ですが」
「どのように頼み事を遂行するか自分なりに考える時間が欲しいので」
「そう言われると……。では、全てが終わった後に諸々のご教授をお願い致します」
「僕が忘れずに覚えていれば」
「……絶対に覚えておいて下さい」
なんとか淫靡な状況をならぬようこの場を切り抜けた僕は、落ち着き始めた王女殿下を壱番寮の入口まで送って行った。
もう日付も変わっている。
なんだか疲れた。
僕はため息を吐きつつ、弐番寮の自室へと戻った。すると、ベッドの上で寝転がる赤ずきんちゃんと目が合った。
『どんな話をしてきたの?』
赤ずきんちゃんは僕以外の人間との接点を持っておらず、意図せず話が漏れる、といった事態になる可能性もないことから、僕は王女殿下との会話をありのまま伝えた。
すると、赤ずきんちゃんは顎に手を当て何やら思案を始めた。
『頼み事はどうこうは好きにすればいいけど……ただ、精神に干渉する魔術の可能性ねぇ。……ジャンバ、ちょっとこっちきて』
「どうしたの?」
『いいから』
言われるがままに赤ずきんちゃんに近づくと、額にキスをされた。
「……えっと」
『おまじない?』
よくわからないおまじないだ。あるいは、遠回しに今から”したい”のだと誘っているのだろうか?
だとすれば応じる他にはない。
「わかったよ。それじゃあ、赤ずきんちゃんにおまじないのお返しをしないとね」
「うん? お返しってなぁに?」
赤ずきんちゃんは無垢な反応を装いつつも、僕の言っていることをすぐに理解して実体化した。
僕は赤ずきんちゃんを押し倒して、ベッドの上でいつも通りにお互いに気持ち良くなれるように、時間をかけて楽しんでいく。
「ジャンバ、その指輪は……?」
「これ? 連絡用にって渡されたんだよ」
「ふぅん……」
赤ずきんちゃんは楽し気に眼を細めながら、指輪を一撫でした。
「……欲しいの?」
「違うよ。そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「……少しだけ見せられるようにしようと思って」
「……?」
「ジャンバは気にしなくていいよ……。ほらほら続き♡」
そして、夜は更けていく……。
※※※※
翌朝、僕は早めに起きると、ベニスの姿を探して弐番寮の中を少しうろつくことにした。
ベニスの動向を追うことで、自然とセミナー会場の場所も割れる。会場の場所がわかれば潜入し、そこで”神”を捕まえる機会も訪れるハズだ。
ベニスに対する本格的な尾行は十分に時間が取れる休日にやるつもりではあるものの、その前に少しだけ様子を窺いたいのだ。
僕は早速ベニスを発見した。しかし、ベニスは目ざとく僕の存在に気づいて逃げた。
いつもと変わりがない様子であり、あの会場にいない時は、本当に普段通りであるのがわかる。
と、そんなことを考えていると、ベニスの兄が僕の目の前を通り過ぎて行った。
「ベニスのやつ、夜遊びに出かけるようになりやがって。……まぁ好き勝手は昔からと言えば昔からだが。変なことしていなければいいんだが」
お兄さん、現在進行形でベニスは変なことをしていますよ。わりと洒落にならない感じのを……。
まぁベニスの兄への同情はさておき、僕は身支度を整えて学校へ向かい、いつも通りにティティとミアと一緒に講義を受けて過ごした。
そうして本日の講義も全て終え、僕が二人と分かれて寮に戻ろとすると――
「――ま、待ちなさい、ジャンバ・アルドード!」
校舎の奥から王女殿下が現れ、少し興奮した様子で、ずんずんとこちらへ寄って来た。
「どうかされましたか?」
「ど、どうかされましたかではありません! あの日の夜……」
「頼み事のことであれば、それは忘れていませんよ?」
「そうではなく、あの話が終わった後、あなたが部屋に戻った後っ……私に見せつけて……ど、どういうつもりかしら⁉」
急に、王女殿下が顔を真っ赤に染め上げた。
「いきなりそのような剣幕になられても……。本当にどうされたのですか?」
「それは……その……」
「ハッキリ言って貰わないと、僕も何の事を言われているのかわかりません」
「あんな美しく可憐な方と……えっ……ちというか……。私のことは……襲わなかったくせに……」
ごにょごにょと何かを呟かれる。ハッキリ言って欲しい、という僕の言葉は伝わらなかったようだ。
「っ――な、なんでもありません!」
王女殿下はいきなりそう叫ぶと、勢い良く横を向いて去って行った。なんだったんだろうか一体……。
困惑を抱いた僕は、ただただ立ち尽くした。
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